(136)着ぐるみ紛失事件と因縁の対決
リュウカ先生の報告を聞いた瞬間、俺たちの血の気が引いた。
「魔獣の着ぐるみがなくなった!?」リリアが青ざめて叫んだ。
「それって、明日の公演で使う予定だった――」ミュウも猫耳を震わせながら困惑している。
俺は記憶を辿った。確かに、今朝リリアが俺を驚かすために使っていた着ぐるみだ。その後、劇場に運んで稽古でも使用していたはずだった。
「リリア、確か今朝お前が着ていたよな?」
「うん! 師匠を驚かそうと思って」リリアが申し訳なさそうに頭を下げた。「その後、劇場で稽古にも使ったから、ちゃんと片付けたと思ったんだけど......」
エレノアも眉をひそめた。
「まさか、誰かが盗んだというの?」
俺は冷静に状況を分析しようとした。着ぐるみは歌劇の重要な小道具の一つだ。リュウカ先生が魔獣役を演じる予定になっており、明日の本番には絶対に必要だった。
「いつから見当たらないんですか?」俺がリュウカ先生に尋ねた。
「先ほどの稽古が終わった後、衣装合わせをしようと思って探したら、どこにもないんですの~♪」リュウカ先生が震え声で答えた。
「それじゃあ、稽古の後のどこかのタイミングで消えたということですね」アイリーンが眼鏡を光らせながら分析した。
「理論的に考えて、内部の人間の仕業の可能性が高いです」
俺たちは急いで劇場と温泉宿内を捜索することにした。
「みんな、手分けして探そう」俺が指示を出した。「リリア、ミュウ、お前たちは劇場の楽屋を。エレノア、アイリーンは舞台装置の周辺を頼む」
「はい、師匠!」リリアが元気よく返事をした。
「わたくし、猫の感覚で探してみるのです!」ミュウも意気込んでいる。
ステラとルルも加わって、俺たちは劇場と宿の隅々まで探し回った。舞台裏、楽屋、道具置き場、客席――考えられる場所はすべてチェックしたが、魔獣の着ぐるみは見つからない。
「おかしいなあ~♪」ルルが首を傾げた。「こんなに大きなものが、どこに消えちゃったんだろう~♪」
確かに、あの着ぐるみは人間がすっぽり入るサイズだ。簡単に隠せるようなものではない。
「まさか、外に持ち出されたのでしょうか?」アイリーンが心配そうに呟いた。
俺たちは劇場の外周も確認することにした。建物の裏手、倉庫、そして劇場前の広場――。
その時、ステラが声を上げた。
「あ、そういえば、あの馬車も確認してみませんか?」
劇場の前に停まっているセシリアの馬車を指差している。立派な装飾の施された馬車で、彼女が町から乗ってきたものだ。
「念のため、中を確認してみよう」
俺が馬車の扉に手をかけた瞬間――。
「あ! あった!」リリアが指差した。
馬車の窓から、見覚えのある黒い毛がちらりと見えた。間違いない、魔獣の着ぐるみだ。
「本当だ! あそこにある!」ミュウも猫耳をピクピクと動かしながら確認した。
俺が馬車の扉を開けると、そこには確かに魔獣の着ぐるみが無造作に押し込まれていた。
「なんで、セシリア様の馬車に......」ステラが困惑した表情を見せた。
俺も同じ疑問を抱いていた。セシリアが着ぐるみを盗む理由が思い当たらない。しかし、状況証拠は明らかに彼女を指している。
「セシリアを呼んでくれ」俺がルルの両親に頼んだ。
数分後、セシリアが困惑した表情で現れた。彼女の顔には、まだ先ほどの戦いでの屈辱の色が残っている。
「一体何の騒ぎですか?」セシリアが冷ややかに尋ねた。
「これを見てください」俺が馬車の中の着ぐるみを指差した。
セシリアの目が大きく見開かれた。
「え? なぜ私の馬車に......?」
「それはこちらが聞きたいことです」エレノアが厳しい口調で言った。「なぜあなたの馬車に、私たちの着ぐるみがあるのですか?」
「知りません!」セシリアが即座に否定した。「そんなもの、入れた覚えはありません!」
しかし、その時――。
「はあ!?」
リュウカ先生の声が響いた。彼女は怒りで全身を震わせながら、セシリアを睨み付けていた。
「セシリア・クリスタリア! あなた、またそうやって嘘をつくのね!」
「嘘って何よ!」セシリアも負けじと言い返した。「私は本当に何も知らないわ!」
「知らないですって!?」リュウカ先生の周りに電撃が走り始めた。「昔からあなたはそうよ! 都合が悪くなると、すぐに『知らない』『関係ない』って!」
リュウカ先生の怒りが爆発しそうになっている。俺は仲裁に入ろうとしたが、彼女の勢いは止まらなかった。
「学園時代から、あなたはいつもそうだった! 自分が気に入らないことがあると、こっそりと嫌がらせをして!」
「嫌がらせなんてしてないわ!」セシリアが反論した。
「してたじゃない! 私の教科書を隠したり、実技試験の前に私の杖に細工したり!」
「あれは――」
「あれは何よ!? 言い訳でもするつもり!?」
リュウカ先生の声がさらに高くなった。過去の恨みが一気に噴出しているようだった。
「それに今回だって! 私が魔獣役で舞台に立つのが気に入らないのでしょう!? だから着ぐるみを盗んで、私の出演を邪魔しようとしたのよ!」
「そんなわけないでしょう!」セシリアが顔を赤くして叫んだ。「私があなたの出演なんて、どうでもいいわ!」
「どうでもいいですって!?」リュウカ先生の電撃がさらに激しくなった。「それがあなたの本性よ! 人のことなんてどうでもいいって思ってるのよ!」
二人の口論は激化の一途を辿っていた。俺は状況を収拾しようとしたが、学園時代からの因縁が深すぎるようだった。
「でも、それだけじゃないでしょう!?」リュウカ先生がさらに追及した。「あなた、武流先生~♪ に負けて、みんなの前で恥をかかされたから、腹いせのつもりなのよ!」
セシリアの表情が一瞬こわばった。確かに、先ほどの戦いで彼女は屈辱的な敗北を味わった。その恨みが動機になった可能性は否定できない。
「そんなことは――」セシリアが弁解しようとしたが、リュウカ先生は聞かなかった。
「私の武流先生~♪ を困らせるなんて、絶対に許せない!」
リュウカ先生の愛情が暴走し始めている。
「武流先生~♪ は明日の公演を成功させるために、一生懸命準備してくださってるのよ! それを邪魔するなんて、なんてことを!」
「私は邪魔なんてしてないわ!」セシリアも負けじと反論した。
「してるじゃない! 証拠もあるじゃない! あなたの馬車にあったんだから!」
「それは偶然よ! 誰かが勝手に入れたのよ!」
「誰が!? ここにいるのは私たちだけよ! 他に犯人なんていないじゃない!」
リュウカ先生の論理は単純だが、的を射ていた。確かに、着ぐるみを馬車に隠せる立場にいるのは、セシリア以外に考えられない。
「それに!」リュウカ先生がさらに畳み掛けた。「あなた、絶対に歌劇に出演したかったのよね!? でも、武流先生~♪ から断られたから、悔しくて嫌がらせをしたのよ!」
「は!?」セシリアが信じられないという表情になった。「私が歌劇に出演したい!? 冗談じゃないわ!」
「嘘つき!」リュウカ先生が電撃を放った。「絶対にそうよ! だって、あなたは昔から目立ちたがり屋で――」
「目立ちたがり屋って何よ!」セシリアも怒りを爆発させた。「私はそんなつまらないことに興味ないわ!」
「つまらないですって!?」リュウカ先生の怒りが頂点に達した。「武流先生~♪ の演出する歌劇をつまらないって言うの!?」
「それは――」
「許せない! 絶対に許せない!」
リュウカ先生が全身に電撃を纏い始めた。豊満な胸を強調しながら、魔法少女の姿に変身していく。赤と黒のコルセット風衣装に身を包み、手には雷の杖を握っている。
「私の武流先生~♪ を困らせた罪、電撃で反省してもらうわ!」
セシリアも負けじと青白い光に包まれ、水晶の魔法少女の姿に変わった。透明な杖を構え、リュウカ先生を睨み付ける。
「あなたこそ、人の話を聞かないで決めつけるのはやめなさい!」
一触即発の状況だった。二人の魔法少女が、劇場の前で今にも戦闘を始めそうになっている。このまま戦いが始まれば、劇場に被害が出る可能性がある。それに、明日の公演を控えたこの時期に、無駄な争いは避けたい。
「そこまでだ!」俺が大声で制止した。