(134)ロザリンダとの再会
午後の稽古が再開される頃、野外劇場に一台の馬車がゆっくりと近づいてくるのが見えた。美しい装飾の施された上品な馬車で、御者台には見覚えのある人物が座っている。俺の胸に懐かしさが込み上げてきた。
「あれは……」
馬車から降り立ったのは、ロザリンダだった。
ロザリンダ――かつて魔法少女として活躍し、現在は村の長を務める美しい女性。年齢は三十歳前後だと思われるが、その美貌は少女のような清楚さと、大人の女性としての成熟した魅力を併せ持っている。長い茶色の髪は丁寧に編まれ、緑の上衣と長いスカートという上品な装いで身を包んでいる。胸元には星型のブローチが輝き、背筋をピンと伸ばした威厳ある立ち姿は、村の指導者としての風格を漂わせていた。
しかし、俺にとって彼女は単なる村長ではない。純潔を奪われて魔法を失った過去を持ちながら、それでも強く生き抜いている女性。リリアの魔力回復のために古文書の研究を続けてくれている恩人でもある。そして――亡き恋人レイの面影を俺に重ねているという、複雑な想いを抱いた人でもあった。
「武流さん、お久しぶりです」ロザリンダが俺に向かって微笑んだ。その微笑みには、いつものように複雑な感情が込められていた。亡き恋人への想いと、俺への親しみが混ざり合った、何とも表現しがたい表情だった。
「ロザリンダ、わざわざここまで来てくれたのか」
「ええ。どうしても皆さんにお会いしたい事情があって」
だが、俺の心に浮かんだのは懐かしさだけではなかった。強烈な既視感。まるで昨日も、全く同じ光景を見たような感覚が俺を襲った。
「ロザリンダ」俺が近づきながら口を開いた。「昨日も来なかったか? 確か、同じような時間に……」
ロザリンダは首を傾げながら微笑んだ。
「いえ、武流さん。私がこちらにお伺いするのは今日が初めてです。昨日は村で古文書の整理をしておりました」
俺の心に混乱が広がった。確実に、俺は昨日もロザリンダと再会した記憶がある。この野外劇場で、全く同じような会話を交わしたはずだ。
「そうか……勘違いだったか」
俺は困惑を隠しながら、彼女を迎えた。
「ロザリンダさん!」リリアが真っ先に駆け寄った。
「お久しぶりです」ロザリンダが優雅に微笑みながら、リリアの頭を優しく撫でた。「元気そうで安心しました」
「ロザリンダ」エレノアも歩み寄りながら、久しぶりの再会を喜んでいる。「わざわざここまで来てくださったのですね」
「わたくし、とても嬉しいのです」ミュウも猫耳をピクピクと動かしながら、ロザリンダに近づいた。
俺たちの再会を見ていた学園の生徒たちが、興味深そうに近づいてきた。
「師匠、この方は?」ステラが好奇心いっぱいの表情で尋ねた。
「こちらはロザリンダさん」俺が紹介した。「俺たちがお世話になった村の長で、元魔法少女でもある。リリアの魔力回復について、ずっと研究を続けてくれているんだ」
「はじめまして、皆さん」ロザリンダが上品にお辞儀をした。「武流さんとエレノアさん、リリアさん、ミュウさんには、我が村で大変お世話になりました」
「わあ、すごく美人!」ルルが目を輝かせた。
「元魔法少女……」アイリーンが眼鏡を光らせながら興味深そうに呟いた。「もしよろしければ、当時のお話をお聞かせいただけませんか?」
「ようこそ我が街へ」セシリアも感心したような表情を見せている。
しかし、ロザリンダの後ろから、続々と人影が現れた。
「エレノア様ああああ!」
大きな声と共に現れたのは、筋肉質な体格の青年ケインだった。彼はエレノアを見つけるや否や、感激で目を潤ませながら駆け寄ってくる。
「お会いできて光栄です! エレノア様がご無事で何よりです!」
続いて現れたのは、繊細な顔立ちの美少年ルーク。彼は優雅な仕草でエレノアに近づきながら、恍惚とした表情を浮かべている。
「エレノア様のお美しさは、離れていても心の中で輝き続けておりました」
そして最後に現れたのは、知的な眼鏡をかけた青年サイモン。彼は冷静な表情を保ちながらも、エレノアを見つめる視線には熱いものが宿っていた。
「エレノア様の安全確認完了。体調に異常は見られません。素晴らしい状態です」
三人はエレノアの周りに集まり、それぞれの方法で彼女への愛情を表現し始めた。
「エレノア様、少しお疲れのご様子。私の肩をお使いください」ケインが自分の逞しい肩を指し示した。
「いえ、私の膝枕の方がお疲れを癒せるでしょう」ルークが優雅に膝を差し出した。
「休息の効率を考えれば、私が計算した最適な姿勢で横になっていただくのが最善です」サイモンが手帳を取り出した。
「だから、そんなこと必要ないって言ってるでしょう!」エレノアの声が劇場に響いた。
学園の生徒たちは、この光景を呆然と見つめていた。
「あの……この三人の方々は?」アイリーンが困惑した表情で尋ねた。
「ああ、彼らはエレノアの弟子だ」俺が苦笑いしながら説明した。「元はメリッサの奴隷だったが、エレノアが解放して、今は彼女に師事している」
「弟子……?」ステラが首をかしげた。
「エレノア様は私たちの女神です!」ケインが熱烈に宣言した。
「美と知性の完璧な融合体です」ルークが胸に手を当てて陶酔した。
「エレノア様の魔法理論は芸術的とすら言えます」サイモンが眼鏡を光らせた。
「だから、そんな大げさなこと言わないで!」エレノアが顔を真っ赤にして抗議した。
リリアとミュウは、この光景を見てクスクスと笑っている。
「お姉様、相変わらずモテモテだね」リリアがからかうように言った。
「エレノア様、本当に大変なのです」ミュウも猫耳を揺らして同情した。
ロザリンダも、この微笑ましい光景を見て優しく笑っていた。
「エレノアさんは、本当に慕われているのですね」
「もう! ロザリンダまで!」エレノアが抗議したが、その頬は赤く染まっていた。
「ところで、ロザリンダ」俺が話を元に戻した。「どうしてここまで来たんだ? この街にいることを、どうやって知ったんだ?」
「スターマジカルアカデミアに伺ったのです」ロザリンダが説明した。「そこで、皆さんがこちらにいらっしゃることを教えていただきました」
「学園に?」エレノアが驚いた。
「ええ。実は、武流さんたちが歌劇を上演されるという噂を聞きまして」ロザリンダの目が興味深そうに輝いた。「歌劇――それは、この世界では聞いたことのない文化ですね」
「噂になってるのか?」
「ええ。既にこの街の外まで広く知れ渡っているようです」ロザリンダが微笑んだ。「『アポロナイトが新しい文化を持ち込んだ』『魔法少女たちが歌って踊る』『温泉地で前代未聞の公演が行われる』――様々な噂が飛び交っています」
「そんなに話題になってるのね」エレノアが少し驚いた表情を見せた。
「すごいのです!」ミュウが猫耳をピンと立てた。「わたくしたちの歌劇が有名になってるのです!」
「それだけ期待されているということですね」アイリーンが分析的に言った。
「プレッシャーを感じますが、同時にやりがいもありますね」セシリアも頷いた。
学園の生徒たちは、自分たちの歌劇がそれほど注目されていることに、興奮と緊張を覚えているようだった。
「それで――」俺がロザリンダを見つめた。「わざわざここまで来てくれたのはなぜなんだ?」