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(140)タイムループから抜け出す方法

「武流様〜♪ 朝食をお持ちしたのです〜♪」


 ミュウの声が響いた。これも記憶の中の出来事と完全に一致している。


「あ、ミュウが来る」


 リリアが慌てて着ぐるみを脱ぎ始める。俺は既に身体を起こし、これから起こる惨事に備えていた。


 リリアが魔獣の着ぐるみを部屋の入り口付近に脱ぎ捨てる。その瞬間、俺は素早く立ち上がった。


「武流様、朝食をお持ちしたの――きゃああああ!」


 ミュウが部屋に入ってきた瞬間、予想通り足下の着ぐるみにつまずいた。盆が宙に舞い、スープが部屋中に飛び散ろうとする――その寸前、俺は既に動いていた。


 流れるような動作で俺は前に出て、宙に舞った盆を完璧にキャッチした。スープの雫一つさえこぼすことなく、まるで時が止まったかのような精密さで。


「え……? 武流様……どうして……?」


 ミュウが床に座り込んだまま、信じられないといった表情で俺を見上げている。猫耳がピクピクと震え、瞳には驚愕の色が宿っていた。


「すごい! さすが師匠!」


 リリアも俺を見詰めて驚いている。


 俺は微笑みながら盆をミュウに手渡した。


「転びそうだったから、つい手が出ただけさ」


 しかし、俺の注意は既に次の出来事に向けられていた。廊下から響いてくる威厳のある足音。エレノアの登場だ。


「一体何の騒ぎ? 朝からこんなに騒がしくて――」


 エレノアが部屋に入ってきた。その時、ミュウが盆を手から滑らせて、中身を床に溢してしまった。


「あぁ〜!」とミュウは頭を抱えた。前回とは違うパターンでスープが床に溢れてしまった。


 エレノアは床に脱ぎ捨てた着ぐるみと溢れたスープを見て、絶句した。


「あなたたち……朝から一体何をやってるの……」


 エレノアの眉間に青筋が立つ。


「お姉様、これは――」リリアが弁解しようとするが、エレノアは聞く耳を持たない。


「もう我慢できないわ! 明日は本番だというのに、こんな騒ぎを起こして!」


 エレノアが氷の杖を構える。俺は既に身構えていた。


「少し頭を冷やしなさい! アイス・フィールド!」


 瞬間、部屋全体が氷に覆われた。壁、床、天井――すべてが美しい氷の結晶で装飾され、室温が急激に下がる。記憶通りの光景だった。


「わあ〜、きれい〜」リリアが感嘆の声を上げる。


「でも寒いのです〜」ミュウが震えている。


 そして、次の瞬間――


「ほら、少しは静かに――きゃあ!」


 エレノアが振り返ろうとして、自分が作った氷の床で足を滑らせる。俺は彼女が転倒する前に、既にその身体を支えていた。


「大丈夫か?」


 エレノアの氷のように透明な瞳が、疑念の色を宿している。


「……武流、あなた、まるで私が転ぶことを知っていたみたい」


 俺の腕の中で、彼女の身体は小刻みに震えていた――寒さのためか、それとも驚きのためか。


「偶然だよ。君の魔法で床が凍ることは予想できたからね」


 俺は苦笑いを浮かべながら答えた。しかし、三人の視線は俺に釘付けになったままだった。あまりにも完璧すぎるタイミング。まるで台本を知っているかのような俺の行動。


「師匠……なんかおかしくない? さっきから全部お見通しだよね」


 リリアが首をかしげる。


「武流様、本当にすごいので! まるで魔法みたいです!」


 ミュウも感嘆の声を上げている。


 もしかすると、真実を話すことで何かが変わるかもしれない。そう思った俺は、真実を打ち明けることにした。


「実は、俺には分かるんだ。今日何が起きるか」


 沈黙が部屋を支配した。三人の視線が俺に集中し、凍てついた空気がさらに重く淀む。


「今日一日、全ての出来事を俺は既に体験している。リリアが着ぐるみを脱ぎ捨てること、ミュウがつまずいてスープを溢すこと、エレノアが魔法で転びそうになること、全て知っていたんだ。これから起こることも全部わかる」


 俺の声は切羽詰まった響きを帯びていた。必死に彼女たちに理解してもらおうと、身振り手振りを交えて説明する。


「本当なんだ。信じてくれ。俺は――俺は今日1日を……同じ時間を繰り返してるんだ!」


 しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。氷の結晶がきらめく中、時だけが静かに流れていく。そして――


「ぷっ……♪」


 最初に笑い声を上げたのはリリアだった。


「あはははは♪ 師匠ったら、まるで占い師みたいだよね♪ でも、冗談でしょ?」


 ミュウも微笑みながら首を振る。


「武流様、きっと観察力が鋭いのですね。毎日の生活パターンから推測されたのでしょう?」


「違う! 本当に……」


 しかし、エレノアさえも、困ったような笑みを浮かべて言った。


「武流、あなたって時々、とても変わったことを言うのね。でも、未来が見えるなんて……そんなことがあるわけないでしょう?」


 やはり信じてもらえない。どれほど必死に説明しても、俺だけがタイムリープしているという荒唐無稽な現実を、誰が受け入れられるだろうか。俺は深いため息をつき、説得を諦めた。証拠もなく、ただ言葉だけで信じてもらうなど不可能だったのだ。


 だが、問題はそこではない。重要なのは、今日の最後に俺がクラリーチェによって処刑されるという事実だ。あの攻撃が俺の心臓を貫き、全てが闇に包まれる。それを――何としても回避しなければならない。


 このタイムループがなぜ起きているのか、その原因は皆目見当がつかない。魔法なのか、呪いなのか、それとも何か別の超自然的な力が働いているのか。だが、一つだけ確信していることがある。処刑の運命を回避すれば、きっと明日へ進むことができるに違いない。この悪夢から脱出できるはずだ。


 稽古の時間が始まった。昨日と全く同じ動き、同じ呼吸、同じリズム。俺の指導の声も、魔法少女たちの汗の匂いも、陽光の角度さえも、寸分違わず昨日の再現だった。


 しかし、俺の心は稽古に集中していなかった。脳裏では別の戦いが繰り広げられている――処刑を回避する方法を見つける戦いが。必死に、死に物狂いで考えを巡らせた。


 どうすればクラリーチェの攻撃を避けられるのか? 誰に助けを求めればいいのか?


 記憶を何度も辿る。昨夜、俺は一人で考え事をしながら劇場へ足を向けた。背後に気配を感じた時には、もう手遅れだった。振り返ろうとした時、暗黒のエネルギーが俺を貫いた。


 そうだ……。


 俺は気づいた。答えは実に簡単なことだったのだ。


 今夜、俺が劇場に行かなければいい。別の場所にいれば、クラリーチェの襲撃を回避できるはずだ。どこか別の場所で待ち伏せて、クラリーチェを返り討ちにすればいい。


 そして、朝を迎えることができれば、この悪夢のような一日から脱出できる……はずだ。

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