(148)姿なき裏切り者、そして衝撃の事実
地下空間での激戦は、俺の優勢で推移していた。
クラリーチェの深淵魔法と俺の超科学技術が激突し、巨大な爆発が地下空間を揺るがし続けている。しかし、確実に俺がクラリーチェを圧倒していた。前回の王宮での引き分けとは明らかに状況が違う。
「アポロ・クリムゾン・ブレイカー!」
俺の新技が炸裂した。これまで以上に強力な青白いエネルギーが、クラリーチェの防御を突き破る。前回の戦いで彼女の戦法を研究し尽くした成果だった。
「ぐおおお......!」
クラリーチェが初めて苦悶の声を上げた。小さな体が地面に叩きつけられ、漆黒のローブが破れている。小さな両胸が上下し、その絶対的だった威厳に陰りが見えていた。
「あり得ん......わらわが、このような......」
彼女の声には、信じられないという困惑が込められていた。百年以上にわたって無敗を誇ってきたクラリーチェが、ついに劣勢に立たされている。前回の引き分けを経て、俺が明らかに成長していた。
俺は蒼光剣を構えながら、慎重に間合いを詰めていく。この好機を逃すわけにはいかない。ここでクラリーチェを倒せば、無限ループから脱出できるはずだ。
「終わりだ、クラリーチェ」
俺の剣に青白い光が集中していく。最大威力の一撃を準備しながら、俺はクラリーチェに向かって歩を進めた。
「まだじゃ......まだ終わりではない......」
クラリーチェが立ち上がろうとするが、ダメージが深刻で体が思うように動かない。ディブロットも彼女の肩から落ちてしまい、床でうめいている。
「深淵魔法・ラスト・デスペレーション!」
クラリーチェが最後の力を振り絞って魔法を放った。しかし、その威力は先ほどまでと比べて明らかに劣っている。俺は蒼光剣でそれを易々と切り払った。
「前回とは違う......今度こそ決着だ! アポロ・フィニッシュ・ブレード!」
俺の必殺の一撃が、クラリーチェに向かって振り下ろされた。青白い光の軌跡が、地下空間を一閃する。
勝った――。
その瞬間、俺の背後に殺気を感じた。
誰かが、俺の背後から攻撃を仕掛けてきている。しかし、振り返る間もなく――。
鋭い衝撃が俺の背中を貫いた。
「がはっ......!」
背後からの攻撃は致命的で、アポロナイトの装甲を易々と貫通している。
「バカな......!?」
俺は必死に振り返ろうとしたが、体が思うように動かない。攻撃者の姿を確認する前に、俺の意識は薄れていった。
誰だ......誰が俺を......?
クラリーチェの味方が隠れていたのか? それとも――まさか、魔法少女たちの中に......?
俺の意識は、完全に闇に沈んだ。
気がつくと、俺は十字の柱に縛りつけられていた。
六度目の処刑台。六度目の絶望。
俺の目の前で、深淵魔法の黒い炎がゆらゆらと燃え上がっている。周囲には、これまで共に歩んできた魔法少女たちの姿があった。
「師匠!」
リリアが涙を流しながら叫んでいる。
「どうして......どうして師匠が負けたの!? あんなに優勢だったのに......」
彼女の声には、信じられないという困惑が込められていた。確かに、俺はクラリーチェを圧倒していた。勝利は目前だった。
「武流様!」
ミュウも猫耳を震わせながら必死に結界を叩いている。
「わたくし、何が起きたのかわからないのです! 師匠が勝ちそうだったのに......」
「武流先生!」
ステラ、アイリーン、ルル、リュウカ先生、セシリア――全員が困惑と絶望の表情を浮かべている。
エレノアも青ざめた表情で俺を見つめていた。
「武流......あなたは確実にクラリーチェを追い詰めていたわ。なぜ急に形勢が逆転したの?」
俺は十字の柱に縛りつけられたまま、必死に声を絞り出した。
「みんな! 俺の背後から攻撃してきた奴がいるはずだ! 誰か見なかったか!?」
魔法少女たちの表情が困惑に満ちた。
「背後から? でも師匠、地下では私たちは何も見えませんでした」アイリーンが眼鏡を光らせながら答えた。
「そうなのです」ミュウも猫耳を垂らして証言した。「わたくし、地下の戦いは遠すぎて詳しく見えませんでした......」
ステラも首を振った。
「私も地下の奥まではわからなかったです。音だけは聞こえていましたが......」
ルルも小さな体を震わせて答えた。
「ルルも見えなかったよ〜♪ 地下が深すぎて〜♪」
リュウカ先生も困惑している。
「わたくしたちは上から見守っていただけですのに〜! 地下の詳細は見えませんでしたわ〜!」
セシリアも水晶の杖を握りしめながら証言した。
「私の水晶魔法でも、地下の深部までは探知できませんでした。武流様の敗北は、私たちにとっても突然の出来事でした」
ロザリンダとエレノアの三人の弟子たちも、同様に証言した。
「申し訳ありません。私たちには何も見えませんでした」ケインが悔しそうに拳を握りしめた。
「地下での戦いは、我々の視界の外でした」サイモンも冷静に分析している。
ルークも美しい顔を歪めて答えた。
「武流様の援護もできず......私の無力さが情けないです」
誰も見ていない......?
俺の心に、恐ろしい疑念が浮かんだ。
「まさか......魔法少女たちの中に......」
俺の言葉に、魔法少女たちの表情が一変した。
「そんな! まさか!」リリアが強く否定した。
「あり得ないわ!」エレノアも首を振った。
「わたくし、そんなこと絶対にしないのです!」ミュウも涙ぐんでいる。
しかし、俺の疑念は消えなかった。
「いや......でも、誰かが俺を背後から......確実に、近距離から攻撃された」
その時、クラリーチェの声が響いた。
「わらわを倒せると思ったか? 甘いわ」
七歳程度の幼女の姿をした彼女が、俺の前に立っている。先ほどの地下での戦いで受けたダメージは、もうすっかり回復しているようだった。その瞳に、冷酷な勝利の光が宿っている。
「前回の引き分けから学んだと思ったか? おぬしがどれほど頑張ろうとも、結末は同じじゃ。わらわの前では、すべてが無意味なのじゃ」
俺は歯ぎしりした。確実に勝てると思ったのに、またしても敗北した。しかも、背後からの攻撃という卑劣な手段で。
「誰だ......誰が俺を背後から攻撃したんだ......」
しかし、クラリーチェはその疑問に答えようとしなかった。
「それを知ったところで、おぬしの運命は変わらぬ」彼女が冷笑した。「さあ、今度こそ完全に消し去ってやろう」
俺の心に浮かんだのは、仲間たちへの申し訳なさと、解けない謎への困惑だった。
五度の失敗。五度の死。そして今、六度目の処刑を迎えようとしている。
一人では無理だった。仲間と一緒でも無理だった。完璧な警備体制を敷いても無理だった。そして、クラリーチェを直接攻撃しても無理だった。
いったい、どうすればこの悪夢から抜け出せるのか。そして、俺を背後から攻撃した謎の人物の正体は何なのか。
そして――もう一つ、どうしても確かめたいことがあった。
「クラリーチェ!」俺が声を張り上げた。「お前に聞きたいことがある!」
クラリーチェが眉をひそめた。
「今さら何を言い残すつもりじゃ?」
「同じ一日をループさせるなんて……どうやってそんなことを!?」俺は必死に問いただした。「何度も何度も俺を処刑して、そんなに楽しいのか!?」
しかし、クラリーチェの表情は困惑に満ちていた。
「何を言っておる?」彼女が首を傾げた。「ループ? 何度も処刑? おぬし、死の間際になって気が触れたか?」
俺の心に衝撃が走った。クラリーチェの困惑は、演技ではない。本物だった。
「わらわがおぬしを処刑するのは、今回が初めてじゃ」クラリーチェが断言した。「一体何を妄想しておるのじゃ?」
俺は呆然とした。クラリーチェが本当に知らない――ということは、このタイムループを起こしているのは、彼女ではないのか?
ならば、誰が? なぜ? どうやって?
俺の頭に無数の疑問が渦巻いた。このループ現象の真の黒幕は、別にいるということなのか?
「さあ、何か言い残すことはあるか?」
クラリーチェの瞳が冷酷に光る。
「深淵魔法・冥王の炎で、おぬしの存在ごと消し去ってやろう」
黒い炎が俺に向かって伸びてくる。その熱さは皮膚を焦がし、絶望的な痛みが体を駆け巡る。
黒い炎が俺の胸を貫いた瞬間、激痛が全身を駆け巡った。
意識が遠のいていく。
魔法少女たちの悲鳴が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえてくる。
六度目の死――。
そして――俺の意識は、完全に闇に沈んだ。
俺は勢いよく目を覚ました。
心臓が激しく鼓動している。俺は絶望的な気持ちで周囲を見回した。そこはやはり、朝陽が差し込むルルの温泉宿の客室だった。
ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と俺は力なく声を掛けた。
ドアが開き、扉から魔獣が現れた。黒い毛に覆われた人間大の怪物――。
「あははは! 師匠、驚いた?」
魔獣の頭部が外れ、その下からリリアの笑顔が現れた。
しかし、今度は新たな疑問が俺の心を支配していた。
クラリーチェがタイムループの真犯人ではない――ならば、一体誰が、なぜ、どうやって俺を同じ時間に閉じ込めているのか?