(135)古文書の異変
ロザリンダの表情が急に真剣になった。彼女は手に持っていた革製の袋から、分厚い古文書を取り出した。古文書が開かれると、そこには美しい挿絵が描かれていた。星空の下で光に包まれた女性の姿。そして、その傍らに小さく描かれた、羽を持つ妖精のような存在。
「これは……」アイリーンが息を呑んだ。
俺たちは古文書を覗き込んだ。確かに、挿絵に描かれた女性はエレノアやリリアによく似た顔立ちをしている。王族の血筋を示すような気品のある美しさだった。そして、その傍らに描かれた小さな妖精――アステリア。
そして、その挿絵には異常があった。
「これは……光ってる?」エレノアが驚いた。
挿絵全体が、微かに青白い光を放っていたのだ。特に、アステリアの部分が強く輝いているように見える。
「はい」ロザリンダが頷いた。「三日前から、この現象が始まりました。最初は目の錯覚かと思ったのですが、だんだんはっきりと光るようになってきているのです」
「信じられない……」エレノアが古文書に手を伸ばそうとしたが、ためらうように手を引っ込めた。
「わたくし、とても不思議な感じがするのです」ミュウが猫耳を動かしながら言った。「まるで、何かが目覚めようとしているような……」
俺は古文書を見つめながら、様々な可能性を考えていた。なぜ今、この古文書が光り始めたのか。
「もしかすると」俺が口を開いた。「俺たちが歌劇を上演しようとしていることと、関係があるかもしれない」
「どういうことですか?」ステラが興味深そうに尋ねた。
「俺たちの歌劇は、アステリアの伝説をモチーフにしている」俺が説明した。「『星の守護者たち~失われし光の物語~』――この物語の中で、アステリアは重要な役割を果たす。もしかすると、その物語を演じることで、何らかの魔法的な共鳴が起きているのかもしれない」
「なるほど……」ロザリンダが深く頷いた。「確かに、古い魔法には『共鳴』という概念があります。似た波動や意図が重なり合うことで、魔力が増幅されることがあるのです」
「それって」リリアの目が希望で輝いた。「もしかして、百年以上前のアステリアが私たちの歌劇に反応してるってこと?」
「可能性はありますね」サイモンが眼鏡を光らせながら分析した。「古文書の魔力増大と、歌劇の準備期間が一致しているのは、偶然とは考えにくいでしょう」
エレノアも真剣な表情で古文書を見つめていた。
「もしそうだとしたら、明日の本番で何かが起こるかもしれないわね」
「良いことなのでしょうか、それとも……」ミュウが少し不安そうに猫耳を垂らした。
俺は古文書の光を見つめながら、胸の奥に湧き上がる予感を感じていた。これは単なる偶然ではない。何か大きな力が動き始めている。そして、それは俺たちの歌劇と深く関わっている。
それだけではない。ロザリンダが来訪するこの場面自体を、俺は昨日、一度体験している気がする――。そんな違和感が増していた。
「武流さん」ロザリンダが俺の表情を見て心配そうに声をかけた。「お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」俺は努めて平静を装った。「ただ、この古文書の異変が気になるだけだ」
しかし、俺の心の中では混乱が渦巻いていた。昨日と全く同じ展開。同じ会話、同じ反応、同じ結末。まるで運命が決められているかのような感覚に、俺は恐怖すら覚えていた。
「それにしても」ケインが筋肉質な腕を組みながら言った。「エレノア様がこのような神秘的な体験をされるとは、さすがです」
「私も同感です」ルークが優雅にため息をついた。「エレノア様の周りには、いつも美しい奇跡が起こりますね」
「科学的に考えても」サイモンが眼鏡を光らせた。「このような現象が起こるのは、エレノア様の魔力の質が非常に高いからに違いありません」
「だから、何でも私と関連付けないでって言ってるでしょう!」エレノアが顔を赤くして抗議した。
「でも、確かに不思議ですね」アイリーンが古文書を興味深そうに見つめた。「こんな現象、学術書でも読んだことがありません」
「わたくし、とても神秘的な感じがするのです」ミュウが猫耳をピクピクと動かした。「アステリア様が、わたくしたちの歌劇を見守ってくださっているのかもしれないのです」
「そうだったらいいな」リリアが希望に満ちた表情で古文書を見つめた。「アステリア様が力を貸してくれたら、ボクももう一度魔法姫になれるかもしれない」
俺は彼女たちの純粋な期待を見ながら、胸が痛んだ。彼女たちは明日の本番を心から楽しみにしている。しかし、俺の予感が的中すれば、今夜クラリーチェが現れて、俺は――。
いや、あれはタチの悪い夢だったのかもしれない。
「古文書の魔力が高まっているということは」セシリアが分析的に言った。「明日の本番に向けて、何らかの準備が必要かもしれませんね」
「どのような準備でしょうか?」ステラが興味深そうに尋ねた。
「わからないが」俺が口を開いた。「稽古をしっかりとして、体調を整えておこう。それと、明日の本番では何が起きても冷静に対処できるよう、心の準備をしておくことだ」
「わかりました」魔法少女たちが一斉に頷いた。
ロザリンダは古文書を大切そうに袋にしまいながら言った。
「私はさらに調査を続けます。何か新しい発見があれば、すぐにお知らせします」
「ありがとう、ロザリンダ」俺が感謝を込めて言った。「君の研究が、きっと重要な鍵になる」
「はい。リリアさんのためにも、必ず答えを見つけます」
その時、劇場の入り口から慌ただしい足音が聞こえてきた。振り返ると、リュウカ先生が息を切らしながら駆け込んでくるのが見えた。
「み、みなさん! 大変です!」
リュウカ先生の豊満な胸が激しく上下し、金髪が汗で張り付いている。彼女の表情には明らかに動揺の色が浮かんでいた。
「リュウカ先生、どうしたんですか?」リリアが心配そうに駆け寄った。
「落ち着いて、先生」エレノアも冷静に声をかけた。
リュウカ先生は荒い息を整えながら、震え声で報告した。
「歌劇で使う魔獣の着ぐるみが……なくなったんです!」