表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/215

(15)憐れ、濡れ透け魔法姫

ここから第1章ラスト(29話)まで、1日3回更新です。どうぞお付き合いください。

 怒りに任せ、エレノアはより多くの氷の矢を操り始めた。十本、二十本と増えていく氷の矢が、空中で旋回しながら俺を取り囲む。それでも彼女の表情は凛としていて、余裕すら漂わせようとしている。


「私の全力の攻撃、避けられるものなら避けてみなさい!」


 魔法姫の威厳を取り戻そうと、エレノアは冷たく言い放った。その背後では村人たちが固唾を呑んで見守っている。遠くから「エレノア様、お気をつけて!」という声も聞こえるが、彼女の耳には届いていないようだ。


 一斉に放たれる氷の矢。だが俺は冷静に対応する。長年の経験で培った身のこなしで、全ての矢を回避していく。


「な、なんですって……?」


 エレノアの表情が驚愕に変わる。全ての攻撃が空を切った。氷の上を縦横無尽に滑る俺の姿に、村人たちから歓声と拍手が上がる。


「師匠、すごいのです!」ミュウが両手を合わせて喜んでいる。その隣では、ロザリンダが腕を組みながら静かに観察している。


「だったら……!」


 エレノアは空中の無数の氷の矢を操り、俺の周囲半径数メートルの地上に次々と落下させた。突き刺さった氷の矢は長さ2メートル以上あり、俺の身長を優に超える高さだ。それが檻のような状態になり、俺を閉じ込める。まるで牢獄の鉄格子のように、氷の矢が取り囲んだ。


「ふっ、追い詰めたわ」エレノアが冷たく笑う。「覚悟しなさい!」


 空中の残りの氷の矢が数十本、俺めがけて真っ逆さまに飛来する。まるで天井から落ちてくる巨大なシャンデリアのように。


 村人たちがゾクゾクと息を呑み、子供たちは怖がって目を覆う。ミュウの猫耳が恐怖で突っ立ち、ロザリンダが一歩前に出ようとする。


「ここにいたらお前も危ないんじゃないか?」


「え……?」エレノアは我に返る。


 彼女も俺と一緒に氷の檻の中にいるのだ。俺を閉じ込めることばかり考えていたエレノアは、自分も同じ場所にいることに気づかなかったらしい。


「よっと」


 俺は軽々と跳躍して、氷の矢でできた檻を飛び越え、外に着地した。スーツアクターとして培った跳躍力と、アポロナイトの若い肉体が完璧に噛み合った瞬間だった。


「ま、待ちなさい!」エレノアも逃げようとするが、バランスが悪く、ジャンプできない。慌てて手にした杖を振って、周囲の氷の矢を薙ぎ払った。


 だが、逃げようと焦ったエレノアの足が、氷面で盛大に滑った。慌てて両腕をバタつかせて耐えようとするが、バランスを崩し、すてん!と仰向けに倒れ込む。


 その上に、彼女自身が操った無数の氷の矢が降り注ぐ。


「エレノア様!」


 ロザリンダと村人たちが一斉に息を呑んだ。


 俺は呆然と立ち尽くす村人たちを見た。誰も彼女を助けようとしない。おそらくエレノアの高慢な性格ゆえ、彼女を庇おうという気持ちが湧かないのだろう。それとも、魔法姫という絶対的な存在を前に、自分たちには何もできないと諦めているのか。


 エレノアの細い体と、降り注ぐ氷の矢の間隔を見て、俺は状況を冷静に分析した。彼女の体は華奢で細いため、次々と落ちてくる氷の矢は彼女の左右や周囲に突き刺さり、彼女の衣服を貫いて地面に刺さっていく。左腕の袖、右腕の袖、スカートの裾、両足の靴――瞬く間に彼女は磔のような姿で地面に固定された。


 だが――最後に一本だけ残った氷の矢が、まっすぐエレノアの体の中心に向かって降下していく。その軌道と角度から、このままでは確実に彼女の体を貫くだろう。


 どうすればいい?


 一瞬の判断が求められる。以前カメラの前で演じたように、ヒーロー然とした派手なジャンプで彼女を救出するか? いや、それでは間に合わない。エレノアに駆け寄ったところで、氷の矢の速度には敵わないだろう。変身するにしても、変身ブレイサーが手元にない今、時間がかかりすぎる。


 そうだ! ポケットの氷の破片だ!


 エレノアの処刑劇場が始まった時、懐に隠し持っていた氷の破片。


 それを掴み、素早く投げた。エレノアの体の中心に向かって落下する氷の矢に、投げた矢がかすってわずかに軌道が変わる。


 最後の氷の矢はエレノアの体の中心を逸れて、足の付け根に極めて近い位置でスカートを貫き、地面に突き刺さった。


「きゃあああああっ!」


 エレノアの悲鳴が森に響き渡った。


 誰もが目を見張った。


 大の字に横たわるエレノア。無数の氷の矢は魔法少女の衣装の裾や袖を貫き、地面に突き刺さっているが、彼女の体を直接貫いているものは一本もなかった。


「ふぅ……」


 俺は思わず息を吐く。あと少しでエレノアの体が串刺しになるところだった。これだけのショーを村人たちに見せれば、十分な効果があるだろう。俺の力と技術を見せつけることで、彼らの尊敬を得る――それは女神が授けてくれた「真の力」の使い方として間違っていないはずだ。


「う……っ」


 エレノアは恐怖と恥辱で顔が青ざめ、氷の矢の磔から逃れようとする。が、身動きできず、腰をわずかに動かせるだけだ。俺が直前に軌道をわずかに変え、エレノアの体の中心から逸らした氷の矢が、足の付け根にぴたっと触れた。


「はっ……はぁ……冷た……い……」


 彼女の腰はわなわなと震えている。恥ずかしさと屈辱で涙が目に浮かぶ。


 エレノアは力尽きたのか、変身が解除された。青い魔力の光が彼女の体から消えていき、高貴な魔法姫は普通の少女の姿に戻った。ブレザーとプリーツスカート姿だが、それでも大の字で氷の矢に貫かれた状態は変わらない。


「自分の力に呑まれたな、魔法姫さん」


 俺は静かに言った。


 目を合わせることなく顔を横に向けるエレノア。その表情は屈辱と恥辱で歪んでいる。氷の上に横たわる彼女の姿は、まるで罰を受ける罪人のようだった。


 村人たちは呆然と、その光景を見つめていた。処刑する立場の魔法姫が、罪人に敗北しただけでなく、恥ずかしい姿を晒している。しかも俺はアポロナイトに変身することもなく、生身の体で楽々とエレノアに勝利してしまった。これ以上の屈辱はないだろう。


「こ、こんな姿……見られたくなかった……」


 エレノアの声は震えていた。


 俺はロザリンダと目が合った。彼女の深い瞳には、「もうエレノアは十分懲りたはず。彼女を助けてあげて」という静かな懇願が込められているように感じた。エレノアの姿を晒しものにするのも、これ以上は気の毒だ。


「ミュウ、ブレイサーを」


 俺はミュウに声をかけた。彼女は一瞬驚いたが、すぐに事態を理解したようだ。


「はいなのです!」


 ミュウは素早く動き、広場の一段高い場所に置かれたガラスケースに駆け寄る。透明なケースの中には青く輝くブレイサーが厳重に保管されていた。彼女が慎重にケースを開け、ブレイサーを取り出すと、俺の元へ小走りに戻ってきた。


「どうぞなのです」


 ミュウがブレイサーを俺に差し出す。猫耳が期待に震えている。


 俺は右腕にブレイサーを装着した。青い宝石が輝き始める。


「蒼光チェンジ!」


 光の粒子が俺の体を包み込み、白銀の装甲へと変化する。村人たちから驚きの声が上がる。


「なんだ、あの姿は!?」

「白銀の鎧……!?」

「間違いない! あの方こそが、スターフェリアの伝説の光の勇者だ!」


 ロザリンダとミュウは、アポロナイトの姿を初めて見た。ミュウは目を輝かせ、口を「わぁ……」と開けたまま言葉を失っている。ロザリンダの表情にはわずかな驚きと敬意が浮かんでいた。


「アポロ・ヒートウェイブ!」


 蒼光剣から放たれた青白い熱波が、エレノアを取り囲む氷の矢を包み込む。熱波は氷だけを溶かし、彼女の体を焦がさないよう調整されていた。


 広場を覆っていた氷のスケートリンクも溶けて消滅していく。


「あ……あぁ……」


 エレノアの小さな声。氷の矢が溶け、彼女は解放された。しかし、溶けた氷で全身ずぶ濡れになっていく。氷の矢で穴だらけになったブレザーとスカートは、完全に濡れてしまい、その下には……。


「っ!」


 彼女は慌てて起き上がり、両手で体を隠そうとするが、全身を隠すことは不可能だった。ただ地面に座り込み、体を震わせることしかできない。まるで幼い少女のような女の子座りで、両手で足の付け根を押さえ、小さく呻いた。


「ううっ……」


 この村を守護する高貴な魔法姫が、ボロボロかつずぶ濡れの姿で、数百人の村人の目に晒されていた。


 俺は変身解除して、もとの姿に戻る。


 そして、エレノアに歩み寄ろうとした。


 と、その時――村の女の一人が遮るように駆け寄り、エレノアを背に立ちはだかった。

第15話までお読みいただき、ありがとうございます!

面白いと思った方、続きが気になる方は、ぜひブックマークや★★★★★評価をいただけると励みになります!

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ