(150)魔法姫アリエルの明かす真実
俺の心に衝撃が走った。タイムループの真犯人は、クラリーチェでも魔法少女たちでもなく――百年前の魔法姫アリエルだったのか。
「なぜそんなことを......?」
「オレの期待を裏切り続けるからだ」アリエルが怒りを込めて言った。「異世界から来た男が、この世界に革命を起こすと思っていたのに、あまりにも弱すぎる。だから、成長するまで何度でもやり直させてやっているのだ」
アリエルの動機が明らかになった。彼女は俺に期待していたのだ。この世界の支配者になると宣言した異世界人として、既存の秩序を打ち破ることを。しかし、俺の度重なる敗北に失望し、強制的に成長させようとしているのだった。
「おまえには力がある」アリエルが続けた。「だが、それを活かしきれていない。だからオレが、特別な訓練を施してやっているのだ」
「特別な訓練......このタイムループが?」
「そうだ。同じ状況を何度も体験することで、おまえは必ず成長するはずだ。そして最終的には、クラリーチェを倒し、この世界の真の支配者となるのだ」
アリエルの壮大な計画が見えてきた。彼女は俺を育成しようとしているのだ。百年以上前から蓄積された知識と経験を活かして、俺を完璧な支配者に仕立て上げようとしている。
「だが、オレの期待に応えられるかどうかは、まだ未知数だ」アリエルが厳しい表情で続けた。「これまでの五度の失敗を見る限り、おまえにはまだまだ足りないものがある」
俺は拳を握りしめた。確かに、五度も同じ結末を迎えているのは事実だ。しかし、それには理由がある。
「あんたに聞きたいことがある」俺がアリエルを見据えた。「クラリーチェは、どうやって俺の行動を予測しているんだ? 完璧な警備を敷いても、どこにいても、必ず俺を見つけ出して倒す。まさか、魔法少女たちの中に裏切り者が......?」
アリエルの表情が僅かに変わった。まるで核心を突かれたかのような反応だった。
「それを聞くか......」
「答えてくれ。俺が成長するためには、真実を知る必要がある」
しかし、アリエルは首を振った。
「駄目だ。それを教えてしまったら、おまえは本当の意味で成長できない」
「何?」
「自分で気づき、自分で解決してこそ、真の力が身につくのだ」アリエルが厳格に言った。「オレが答えを与えてしまったら、おまえは永遠に依存したままになる」
俺のフラストレーションが高まった。真実がすぐそこにあるのに、教えてもらえない。
「少なくとも、ヒントくらいは――」
「ヒントなど必要ない」アリエルが遮った。「おまえには既に、すべてを解決するための材料が揃っている。後は、それを正しく組み合わせるだけだ」
俺の苛立ちは頂点に達していた。答えを知っているくせに教えようとしない――まるで意地悪な教師のようだ。
「それじゃあ、せめて他のことを教えてくれ」俺が食い下がった。「深淵魔法を司る妖精アステリアは、今どこにいるんだ?」
アリエルの表情が一瞬緊張した。
「なぜそれを聞く?」
「リリアのためだ」俺が真剣に答えた。「彼女は変身能力を失っている。アステリアと契約できれば、もう一度魔法姫として――」
「なるほど、可愛い弟子のためか」アリエルが理解したような表情を見せた。
「それに、学園で調べた記録によると、あんたはアステリアと『星見の間』で契約儀式を行ったと書いてあった。その『星見の間』はどこにあるんだ? 学園の中なのか、それとも――」
「愚かな」アリエルが即座に遮った。「そんなことを教えるわけにはいかない」
「なぜだ? リリアを救うためには――」
「それも自分で探し出せ」アリエルが冷酷に言い放った。「おまえと弟子どもが力を合わせて、自らの手で見つけ出すのだ」
俺は唇を噛んだ。せっかくアリエルと直接話すことが出来たというのに――。
「まずは、このタイムループを脱することだな」アリエルが立ち上がった。「それができなければ、何も始まらない。クラリーチェを倒せ。それも、正面から堂々と打ち負かすのだ」
「だが、五度も挑戦して、すべて失敗した。一度は勝利目前まで行ったのに、背後から攻撃されて――」
「そうだ」アリエルが頷いた。「あの時は惜しかった」
「あの背後からの攻撃は、一体何だったんだ? 誰が俺を――」
「それも自分で解き明かせ」
俺は歯ぎしりした。核心に近づくほど、アリエルは口を閉ざしてしまう。
「せめて、ヒントくらい――」
「これ以上は教えられない。後はおまえ自身の力で解決するのだ」
アリエルの姿が薄くなり始めた。どうやら、この意識空間での対話も終わりに近づいているらしい。
「待ってくれ! まだ聞きたいことが――」
「最後に一つだけ忠告してやろう」アリエルの声が遠くなっていく。「おまえが信じているものを、もう一度見直してみろ。真実は、おまえが最も信頼している場所に隠されているかもしれない」
「何だって? それはどういう――」
しかし、アリエルの姿は完全に消え去り、光の空間も急速に崩壊し始めた。俺の意識は現実世界へと引き戻されていく。
「武流! 武流!」
誰かが俺の名前を呼んでいる。意識が戻ると、俺は野外劇場の地面に倒れていた。心配そうな顔をしたエレノア、リリア、ミュウたちが俺を取り囲んでいる。
「師匠! 大丈夫? 急に倒れちゃって......」リリアが涙ぐんでいる。
「武流様、古文書に触れた瞬間に意識を失われたのです」ミュウが説明した。
俺は体を起こし、周囲を見回した。古文書はロザリンダの手の中にあり、相変わらず微かに光を放っている。
「どのくらい意識を失っていた?」
「ほんの数分です」エレノアが答えた。「でも、その間、あなたは何か夢でも見ているかのように、ずっと呟いていたわ」
「呟いていた?」
「『アリエル』とか『アステリア』とか......」ロザリンダが心配そうに言った。「古文書の影響を受けたのかもしれません」
俺は立ち上がり、頭を整理しようとした。アリエルとの対話は夢ではない。確実に、百年前の魔法姫の意識体と交流したのだ。
そして、重要な事実が判明した。
このタイムループを起こしているのは、アリエル・フロストヘイヴンとアステリアだった。俺を成長させるために、意図的に同じ時間を繰り返させているのだ。
しかし、肝心の謎――クラリーチェがどうやって俺を見つけ出すのか、背後から攻撃してきた人物の正体――それらについては、アリエルは教えてくれなかった。
「おまえが信じているものを、もう一度見直してみろ。真実は、おまえが最も信頼している場所に隠されているかもしれない」
アリエルの最後の言葉が、俺の心に引っかかっていた。俺が最も信頼している場所? それは一体何を意味するのか?
「武流、本当に大丈夫?」エレノアが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、大丈夫だ」俺は微笑んで答えた。「ちょっと、重要なことがわかったんだ」
「重要なこと?」
「後で説明する。今は......」
俺は魔法少女たちを見回した。リリア、ミュウ、エレノア、ステラ、アイリーン、ルル、リュウカ先生、セシリア、そしてロザリンダとエレノアの三人の弟子たち。
この中に、俺が最も信頼している存在がいる。そして、その存在の中に、真実が隠されているかもしれない。
だが、一体誰なのか? そして、どんな真実が?
もし魔法少女たちの中に、俺を欺いている者がいるとしたら?
俺はこっそりと魔法少女たちの表情を観察した。みんな、俺を心配し、支えようとしてくれている。その忠誠心に偽りはないように見える。
だが、アリエルの言葉が気になった。「おまえが最も信頼している場所に隠されている」
俺が最も信頼している存在――それは誰なのか?
一体、誰の中に真実が隠されているのか?
俺は深く考え込んだ。もしかすると、裏切り者というのは間違った見方なのかもしれない。アリエルの言葉を信じるなら、真実はもっと別のところにあるのかもしれない。
「師匠?」リリアが心配そうに声をかけてきた。「なんだか難しい顔をしてるけど......」
「いや、何でもない」俺は微笑んで答えた。「ちょっと考え事をしていただけだ」
しかし、俺の心の中では、新たな決意が芽生えていた。
アリエルの言葉の意味を解き明かし、六度目にして、ついにこのループを断ち切ってやる。