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(144)エレノアと2人きりの夜

 夜が深まった頃、俺はルルの温泉宿の自室にいた。しかし、今夜は前回のような孤独な夜ではない。俺を守るために、魔法少女たちが万全の警備体制を敷いてくれていた。


 建物の周囲には、リリアとミュウが見張りに立っている。リリアは変身できない身でありながら、持ち前の運動神経と勘の良さを活かして不審者の監視を担当していた。ミュウは猫族特有の優れた聴覚で、遠くの音まで聞き分けている。


 廊下にはステラとアイリーンが配置されていた。ステラは風の魔法で空気の流れを感知し、侵入者の気配を察知する。アイリーンは魔法的な侵入を防ぐ結界を張っていた。


 階段と玄関にはルルとリュウカ先生が陣取っている。ルルは土の魔法で建物全体の振動を感知し、リュウカ先生は電撃の威嚇で侵入者を牽制する構えだった。


 建物の外周には、セシリアとロザリンダ、そしてエレノアの三人の弟子たちが警備についていた。セシリアは水晶の魔法で遠方まで見渡し、ロザリンダは古文書で得た知識を活かして魔法的な防御策を指示している。ケイン、ルーク、サイモンの三人は、それぞれの特技を活かして警備の穴を埋めていた。


 そして、俺の部屋には――エレノアがいた。


 氷の魔法姫であるエレノアが、俺の最後の守護者として部屋に留まってくれている。彼女の氷の魔力は、深淵魔法にも対抗できる可能性がある唯一の力だった。


「これなら完璧だ」俺は安堵の息を漏らした。「いくらクラリーチェでも、これほどの警備を突破するのは困難だろう」


 エレノアは窓際に立ち、外の様子を警戒しながら答えた。


「当然よ。私たちは本気なのだから」


 彼女の美しい横顔には、強い決意が刻まれていた。氷のように透明な瞳は、闇夜を鋭く見据えている。しかし、その表情の奥に、何か複雑な感情が渦巻いているのを俺は感じ取っていた。


「エレノア」俺が彼女に声をかけた。「今夜はありがとう。君がいてくれて、本当に心強い」


 エレノアは振り返ると、いつものように冷ややかな微笑みを浮かべた。しかし、その微笑みには普段とは違う、何か鋭い感情が込められていた。


「勘違いしないで、武流。私はあなたに感謝されるためにここにいるわけではないわ」


「じゃあ、なぜ?」


 エレノアは氷の杖を軽く回しながら、俺を見据えた。その瞳には、複雑な光が宿っている。


「決まっているでしょう」彼女の声には、抑制された何かが込められていた。「いつか私があなたを倒し、跪かせるためよ。その野望は、ずっと変わらない」


 俺は彼女の言葉の裏にある感情を読み取ろうとした。エレノアの「野望」――それは単純な支配欲ではない。もっと深く、複雑な感情に根ざしたものだった。


「忘れたわけじゃないでしょう?」エレノアが続けた。「あなたはこの世界の支配者になると宣言したわね」


 俺の胸に、あの時の記憶が蘇った。王都での宣言。この世界の頂点に立つという野望を、俺は確かに口にした。


「ああ。もちろん忘れていない」


「あの時から」エレノアの瞳が鋭く光った。「私はあなたの目標になった。いえ、正確には――執着したと言うべきかしら」


 彼女の声には、普段の冷静さとは違う、熱を帯びた響きがあった。


「この世界の支配者になるという野望を抱く男。そんなあなたを、私が支配したいと思うのは当然でしょう?」


 エレノアの支配欲の正体が、俺には理解できた。彼女は俺の野望に魅力を感じている。そして同時に、その野望を持つ俺を屈服させようとしているのだ。


「今でも時々思い出すわ」エレノアの表情が一瞬、苦々しく歪んだ。「あなたが私を跪かせた時のこと……。あの村でのことよ」エレノアの声に、抑えきれない屈辱の色が滲んだ。「村人たちの前で、私はあなたに完膚なきまでに打ち負かされた。膝をつかされ、屈服を強いられた」


 俺の記憶に、あの日の光景が蘇った。エレノアは俺に挑戦し、そして敗北した。村人たちが見守る中で、誇り高い魔法姫が男に屈服させられる――それは屈辱的だっただろう。


「あの時の屈辱を」エレノアが氷の杖を握りしめた。「私はまだ許していない」


 彼女の瞳には、怒りと屈辱、そして――奇妙な興奮の色が混じり合っていた。


「でも同時に」エレノアの頬に、微かな赤みが差した。「あの時の感覚が忘れられないのも事実なの」


「感覚?」


「あなたに屈服させられた時の......」エレノアが視線を逸らした。「あの時の無力感と、同時に感じた妙な安堵感。まるで重い責任から解放されたような......」


 エレノアの告白は、俺にとって意外なものだった。彼女の支配欲の裏には、実は支配されることへの憧憬が隠されているのかもしれない。


「だからこそ」エレノアが再び俺を見据えた。「今度は私があなたを支配する番よ。あの時の借りを返すまで、私の気は済まないわ」


 俺は彼女の複雑な感情を理解しようとした。プライドと屈辱、支配欲と被支配願望――すべてが絡み合って、エレノアの心を支配している。


「そのためにも」エレノアが照れたような表情を見せた。「あなたに死んでもらっては困るのよ。クラリーチェなんかに殺されて、私の楽しみを奪われるわけにはいかないわ」


 彼女の頬が赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。照れ隠しだろう。エレノアなりの、歪んだ愛情表現だった。


「そうか。それなら、君の野望のためにも生き延びなければならないな」


「その通りよ」エレノアが満足そうに頷いた。「私があなたを跪かせるその日まで、絶対に生き延びなさい」


 時間は深夜を過ぎ、午前一時、二時と経過していく。俺たちの警備体制は完璧に機能していた。外周からは定期的に「異常なし」の報告が入り、建物内部でも怪しい動きは一切感知されていない。


 エレノアは窓際で警戒を続けながら、時折俺を振り返って様子を確認していた。その表情には、先ほどの複雑な感情が残っており、俺に対する執着とも言える強い関心が表れていた。


「武流」エレノアが俺の方を振り返った。「私、少し部屋の周囲を見回ってくるわ。念のため、建物の構造的な弱点がないか確認しておきたいの」


「一人で大丈夫か?」


「心配無用よ。私の氷の魔法なら、どんな攻撃にも対処できるわ」


 エレノアは自信に満ちた表情で部屋を出て行った。氷の魔力を纏った彼女の後ろ姿は、確かに頼もしく見えた。しかし同時に、俺に対する複雑な感情を抱えた一人の女性の姿でもあった。


 俺は一人になった部屋で、改めて警戒を緩めることなく周囲を見回した。窓、ドア、天井、床――どの方向から攻撃が来ても対処できるよう、アポロナイトへの変身準備も整えている。


 静寂が部屋を支配していた。時計の針が時を刻む音だけが、規則正しく響いている。外からは仲間たちの気配が伝わってきて、俺は心から安心していた。


 これほど多くの仲間に守られて、クラリーチェといえども――。


 その時だった。


 突然、部屋の壁が爆発した。

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