(153)最後の1日、最後の賭け
真実を悟った俺の心には、冷静な決意が宿っていた。これまで数え切れないほどのループを繰り返し、何度も失敗を重ねてきた。しかし、今回は違う。ついに謎の核心を掴んだのだ。
最後の1日――今夜のクラリーチェによる処刑を回避できなければ、俺の死の運命が確定してしまう。二度と朝は来ない。二度とやり直すチャンスは与えられない。アステリアの力も限界に達し、もうタイムループを起こすことはできないのだ。
だが、俺にはもう迷いはなかった。すべての駒が揃った。後は、完璧に実行するだけだ。
「エレノア」
俺は彼女に向き直った。氷のように透明な瞳が、俺を見つめている。
「今日1日、俺と一緒にいてくれ。一時も離れずに」
エレノアは微笑みながら頷いた。
「ええ、わかったわ。あなたと一緒にいるわ」
俺は彼女の素直な返事に安堵した。
「ありがとう。君がいてくれると心強い」
エレノアの頬に、微かな赤みが差した。
「お礼なんていらないわ。当然のことをしているだけよ」
優しい口調で答えるエレノア。
エレノアの三人の弟子たちも協力を申し出た。
「エレノア様をお守りするのは私たちの役目です!」ケインが筋肉質な腕を組んで宣言した。
「美しきエレノア様のお側で、私たちも武流様をお守りいたします」ルークも優雅に膝をついた。
「戦術的に考えても、護衛は多い方が有利です」サイモンが眼鏡を光らせながら分析した。
エレノアは優しく微笑みながら答えた。
「ありがとう。でも今日は武流と二人だけで行動したいの。あなたたちは他のみんなと一緒にいてくれる?」
三人は困惑したが、エレノアの丁寧な頼みに逆らえず、渋々引き下がった。六回目のループの時と同じやり取りが繰り返されている。
俺の心の奥では、密かに計画を進行させていた。すべては、今夜の決戦のために。
午後の稽古が進む中、俺は表面的には普通に演出指導を続けながら、内心では緊張を高めていた。
夜が深まった頃、俺たちは温泉宿に戻った。
「武流、今夜も私があなたを守るわ」
エレノアが氷の魔力を纏いながら宣言した。
「ありがとう。君がいてくれて心強い」
俺は表面的には感謝を示しながら、内心では戦闘の準備を整えていた。変身ブレイサーに手を置き、いつでもアポロナイトに変身できる状態を保つ。
深夜になった時、エレノアが立ち上がった。
「少し廊下の様子を見てくるわ。念のために」
この台詞も、6回目のループと全く同じだった。
「一人で大丈夫か?」
「心配いらないわ。すぐに戻る」
エレノアが部屋を出て行く。その瞬間、俺は身構えた。来る――これまでと同じように、壁を突き破って深淵魔法の攻撃が来る。
しかし、今回は違う。俺は既に攻撃のタイミングを知っている。
部屋の壁が爆発した。
轟音と共に、石造りの壁が粉々に砕け散る。煙と破片が部屋中に舞い散り、深淵魔法の暗黒エネルギーが俺に向かって襲いかかってきた。
だが――俺は既に動いていた。
素早い動きで攻撃を回避し、壁の向こうへと一気に跳躍する。煙の中を突き抜けて、攻撃を放った人物と対峙した。
爆発の煙が晴れると、そこに立っていたのは――エレノアだった。
氷の魔法少女の姿に変身した彼女が、氷の杖を構えて俺を見据えている。青銀色の華麗な衣装に身を包み、美しい顔には冷酷な表情を浮かべていた。
俺はニヤリと笑った。
「やはりお前だったか」
ニセモノのエレノアの表情に、一瞬動揺が走った。しかし、すぐに冷静さを取り戻そうとする。
「何のことかしら?」彼女が涼しい顔で答えた。「クラリーチェの命令で、あなたを確保しに来ただけよ」
「命令?」俺が冷笑した。「エレノア、お前がクラリーチェの命令に従うだと? 両親の仇である奴の?」
ニセモノのエレノアの表情が、さらに動揺した。
「……私には私なりの考えがあるのよ」
「嘘をつくな」俺が一喝した。「お前はエレノアじゃない。ニセモノだ」
ニセモノのエレノアが言い訳を始める。
「ニセモノって何よ! 私は確かにエレノア・フロストヘイヴンよ! あなたを跪かせるために――」
しかし、俺はもう聞く耳を持たなかった。
「蒼光チェンジ!」
俺の体が青白い光に包まれる。超科学の結晶である装甲が全身を覆い、背中に翼状のエネルギー放射器が展開された。胸部のエンブレムが蒼く輝き、手には光る剣が現れる。
「星々の導きも、太陽の加護も、この一太刀に宿る!――蒼光剣アポロナイト!」
俺の名乗りが夜空に響いた。この世界で唯一、魔法に対抗できる超科学の戦士として。
「アポロ・ソニックウェイブ!」
俺の最初の攻撃が炸裂した。超音波の刃が螺旋を描きながら、ニセモノのエレノアに向かって一直線に飛んでいく。
ニセモノのエレノアが防御魔法を展開したが、俺の攻撃は手加減していない。超音波の刃が氷の壁を貫通し、彼女の身体を直撃した。
「きゃあ!」
ニセモノのエレノアが後方に吹き飛ばされる。しかし、すぐに立ち上がって反撃に転じた。
「私は氷の魔法姫! エレノア・フロストヘイヴンよ!」
氷の魔力が周囲に渦巻いた。しかし、その威圧感は本物のエレノアに比べて明らかに劣っていた。
「アイス・ジャベリン!」
巨大な氷の槍が連続で俺に向かって飛んでくる。しかし、俺は蒼光剣でそれらを次々と切り払っていく。
「アポロ・プラズマビーム!」
青白いエネルギーの奔流がニセモノのエレノアを襲った。彼女は咄嗟に氷の盾を展開するが、俺の攻撃の威力に押し切られてしまう。
「グレイシャル・ストーム!」
ニセモノのエレノアが無数の氷の結晶を展開した。美しい螺旋を描きながら、まるで氷の花吹雪のように舞い踊る。
しかし、俺の力は彼女を上回っていた。
「アポロ・クリムゾン・ブレイカー!」
俺の新技が炸裂し、氷の嵐を一気に突き破る。ニセモノのエレノアの身体に直撃し、彼女は再び地面に叩きつけられた。
「くっ……」
ニセモノのエレノアが立ち上がろうとするが、ダメージが深刻で体が思うように動かない。
「もう終わりだ」俺が蒼光剣を構えながら宣言した。「正体を現せ」
しかし、ニセモノのエレノアは諦めなかった。
「まだよ! フリージング・アブソリュート!」
氷の魔力を極限まで圧縮し、一点に集中させる。強力な氷の魔法で俺の動きを封じようとした。
だが、俺はその攻撃も予想していた。
「アポロ・ヒートウェイブ!」
青白い熱波が俺の周囲に広がり、ニセモノのエレノアの氷魔法を相殺する。
「そんな……」
ニセモノのエレノアの表情に、絶望が浮かんだ。もはや俺に対抗する手段がないことを悟ったのだろう。
彼女は踵を返し、逃走を図った。
「逃がすか!」
俺が追おうとした、その時――。
「アークティック・フィナーレ!」
別の方向から、巨大な氷の魔法が放たれた。氷の大地がニセモノのエレノアの足元から広がり、彼女の動きを完全に封じる。氷の結晶が彼女の体を包み込み、美しい氷の牢獄を形成した。
振り返ると、そこには――もう1人のエレノアが立っていた。
氷の魔法少女の姿に変身した本物のエレノアが、氷の杖を構えて威厳に満ちた姿勢で立っている。その瞳には、冷たい怒りが宿っていた。青銀色の衣装が月光に映え、まさに氷の女王の風格を漂わせていた。
「氷の魔法姫! 真のエレノア・フロストヘイヴン、見参!」
本物のエレノアの名乗りが響くと、周囲の気温が一気に下がった。その威圧感は、ニセモノとは比較にならない絶対的なものだった。
「よくも私の姿を騙ったわね」
本物のエレノアの声は、氷のように冷たく響いた。