(142)三度目の正直なるか?
俺の注意は既に次の出来事に向けられていた。リュウカ先生の登場と、魔獣の着ぐるみ盗難事件だ。
案の定、劇場の入り口から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「リュウカ先生が来る」俺が先に告げた。「魔獣の着ぐるみがなくなったと報告するためだ」
「え? どうして師匠がそんなことまで――」
リリアの言葉が途中で止まった。リュウカ先生が息を切らしながら劇場に駆け込んできたからだ。
「み、みなさん! 大変です!」
リュウカ先生の豊満な胸が激しく上下し、金髪が汗で張り付いている。
「歌劇で使う魔獣の着ぐるみが......なくなったんです!」
魔法少女たちは俺を見つめながら、完全に言葉を失っていた。
「武流先生の言った通りだ......」ステラが震え声で呟いた。
俺は立ち上がりながら、冷静に指示を出した。
「セシリアの馬車をチェックしろ。そこに隠されている」
「え? セシリア様の馬車に?」アイリーンが困惑した。
「信じてくれ。そして、セシリアは犯人ではない。真犯人は別にいる」
俺たちは馬車に向かい、案の定、魔獣の着ぐるみを発見した。セシリアが呼ばれ、状況を説明された時、俺は既に真犯人の名前を口にしていた。
「メリッサだ」
沈黙が劇場を支配した。
「メリッサ・フレイムハートが真犯人だ。着ぐるみに付着した赤い毛、炎の魔法の痕跡、そして歌劇団を内部分裂させるという動機――すべてが彼女を指している」
その時、劇場の影から拍手の音が響いた。
パチパチパチ。
「さすがね、アポロナイト様の奴隷。信じられないくらい鋭い推理だわ」
現れたのは、燃えるような赤い髪を風になびかせたメリッサだった。
「どうしてわかったの!?」メリッサが俺を睨み付けた。「奴隷の分際で、よくも私の完璧な計画を見破ったわね!」
俺は冷笑しながら答えた。
「証拠を残しまくって、完璧だと? 君の髪の色と同じ赤い毛が着ぐるみに付着していた。それに、炎の魔法を使った痕跡もある」
メリッサとエレノアの戦いも、前回と全く同じ展開だった。エレノアの圧倒的な勝利、メリッサの惨めな敗走――すべてが記憶通りに進行した。
戦いが終わると、魔法少女たちは俺を神格化し始めた。
「師匠は本当にすごいよ!」リリアが目を輝かせて言った。「まるで全部見えてるみたい!」
「理論的に考えても」アイリーンが興奮気味に分析した。「これほど的確な推理ができるのは、超人的な観察力と洞察力があるからです!」
「師匠は天才なのです!」ミュウも猫耳をピンと立てて賞賛した。
しかし、俺の心は複雑だった。すべては既に経験した過去の再現に過ぎない。俺は未来を予知しているのではなく、同じ時間を繰り返しているだけなのだ。
そして、運命の夜が訪れた。
前回のループでは、俺は野外劇場で最終確認をしていた時にクラリーチェの攻撃を受けた。今回は、その運命を回避するために、全く違う行動を取ることにした。
俺は温泉宿の自分の部屋に留まることにした。ここなら、クラリーチェがいきなり現れても、温泉宿の人間が誰か気づくはずだ。それに、部屋の中なら背後を取られる心配もない。壁を背にして待ち構えていれば、どの方向から攻撃が来ても対処できるはずだった。
俺は部屋の中央に椅子を置き、そこに座って入り口を見据えた。変身ブレイサーは既に手に持ち、いつでもアポロナイトに変身できる状態だった。
三度目の正直。今度こそ処刑の運命を回避してみせる。徹夜してでも生き延びてやるぞ。そう心に誓った。
時間が経過していく。夜が更けても、クラリーチェは現れなかった。
午後十一時、十二時――静寂が続いている。温泉宿は完全に静まり返り、廊下を歩く足音も聞こえない。
俺は緊張を保ちながら、クラリーチェの襲撃に備え続けた。しかし、時間が経つにつれて、疲労が蓄積されていく。一日中、魔法少女たちの指導をし、メリッサとの戦いにも立ち会った。精神的にも肉体的にも疲れていた。
午前一時を過ぎた頃、俺の意識が朦朧としてきた。椅子に座ったまま、ついウトウトし始める。
だめだ、意識を保たなければ――。
俺は自分を奮い立たせようとしたが、疲労の波が押し寄せてくる。瞼が重くなり、頭がガクンと下がる。
そして、午前二時頃――。
俺はついに限界に達し、ベッドに腰を下ろした。少しだけ、ほんの少しだけ休憩するつもりだった。椅子では体が痛くて仕方がない。ベッドの端に腰かけて、軽く体を休めるだけのつもりだった。
しかし――その瞬間、俺の意識は完全に途切れた。
疲労と緊張の反動で、俺は深い眠りに落ちてしまったのだ。
その時、背後でドアが開く音が聞こえた。
カチャリ。
俺は慌てて振り返ろうとした。しかし――。
次の瞬間、深淵魔法の暗黒エネルギーが俺の背中を貫いた。
またしても、失敗した――。
気がつくと、俺は十字の柱に縛りつけられていた。
深淵魔法の黒い炎が、俺の胸に向かって一直線に迫る。
俺の目の前で、その炎がゆらゆらと燃え上がっている。三度目の処刑台。三度目の絶望。
俺は全身の力を込めて、深淵魔法の鎖を引きちぎろうとした。しかし――。
「無駄じゃ」
クラリーチェが冷ややかに言った瞬間、鎖がさらに強く俺を締め付けた。
「深淵魔法の束縛は、魔力を込めるほど強くなる。抵抗すればするほど、自分を苦しめるだけじゃ」
次に、俺は関節を外して鎖から抜け出そうとした。
「ほほう、そのような芸当ができるとは」
クラリーチェの指先から黒い糸が伸び、俺の関節に巻きつく。
「だが、それも想定済みじゃ」
最後の手段として、俺は重心移動で柱を倒そうとした。
「おお、力任せではないな。なかなか知恵を使う」
クラリーチェが感心したような声を出したが、次の瞬間――。
「だが、それも無意味じゃ」
すべてが前回と同じパターン。同じ台詞、同じ結末。
「さあ、何か言い残すことはあるか?」
クラリーチェの瞳が冷酷に光る。
「深淵魔法・冥王の炎で、おぬしの存在ごと消し去ってやろう」
黒い炎が俺の胸を貫いた瞬間、激痛が全身を駆け巡った。
意識が遠のいていく。
そして――。
俺は勢いよく目を覚ました。
心臓が激しく鼓動している。全身が汗でびっしょりと濡れており、体の奥底から湧き上がる恐怖が俺を支配していた。
ここは――。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアが開き、扉から魔獣が現れた。黒い毛に覆われた人間大の怪物――。
「あははは! 師匠、驚いた?」
魔獣の頭部が外れ、その下からリリアの笑顔が現れた。
また――戻った――。
お読みいただき、ありがとうございます!
本日で記念すべき100日連続投稿達成です!
同時に、今回で150話目の投稿という節目でもあります。(世界観・登場人物解説含む)
いつも読んでくださる皆様に心から感謝申し上げます。
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