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(141)俺は予知能力者じゃない

 午後の稽古が始まった時、俺は既に完璧な演出プランを頭の中に描いていた。魔法少女たちが舞台に立つ前から、俺は彼女たちの動きを予測し、的確な指示を飛ばしていく。


「リリア、そこで一歩下がって、視線を客席の中央に向けろ」


「え? でも師匠、まだ台詞を言ってないよ?」


 リリアが困惑した表情を見せたが、俺は構わず続けた。


「その台詞の前に、心の準備が必要だ。一歩下がることで、観客との距離感を調整するんだ」


 リリアが指示通りに動くと、確かに彼女の立ち位置は完璧になった。昨日――いや、前回のループで何度も修正した結果を、俺は既に知っている。


「ミュウ、歌の途中でブレスを入れるな。一息で歌い切れ」


「え? わたくし、まだ歌い始めてないのです」


 ミュウが猫耳をピクピクと動かしながら驚いているが、俺は微笑むだけだった。


「君は必ずそこでブレスを入れようとする。だが、風の流れを表現するためには、一息で歌い切ることが重要だ」


 ミュウが実際に歌い始めると、案の定、彼女は途中でブレスを入れようとした。しかし、俺の事前の指導を思い出して、一息で歌い切ることに成功した。


「すごいのです! 武流様の予言通りでした!」


 エレノアのシーンでも、俺は事前に指導した。


「エレノア、氷の女王のシーンで、君は立ち位置を間違える。もう少し下手に移動しろ」


「武流、私はまだ――」


「信じてくれ。君の演技は完璧だが、立ち位置だけが惜しい」


 エレノアが実際にシーンを演じ始めると、彼女は確かに俺が予測した通りの位置に立とうとした。しかし、事前の指導を思い出して修正し、完璧な立ち位置で演技を披露した。


「不思議ね......まるで武流が私の心を読んでいるみたい」


 ステラ、アイリーン、ルル――すべての魔法少女たちに対して、俺は彼女たちが犯すミスを事前に指摘し、的確な修正案を提示していった。毎回、彼女たちは驚愕の表情を見せたが、結果的に演技の質は格段に向上した。


「師匠、本当にすごいよ!」ステラが目を輝かせて言った。「まるで魔法みたいに、私たちの癖を見抜いてる!」


「理論的に考えても」アイリーンが眼鏡を光らせながら分析した。「これほど的確な指導ができるのは、武流先生の観察眼が並外れているからでしょうね」


 俺は苦笑いを浮かべながら答えた。


「経験だよ。君たちを見ていれば、どこでミスをしやすいかがわかるんだ」


 しかし、内心では複雑な気持ちだった。この完璧な指導も、すべては前回のループでの経験に基づいている。俺は未来を予知しているわけではなく、単純に過去を繰り返しているだけなのだ。


 おかげで、同じダメ出しを繰り返す羽目になっている。が、同時に俺の指摘は的確になり、結果的に歌劇の完成度は上がっていく。このループ現象に感謝しなければならない。


 昼食の時間になった。魔法少女たちが口にする台詞、表情の変化、そして俺への質問――すべてが記憶の中にある光景と一致していた。


 俺は前回同様、高校時代の話を、同じ調子で語り始た。学園祭でのヒーローショー、クラスメイトたちとの準備期間、そして「永遠に明日が来なければいい」という想い――。


「わかります」ミュウが共感するように言った。「わたくしたちも、この一か月間の稽古がとても楽しかったのです」


 この台詞も、前回と一言一句違わない。まるで台本通りに進行している劇を見ているかのような感覚だった。


「そうね」エレノアも同意した。「最初は歌劇という未知の文化に戸惑ったわ。でも、今では心から楽しんでいる」


 俺は彼女たちの会話を聞きながら、心の中で次の台詞を暗唱していた。リリアが「ボクも!」と手を上げて興奮を示し、ステラが「私も同感です!」と大きく頷く。そして、アイリーンが「理論的に考えても」と分析を始める――すべてが記憶通りだった。


 午後の稽古が終わると、今度はロザリンダの来訪だった。美しい装飾の施された馬車がゆっくりと劇場に近づいてくる。俺は既にその到着を予期していた。


「あれは......」


「ロザリンダだ」俺が先回りして答えた。


 魔法少女たちが驚いた表情で俺を見つめる。


「師匠、どうしてわかるの?」リリアが首をかしげた。


「馬車の装飾を見れば、彼女の村のものだとわかる」


 実際には、俺は前回のループでロザリンダが来ることを知っているから答えられただけだ。しかし、魔法少女たちは俺の観察眼に感心している様子だった。


 ロザリンダが馬車から降り立つと、俺は彼女に向かって歩いていった。


「武流さん、お久しぶりです」ロザリンダが俺に向かって微笑んだ。


「君が持参した古文書に、異変が起きているんだろう?」


 俺の言葉に、ロザリンダの瞳が大きく見開かれた。


「どうして......? まだ何も説明していませんのに」


「挿絵が光っているんだ。特に、アステリアの部分が強く輝いている」


 ロザリンダは震え声で答えた。


「その通りです......一体、どうしてそんなことが」


 俺は彼女が革製の袋から古文書を取り出す前に、既にその内容を説明していた。美しい挿絵に描かれた女性の姿、そして傍らの小さな妖精アステリア。青白い光を放つ神秘的な現象について。


 魔法少女たちは、俺の完璧な予測に驚愕していた。


「師匠......まるで古文書を見たことがあるみたい」エレノアが疑念を込めた視線で俺を見つめた。


「勘だよ」俺は苦笑いしながら答えた。「歌劇がアステリアの伝説をモチーフにしているから、何らかの共鳴が起きていると推測したんだ」


 俺は続けた。


「それと、エレノアの弟子たちも一緒に来ている。ケイン、ルーク、そしてサイモンだ」


「え? どこに?」リリアがきょろきょろと周囲を見回した。


「しかも、暑苦しくエレノアに纏わりつくぞ。ほら、そこから!」と俺。


 次の瞬間、三人が劇場の入り口から姿を現した。


「エレノア様ああああ!」


 ケインが感激で目を潤ませながら駆け寄ってくる。


「お会いできて光栄です! エレノア様がご無事で何よりです!」ケインが叫ぶ。


「エレノア様のお美しさは、離れていても心の中で輝き続けておりました」ルークが恍惚とした表情を浮かべる。


「エレノア様の安全確認完了。体調に異常は見られません。素晴らしい状態です」サイモンが冷静に報告した。


 魔法少女たちは、俺の完璧な予測に完全に度肝を抜かれていた。


「師匠......本当に占い師みたいだよ」リリアが呟いた。


「わたくし、師匠の予知能力にびっくりなのです」ミュウも猫耳を震わせている。


 俺は複雑な気分になった。これは占いでも予知能力でもない。謎のループ現象に巻き込まれているだけだ。そして、俺は今日の最後に起きる処刑の運命も知っている。知っているからこそ、今度はそれを絶対回避してみせる――。

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