(139)やはり俺は同じ1日を繰り返している
気がつくと、俺は十字の柱に縛りつけられていた。
まただ――。
俺の目の前で、深淵魔法の黒い炎がゆらゆらと燃え上がっている。先ほど、野外劇場でクラリーチェの攻撃を受けて意識を失った俺は、ここへ連れて来られ、拘束された。
この光景には覚えがある。確実に、俺は以前にもこの場面を体験している。
俺の周囲には、これまで共に歩んできた魔法少女たちの姿があった。
「師匠!」
リリアが涙を流しながら叫んでいる。しかし、彼女の周りにも深淵魔法の黒い結界が張られており、近づくことができない。
この台詞も、この表情も――俺は知っている。
「許さない......絶対に許さない......!」
リリアの声が震えている。
「ボクらの両親を殺して......今度は師匠まで......! どうして......どうして......!」
彼女の拳が震えていた。まったく同じ反応、まったく同じ言葉だった。俺の記憶の中にある光景と、一言一句違わない。
「武流様!」
ミュウも猫耳を震わせながら必死に結界を叩いているが、その手は虚しく空を切るだけだった。この動作も、この絶望的な表情も、俺は見たことがある。
「武流......!」
エレノアも氷の魔法で結界を破ろうとしているが、深淵魔法の力の前では無力だった。
「クラリーチェ......!」
彼女の声は怒りで震えている。
「父上と母上の仇......そして今度は武流まで......!」
この怒りの表現も、この絶叫も――すべてが記憶と完全に一致していた。
そして、結界の外には町の人々も集まっていた。
「ア、アポロナイト様が......」
「そんな......アポロナイト様が負けるなんて......」
「嘘でしょう? あのアポロナイト様が......」
町民たちの顔には、信じられないという表情が浮かんでいた。この反応も、この言葉も、すべてが記憶の中にある。
俺は全身の力を込めて、深淵魔法の鎖を引きちぎろうとした。筋肉が軋み、血管が浮き出るほど力を込める。温泉で得た魔力も総動員し、体の奥底から絞り出した全ての力を鎖に集中させた。
しかし――。
「無駄じゃ」
クラリーチェが冷ややかに言った瞬間、鎖がさらに強く俺を締め付けた。
この台詞、このタイミング――すべてが前回と同じだった。俺は確実にこの会話を聞いている。
「深淵魔法の束縛は、魔力を込めるほど強くなる。抵抗すればするほど、自分を苦しめるだけじゃ」
俺は関節を外して鎖から抜け出そうとした。アクターとしての技術を駆使し、骨格を一時的に変形させて隙間を作ろうとする。
しかし――。
「ほほう、そのような芸当ができるとは」
クラリーチェの指先から黒い糸が伸び、俺の関節に巻きつく。
「だが、それも想定済みじゃ」
瞬間、俺の全ての関節が凍りついたように動かなくなった。この展開も、この台詞も、まったく同じだった。
最後の手段として、俺は重心移動で柱を倒そうとした。体重を一点に集中し、柱の根元に負荷をかける。
「おお、力任せではないな。なかなか知恵を使う」
クラリーチェが感心したような声を出したが、次の瞬間――。
「だが、それも無意味じゃ」
俺の体が突然重くなり、柱にさらに強く押し付けられた。
どんな抵抗も、すべて見透かされていた。前回とまったく同じ展開、まったく同じ結末だった。
これは夢なのか? そう思おうとしたが、体を焼く炎の熱さ、鎖に締め付けられる痛み、魔法少女たちの悲鳴――すべてが現実のものだった。
俺は本当に、ここで死ぬのか。
万策尽きた。しかし、前回と同じように、まだ諦めるわけにはいかない。
「さあ、何か言い残すことはあるか?」
クラリーチェの瞳が冷酷に光る。
「深淵魔法・冥王の炎で、おぬしの存在ごと消し去ってやろう。支配者になると豪語した愚か者の末路を、皆に見せてやるのじゃ」
この台詞も、一言一句違わず前回と同じだった。
「おい! 待て! クラリーチェ!」俺は前回言わなかったセリフを口にした。「この場面、前にも一度……!」
だが、言い終わる間に、黒い炎が俺に向かって伸びてくる。その熱さは皮膚を焦がし、絶望的な痛みが体を駆け巡る。
俺の心に浮かんだのは、痛みでも恐怖でもなかった。
リリアの一生懸命な演技練習の姿。
ミュウが猫耳を震わせながら歌の稽古をしている様子。
エレノアが王族としての誇りを捨てて、一人の演者として舞台に立つ決意を固めた瞬間。
前回と同じ想い、同じ後悔が俺の心を支配していく。
黒い炎が俺の胸を貫いた瞬間、激痛が全身を駆け巡った。肉が焼ける匂いが鼻を突き、視界が真っ白になる。
意識が遠のいていく。
魔法少女たちの悲鳴が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえてくる。
これで、すべてが終わりなのか。
最後に思い浮かんだのは、リリアの笑顔だった。
「師匠、ありがとう」
そう言って微笑む彼女の顔が、薄れゆく意識の中に浮かんでいた。
ごめん、リリア。俺は、またしてもお前の期待に応えることができなかった――。
そして――俺の意識は、完全に闇に沈んだ。
俺は勢いよく目を覚ました。
心臓が激しく鼓動している。全身が汗でびっしょりと濡れており、まるで激しい運動をした後のような状態だった。手は震え、呼吸は荒く、体の奥底から湧き上がる恐怖が俺を支配していた。
ここは――。
俺は慌てて周囲を見回した。そこは見覚えのある部屋だった。豪華な装飾が施された天井、上質なカーテンが掛けられた窓、そして柔らかなベッド――ルルの温泉宿の客室だった。窓から昇る朝陽が差し込んでいる。
また――?
俺の背筋に強烈な戦慄が走った。この光景、この感覚――すべてが既に体験したことのある出来事だった。
確かに、俺は再び死んだはずだった。
クラリーチェの深淵魔法による黒い炎が俺の胸を貫き、激痛と共に意識を失った。二度目の死。そして、二度目の目覚め。
なのに、なぜ俺はここにいるのか。なぜ、再び同じ朝を迎えているのか。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
俺は身構えた。来る。リリアが魔獣の着ぐるみを着て、俺を驚かそうとしてやってくる。俺はもう、すべてを知っている。
警戒しながら、「どうぞ」と俺は声を掛けた。
ドアが開いた瞬間――
扉から現れたのは、魔獣だった。黒い毛に覆われた人間大の怪物が、のっそりと部屋に入ってくる。鋭い爪、牙をむき出しにした口、赤く光る目――まさに俺たちが戦ってきた魔獣そのものだった。
しかし、俺は驚かなかった。すでに一度経験している光景だからだ。
「あははは! 師匠、驚いた?」
魔獣の頭部が外れ、その下からリリアの笑顔が現れた。
「これ、歌劇で使う魔獣のスーツなんだ」リリアがイタズラっぽく笑いながら説明した。
この台詞、この表情――まったく同じだった。一言一句、前回と寸分違わない。
俺は確信した。
やはり俺は同じ一日を繰り返している。タイムループしているんだ。
俺は永遠にこの一日を繰り返すことになるのか? 永遠にクラリーチェに殺され続けるのか? どうすればこのループを抜けられるんだ?