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(16)エレノア、屈辱の“丸見え”土下座

 駆け寄った女性は、二十代半ばくらいだろうか。丸顔に短い茶色の髪、肩掛けの小さな鞄を持っている。目には涙が浮かび、震える唇で必死に言葉を紡いでいた。


「や、やめてください! エレノア様には触れないで!」


 彼女はエレノアの前に両手を広げ、俺を遮った。その姿は小鳥が大きな捕食者から雛を守るようだった。


「エレノア様は確かに高慢なところがありました。村人たちへの態度もあなたへの態度も、許されるものではありません。でも、十分反省していると思います。だから……純潔を奪わないでください……お願いします……」


 その言葉に、広場は一瞬静まり返った。


 純潔を奪う? なんて勘違いだ。俺はクスリと笑った。


「確かに俺はエレノアを懲らしめた。だが、純潔を奪うつもりなんてない」


「え……?」


 女性の目が丸くなる。広場の村人たちも、固唾を呑んで俺の言葉を待っている。


 俺は肩をすくめた。「ちょっとやりすぎたかもしれないな。恥ずかしい思いをさせて悪かった」


 俺は白と青のジャケットを脱ぎ、エレノアの背にそっとかけてやった。彼女の震える肩に触れないよう、丁寧に衣服を整える。まるで撮影中の女優のケアをするようなやり方で。


「……あなた、何が目的なの?」エレノアが小さな声で聞いた。彼女の目には諦めと警戒が混ざっていた。


 この力で世界を支配する。その目的は、ぐっと胸の奥に秘めておいた。


「別に……。この世界で生きていくには、誤解を解く必要があった。それだけさ」


 彼女の露わになった肌を見ないよう、視線を外す。その紳士的な態度に、広場の女性たちから安堵と尊敬のためいきが漏れた。


「さすが光の勇者様だわ……」

「あんなことされても、紳士的な態度を崩さないなんて……」

「男の人とは思えないわ……」


 囁きが広がる。俺のシナリオ通り、いや、シナリオ以上の展開になった。この村での立場は確かなものになりつつある。


「お姉様! 師匠!」


 突然、高い声が響いた。広場に走り込んでくる少女の姿。


「リリア!?」


 エレノアは思わず立ち上がろうとした。ジャケットが滑り落ちそうになり、慌てて体を覆う。


 リリアは広場に駆け込むと、息を切らせながら俺とエレノアの間に立った。彼女の緑の瞳には疲労の色があったが、それでも元気いっぱいだ。


「ボク、ずっと眠っていたんだけど、師匠とお姉様の戦いの声で目が覚めたんだ!」リリアが嬉しそうに俺を見上げる。「最後のほうだけ見たけど、すごかったね! お姉様を師匠がカッコよく救出して!」


「リリア……」エレノアが妹の名を呼んだ。


「師匠は悪くないよ! 師匠はボクの純潔を奪った男じゃない! 魔獣に襲われたボクを助けてくれたヒーローだよ!」


「リリア……」エレノアが再び妹の名を呼ぶ。


「ボクが言うんだから間違いない! お姉様、師匠を疑うのはよくないよ! ボクたち魔法姫を教え導いてくれる師匠なんだから!」


 リリアは俺をはっきりと「師匠」と呼んだ。


 俺は胸を撫で下ろした。ちょうどいいタイミングだ。確かに俺がリリアの純潔を奪ったわけではないという事実を証明するのに、本人の証言が一番確かだ。


 ロザリンダが一歩前に出て、堂々とした声で言った。


「皆さん、聞いてください。この方は魔獣ではありません。リリア様を助けようとしたのです。純潔を奪ったのは別の魔獣だったことが、リリア様ご自身の証言で明らかになりました」


 村人たちの表情が一変した。不信感と敵意は消え、代わりに安堵と喜びの色が広がっていく。彼らの顔には歓喜と尊敬の色が浮かんでいた。


「すみません、疑ってしまって……」

「なんとお詫びしたらいいか……」

「光の勇者様、お許しください……」


 村人たちが次々と近づき、頭を下げる。その真摯な態度に、俺は微笑んだ。


「皆さんを責めるつもりはない。異世界から来た見知らぬ男を疑うのは当然だろう」俺は村人たちを見回した。「だが、本当に俺がスターフェリアの伝説の光の勇者なのかはわからない。女神に導かれたのは事実だが……」


「間違いありません!」年配の女性が前に出た。「白銀の鎧に身を包み、蒼く輝く剣を操る勇者。あなたはこの世界の救世主です!」


 ミュウも歩み寄ってきた。


「武流様、わたくし信じていたのです!」ミュウの猫耳が喜びで弾む。「さすが師匠なのです!」


 村の若い男性たちも数人、恐る恐る近づいてきた。彼らの目には複雑な感情が浮かんでいる。


「あの……武流様」若い農夫が震える声で言った。「私たちはずっとエレノア様に虐げられてきました。男というだけで蔑視され、罵倒され、どんなに働いても感謝の言葉一つありませんでした。それが……つらかったんです」


 他の男性たちも頷いている。


「そうか」俺はエレノアに視線を向けた。「エレノア、俺を罵倒するのは構わない。だが、この村の男たちには謝るべきじゃないか?」


 ジャケットを体に巻きつけ、ずぶ濡れで惨めな姿のエレノア。彼女の表情には激しい葛藤が浮かんでいた。


「お前が男を憎むのは、何か事情があるのかもしれない。だけど、この村の男たちを平等な目で見てやってくれ。彼らは一所懸命働いているんだろう?」


 エレノアの顔がわなわなと震える。明らかに屈辱を感じているようだが、今の状況では逆らう選択肢がない。


 ついに彼女は村の男性たちの前に膝をつき、両手を地面につけ、背中を低く曲げた。額は地面の泥水につけるほど下げられ、破れた衣服から白い首筋が露わになっている。


「皆さんを……蔑んだりして……申し訳……ありませんでした……」


 震える声で謝罪するエレノア。反り返った腰が悔しさに震え、破れたスカートの裂け目から、光沢のある臀部と純白の下着が丸見えになっている。水に濡れたレースの下着は肌に張り付き、双丘の間の秘められた部分がほとんど透けて見える状態だった。


 かつてエレノアに罵倒された時の無力感と屈辱を思い出す男たちの目が、今や逆転した立場を確かめるように、優越感に浸りながら彼女の全身を舐めるように見つめている。


「丸見えだ……」若い男の一人がつぶやいたのをきっかけに、人々の間に微かな笑いが起きた。


 誰が想像しただろう――高慢な王女が、魔法姫が、村の男たちの前にひれ伏す姿を。そこには王族としての威厳も、かつての高圧的な態度も、微塵も残っていなかった。ただのずぶ濡れの少女が、最も秘められた部分を晒しながら屈辱に耐え、謝罪の言葉を絞り出す姿があるだけだった。


 だが、俺は気づいていた。彼女の目に浮かぶ微かな怒りと憎しみ。どう見ても、心からの謝罪ではない。ただの形式的な降伏だ。やはり深い事情があるのだろう。この王女が男を憎む本当の理由は何なのか? この村に追いやられた経緯は? 彼女が抱える闇の正体は?


 ロザリンダが広場の中央に立ち、静かに声を上げた。


「本日をもって、我が村は武流様を光の勇者として迎え入れることにいたします。武流様、どうか私たちの村を守り、導いてください」


 その言葉に、村人たちから拍手が起こった。ミュウは喜びのあまり飛び跳ね、リリアは俺の腕にぎゅっとしがみつく。


「さて、これからどうしよう」俺はリリアに尋ねた。


「師匠、村の広場で魔法の特訓をしよう!」リリアが元気よく言った。「みんなに見てもらいながら! ボク、もう変身はできないけど、しっかり練習して強くなるよ!」


「それは素晴らしい提案だな」俺は少し笑みを浮かべた。


 スターフェリアでの新しい生活。女神が与えてくれた「真の力」。この力で何を成し遂げるべきか、その答えはまだ見えていない。


 だが、この村を守り、正しい道に導くこと。それは俺の使命の一部だろう。そしていつか、この世界に影響を及ぼす存在になること。その第一歩は踏み出せたようだ。


 屈辱に打ちひしがれたエレノアは、顔を上げない。彼女の瞳に宿る怒りの炎は、決して消えていなかった。

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