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(155)怒れる氷姫の猛攻

 俺は蒼光剣を構えながら前に出ようとした。魔獣との戦いは俺の専門分野だ。この忌まわしい怪物を、一刻も早く排除しなければならない。


「待って、武流」


 しかし、エレノアが俺を制止した。氷の魔法少女の姿のまま、冷たい怒りを瞳に宿している。


「ここは私一人で戦うから、見守っていてほしいの」


「エレノア?」


 俺は困惑した。確かにエレノアは強力な魔法少女だが、魔獣相手に一人で戦うのは危険すぎる。それに、俺たちは仲間として共に戦ってきたはずだ。


「お姉様!」リリアも心配そうに声をかけた。「一人で戦うなんて危険だよ! ボクたちも――」


「いいえ」エレノアが静かに、しかし断固として答えた。「この魔獣は私の獲物よ。誰にも渡さない」


 その声には、これまで聞いたことのない激しい感情が込められていた。エレノアは普段、冷静沈着で感情を表に出すことは少ない。しかし、今夜は違った。


「わたくし、エレノア様をお手伝いしたいのです」ミュウが猫耳を震わせながら申し出た。


「私も風の魔法で援護します!」ステラも名乗りを上げる。


 しかし、エレノアは首を振った。


「ありがとう、みんな。でも、この魔獣は――私一人で十分よ」


 俺は彼女の表情を見つめた。氷のように透明な瞳の奥に、燃え上がる怒りの炎が見えた。エレノアは本当に怒っているのだ。心の底から、激怒しているのだ。


 俺は理解した。この魔獣は、エレノアの姿を騙り、俺たちを欺いた。彼女の誇り、尊厳、そして俺への複雑な感情――すべてを踏みにじったのだ。


「わかった」俺が静かに言った。「君の戦いを見守ろう」


 エレノアの瞳に、感謝の光が一瞬宿った。


「ありがとう、武流」


 魔獣がゆっくりと立ち上がった。もはや人間の言葉を発することはなく、ただ野獣としての本能に従って行動している。赤く光る目が、エレノアを獲物として捉えていた。


「グオオオオ……」


 低い唸り声を上げながら、魔獣がエレノアに向かって突進した。巨大な爪を振りかざし、一撃で彼女を仕留めようとする。


 しかし、エレノアは動じなかった。


「私の姿を騙り、私の声を使い、私の仲間たちを欺いた……」


 氷の杖を構えながら、エレノアが静かに呟いた。その声には、抑制された怒りが込められている。


「アイス・ウォール!」


 瞬時に氷の壁が形成され、魔獣の攻撃を防いだ。しかし、魔獣の爪は強力で、氷の壁に深い亀裂を刻んでいく。


「許せないわ……絶対に許せない……!」


 エレノアの声のトーンが変わった。普段の冷静さは完全に失われ、生の感情が噴出している。


「私の誇りを……私の尊厳を……踏みにじった!」


「アイス・ランス・バラージュ!」


 無数の氷の槍が空中に形成され、一斉に魔獣に向かって降り注いだ。その威力は、これまでエレノアが見せたことのないほど強力だった。怒りが彼女の魔力を増幅させているのだ。


 魔獣は触手を振り回して氷の槍を迎撃するが、あまりの物量に押し切られる。何本もの氷の槍が魔獣の身体に突き刺さり、黒い血が地面に飛び散った。


「グガアアア!」


 魔獣が苦痛の声を上げながら、さらに激しく攻撃を仕掛けてきた。背中の触手を鞭のように振るい、エレノアを捕らえようとする。


「武流を騙し、みんなを欺き……そして私になりすました!」


 エレノアが氷の杖を振るうと、巨大な氷の龍が現れた。美しい氷の結晶で構成された龍が、魔獣に向かって突進していく。


「アイス・ドラゴン・ストライク!」


 氷の龍が魔獣に激突し、凄まじい衝撃が辺りを駆け巡った。魔獣の身体が大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 しかし、魔獣もただでは済まなかった。立ち上がりながら、背中の触手を一斉に伸ばしてきたのだ。


「エレノア、危ない!」


 俺が警告の声を上げたが、時既に遅し。複数の触手がエレノアの四肢に絡みつき、彼女の動きを完全に封じてしまった。


「きゃあ!」


 エレノアが空中に持ち上げられる。触手の拘束力は強力で、彼女は身動きが取れない状態だった。


「グオオオ……」


 魔獣が勝利を確信したような唸り声を上げる。そして、残りの触手を槍のように尖らせて、エレノアの心臓を狙った。


 絶体絶命だ。


「エレノア!」


 俺は蒼光剣を構えて飛び出そうとした。仲間を見殺しにするなど、俺には耐えられない。


「待って!」


 しかし、エレノアが叫んだ。触手に拘束されながらも、その瞳には屈服の色は見えない。


「この魔獣は私の獲物よ! 誰の手も借りない!」


「だが、エレノア――」


「私を信じて!」


 エレノアの声には、これまで聞いたことのない強い意志が込められていた。王族としての誇り、魔法姫としての尊厳、そして――俺への信頼が混じり合った、複雑で力強い響きだった。


 俺は一瞬迷ったが、彼女の意志を尊重することにした。エレノアを信じよう。彼女なら、必ず逆転できるはずだ。


「わかった。君を信じる」


 魔獣の触手が、エレノアの心臓に向かって突き進んでいく。あと数センチで致命傷を与える距離まで迫った、その瞬間――。


「今よ……!」


 エレノアの瞳が鋭く光った。


「フロストヘイヴンの血に誓って――ディープ・フリーズ!」


 突然、エレノアの身体から極寒の冷気が爆発的に放出された。彼女を拘束していた触手が一瞬で凍りつき、まるでガラスのように脆くなる。


「今まで力を溜めていたのか……」俺が呟いた。


 エレノアは触手に拘束されている間、密かに氷の魔力を身体の内部に蓄積していたのだ。そして、魔獣が油断した瞬間を狙って、一気に解放したのだった。


「砕けなさい!」


 エレノアが身体をひねると、凍りついた触手が音を立てて粉々に砕け散った。彼女は地面に着地すると、すぐに反撃に転じる。


「あなたが私を拘束したように――今度は私があなたを拘束してあげる!」


「アブソリュート・ゼロ・プリズン!」


 エレノアの最大級の氷魔法が発動した。魔獣の周囲に巨大な氷の牢獄が形成され、六方向からの氷の壁が魔獣を完全に包囲する。それぞれの壁には複雑な魔法陣が刻まれており、内部の温度を絶対零度まで下げる効果があった。


「グオオオ……!」


 魔獣が必死に氷の壁を破ろうとするが、エレノアの怒りが込められた氷魔法は絶対的だった。触手で叩いても、爪で引っ掻いても、氷の壁は微動だにしない。


「これで終わりよ……」


 エレノアが氷の杖を天に向けて掲げた。杖の先端に、美しい氷の結晶が形成されていく。それは単なる氷ではない。彼女の魂そのものを結晶化したような、神々しい輝きを放っていた。


「私の誇りを踏みにじった報い……受けなさい!」


「フロストヘイヴン・ファイナル・ジャッジメント!」


 氷の結晶が光の矢となって、魔獣に向かって放たれた。絶対零度の氷の牢獄の中で、魔獣は逃げ場を失っていた。


 光の矢が魔獣の身体を貫いた瞬間、凄まじい爆発が起こった。氷と光のエネルギーが融合し、美しくも恐ろしい破壊の華が咲く。


「グガアアアアア――」


 魔獣の最後の叫び声が響き、そして――静寂が訪れた。


 氷の牢獄が崩れ落ちると、そこには既に魔獣の姿はなかった。エレノアの最終魔法によって、完全に消滅したのだ。


 エレノアの額には汗が浮かんでおり、相当な魔力を消耗したことが窺える。


「やったな、エレノア」


 俺が彼女に歩み寄った。


「見事な戦いだった。君の強さと誇りを改めて思い知らされたよ」


 エレノアの頬に、微かな赤みが差した。


「当然よ。私を誰だと思っているの?」


 いつものような高慢な口調だったが、その瞳には満足そうな光が宿っていた。


「それに」エレノアが続けた。「私の姿を騙るなんて、魔獣ごときが許される行為ではないわ。特に――」


 彼女の視線が俺に向けられた。


「あなたを欺くなんて、私以外には許さない」


 俺は苦笑いした。最後まで、エレノアらしい台詞だった。


「お姉様、すごかった!」リリアが駆け寄ってきた。


「わたくし、エレノア様があんなに怒った姿を初めて見たのです」ミュウも感動している。


「理論的に考えても、完璧な戦術でした」アイリーンが眼鏡を光らせた。


 他の魔法少女たちも、エレノアの勝利を称えている。彼女は照れたような表情を見せながら、仲間たちの祝福を受けていた。


 俺は安堵のため息をついた。ついに、すべての謎が解けた。魔獣によるエレノアのなりすまし――それが、俺が何度も失敗し、敗北した原因だったのだ。


 しかし、今度は違う。真実を知り、仲間と協力し、そして――エレノア自身の手で魔獣を倒すことができた。


 これで、ついにクラリーチェとの決戦に臨むことができる。


 そう思った、その時――。


「ほほう、なかなか見事な戦いじゃったな」


 空から、聞き覚えのある声が響いた。


 俺たちが空を見上げると、そこにはクラリーチェが浮遊していた。

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