(15)憐れ、濡れ透け魔法姫
ここから第1章ラスト(29話)まで、1日3回更新です。どうぞお付き合いください。
怒りに任せ、エレノアはより多くの氷の矢を操り始めた。十本、二十本と増えていく氷の矢が、空中で旋回しながら俺を取り囲む。それでも彼女の表情は凛としていて、余裕すら漂わせようとしている。
「私の全力の攻撃、避けられるものなら避けてみなさい!」
魔法姫の威厳を取り戻そうと、エレノアは冷たく言い放った。その背後では村人たちが固唾を呑んで見守っている。遠くから「エレノア様、お気をつけて!」という声も聞こえるが、彼女の耳には届いていないようだ。
一斉に放たれる氷の矢。だが俺は冷静に対応する。長年の経験で培った身のこなしで、全ての矢を回避していく。
「な、なんですって……?」
エレノアの表情が驚愕に変わる。全ての攻撃が空を切った。氷の上を縦横無尽に滑る俺の姿に、村人たちから歓声と拍手が上がる。
「師匠、すごいのです!」ミュウが両手を合わせて喜んでいる。その隣では、ロザリンダが腕を組みながら静かに観察している。
「だったら……!」
エレノアは空中の無数の氷の矢を操り、俺の周囲半径数メートルの地上に次々と落下させた。突き刺さった氷の矢は長さ2メートル以上あり、俺の身長を優に超える高さだ。それが檻のような状態になり、俺を閉じ込める。まるで牢獄の鉄格子のように、氷の矢が取り囲んだ。
「ふっ、追い詰めたわ」エレノアが冷たく笑う。「覚悟しなさい!」
空中の残りの氷の矢が数十本、俺めがけて真っ逆さまに飛来する。まるで天井から落ちてくる巨大なシャンデリアのように。
村人たちがゾクゾクと息を呑み、子供たちは怖がって目を覆う。ミュウの猫耳が恐怖で突っ立ち、ロザリンダが一歩前に出ようとする。
「ここにいたらお前も危ないんじゃないか?」
「え……?」エレノアは我に返る。
彼女も俺と一緒に氷の檻の中にいるのだ。俺を閉じ込めることばかり考えていたエレノアは、自分も同じ場所にいることに気づかなかったらしい。
「よっと」
俺は軽々と跳躍して、氷の矢でできた檻を飛び越え、外に着地した。スーツアクターとして培った跳躍力と、アポロナイトの若い肉体が完璧に噛み合った瞬間だった。
「ま、待ちなさい!」エレノアも逃げようとするが、バランスが悪く、ジャンプできない。慌てて手にした杖を振って、周囲の氷の矢を薙ぎ払った。
だが、逃げようと焦ったエレノアの足が、氷面で盛大に滑った。慌てて両腕をバタつかせて耐えようとするが、バランスを崩し、すてん!と仰向けに倒れ込む。
その上に、彼女自身が操った無数の氷の矢が降り注ぐ。
「エレノア様!」
ロザリンダと村人たちが一斉に息を呑んだ。
俺は呆然と立ち尽くす村人たちを見た。誰も彼女を助けようとしない。おそらくエレノアの高慢な性格ゆえ、彼女を庇おうという気持ちが湧かないのだろう。それとも、魔法姫という絶対的な存在を前に、自分たちには何もできないと諦めているのか。
エレノアの細い体と、降り注ぐ氷の矢の間隔を見て、俺は状況を冷静に分析した。彼女の体は華奢で細いため、次々と落ちてくる氷の矢は彼女の左右や周囲に突き刺さり、彼女の衣服を貫いて地面に刺さっていく。左腕の袖、右腕の袖、スカートの裾、両足の靴――瞬く間に彼女は磔のような姿で地面に固定された。
だが――最後に一本だけ残った氷の矢が、まっすぐエレノアの体の中心に向かって降下していく。その軌道と角度から、このままでは確実に彼女の体を貫くだろう。
どうすればいい?
一瞬の判断が求められる。以前カメラの前で演じたように、ヒーロー然とした派手なジャンプで彼女を救出するか? いや、それでは間に合わない。エレノアに駆け寄ったところで、氷の矢の速度には敵わないだろう。変身するにしても、変身ブレイサーが手元にない今、時間がかかりすぎる。
そうだ! ポケットの氷の破片だ!
エレノアの処刑劇場が始まった時、懐に隠し持っていた氷の破片。
それを掴み、素早く投げた。エレノアの体の中心に向かって落下する氷の矢に、投げた矢がかすってわずかに軌道が変わる。
最後の氷の矢はエレノアの体の中心を逸れて、足の付け根に極めて近い位置でスカートを貫き、地面に突き刺さった。
「きゃあああああっ!」
エレノアの悲鳴が森に響き渡った。
誰もが目を見張った。
大の字に横たわるエレノア。無数の氷の矢は魔法少女の衣装の裾や袖を貫き、地面に突き刺さっているが、彼女の体を直接貫いているものは一本もなかった。
「ふぅ……」
俺は思わず息を吐く。あと少しでエレノアの体が串刺しになるところだった。これだけのショーを村人たちに見せれば、十分な効果があるだろう。俺の力と技術を見せつけることで、彼らの尊敬を得る――それは女神が授けてくれた「真の力」の使い方として間違っていないはずだ。
「う……っ」
エレノアは恐怖と恥辱で顔が青ざめ、氷の矢の磔から逃れようとする。が、身動きできず、腰をわずかに動かせるだけだ。俺が直前に軌道をわずかに変え、エレノアの体の中心から逸らした氷の矢が、足の付け根にぴたっと触れた。
「はっ……はぁ……冷た……い……」
彼女の腰はわなわなと震えている。恥ずかしさと屈辱で涙が目に浮かぶ。
エレノアは力尽きたのか、変身が解除された。青い魔力の光が彼女の体から消えていき、高貴な魔法姫は普通の少女の姿に戻った。ブレザーとプリーツスカート姿だが、それでも大の字で氷の矢に貫かれた状態は変わらない。
「自分の力に呑まれたな、魔法姫さん」
俺は静かに言った。
目を合わせることなく顔を横に向けるエレノア。その表情は屈辱と恥辱で歪んでいる。氷の上に横たわる彼女の姿は、まるで罰を受ける罪人のようだった。
村人たちは呆然と、その光景を見つめていた。処刑する立場の魔法姫が、罪人に敗北しただけでなく、恥ずかしい姿を晒している。しかも俺はアポロナイトに変身することもなく、生身の体で楽々とエレノアに勝利してしまった。これ以上の屈辱はないだろう。
「こ、こんな姿……見られたくなかった……」
エレノアの声は震えていた。
俺はロザリンダと目が合った。彼女の深い瞳には、「もうエレノアは十分懲りたはず。彼女を助けてあげて」という静かな懇願が込められているように感じた。エレノアの姿を晒しものにするのも、これ以上は気の毒だ。
「ミュウ、ブレイサーを」
俺はミュウに声をかけた。彼女は一瞬驚いたが、すぐに事態を理解したようだ。
「はいなのです!」
ミュウは素早く動き、広場の一段高い場所に置かれたガラスケースに駆け寄る。透明なケースの中には青く輝くブレイサーが厳重に保管されていた。彼女が慎重にケースを開け、ブレイサーを取り出すと、俺の元へ小走りに戻ってきた。
「どうぞなのです」
ミュウがブレイサーを俺に差し出す。猫耳が期待に震えている。
俺は右腕にブレイサーを装着した。青い宝石が輝き始める。
「蒼光チェンジ!」
光の粒子が俺の体を包み込み、白銀の装甲へと変化する。村人たちから驚きの声が上がる。
「なんだ、あの姿は!?」
「白銀の鎧……!?」
「間違いない! あの方こそが、スターフェリアの伝説の光の勇者だ!」
ロザリンダとミュウは、アポロナイトの姿を初めて見た。ミュウは目を輝かせ、口を「わぁ……」と開けたまま言葉を失っている。ロザリンダの表情にはわずかな驚きと敬意が浮かんでいた。
「アポロ・ヒートウェイブ!」
蒼光剣から放たれた青白い熱波が、エレノアを取り囲む氷の矢を包み込む。熱波は氷だけを溶かし、彼女の体を焦がさないよう調整されていた。
広場を覆っていた氷のスケートリンクも溶けて消滅していく。
「あ……あぁ……」
エレノアの小さな声。氷の矢が溶け、彼女は解放された。しかし、溶けた氷で全身ずぶ濡れになっていく。氷の矢で穴だらけになったブレザーとスカートは、完全に濡れてしまい、その下には……。
「っ!」
彼女は慌てて起き上がり、両手で体を隠そうとするが、全身を隠すことは不可能だった。ただ地面に座り込み、体を震わせることしかできない。まるで幼い少女のような女の子座りで、両手で足の付け根を押さえ、小さく呻いた。
「ううっ……」
この村を守護する高貴な魔法姫が、ボロボロかつずぶ濡れの姿で、数百人の村人の目に晒されていた。
俺は変身解除して、もとの姿に戻る。
そして、エレノアに歩み寄ろうとした。
と、その時――村の女の一人が遮るように駆け寄り、エレノアを背に立ちはだかった。
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