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(133)ビューティフル・ドリーマー

 魔法少女たちは俺の話に深く頷いていた。彼女たちの表情には、俺の気持ちを理解しようとする真摯な想いが表れている。


「わかります」ミュウが共感するように言った。猫耳を優しく動かしながら、心の底から同意している様子だった。「わたくしたちも、この一か月間の稽古がとても楽しかったのです。毎日新しいことを学んで、みんなで一つの作品を作り上げていく感覚……本当に充実していたのです。朝起きる度に、『今日はどんな発見があるだろう』とワクワクしていました」


「そうね」エレノアも同意した。「最初は歌劇という未知の文化に戸惑ったわ。歌って踊って演技するなんて……。でも、今では心から楽しんでいる。特に、みんなで一緒に創作していく過程は、王宮では絶対に味わえない貴重な体験だった」


 エレノアは少し照れたような表情を見せながら続けた。


「王宮では、すべてが既に決められていたから。立ち振る舞い、発言、行動――すべてが伝統とプロトコルに縛られている。でも、ここでは私たちが自由に創造できる。失敗しても、また挑戦できる。そんな環境が、どれほど貴重なものかを実感したわ」


「ボクも!」リリアが興奮気味に手を上げた。小さな体を震わせながら、熱い想いを言葉にしていく。「変身できないボクでも、みんなと一緒に何かを成し遂げられるって実感できたんだ。最初は不安だった。魔法が使えないボクが、本当に役に立てるのかって。でも、演技を通して、ボクにもできることがあるってわかった。この一か月間は、ボクにとって宝物みたいな時間だった」


 リリアの声には、純粋な喜びと感謝が込められていた。


「毎日の稽古で、少しずつ上達していく実感があったの。昨日できなかったことが今日はできるようになって、明日はもっと上手くなれるかもしれないって期待感――それがとても楽しかった。師匠の指導を受けて、仲間たちと切磋琢磨して、一歩ずつ成長していく過程が、何よりも充実していたんだ」


 ステラも大きく頷いた。体育会系らしい率直さで、自分の気持ちを表現している。


「私も同感です! 風魔法を演技に活かすなんて、考えたこともありませんでした。最初は戸惑ったけど、みんなで知恵を出し合って、新しい表現方法を見つけていく過程が本当に楽しくて……毎日が発見の連続でした」


 ステラは興奮しながら続けた。


「特に、師匠から『風は見えないけれど、観客に風の存在を感じさせることができる』って教わった時は、目から鱗でした。魔法って、ただ威力が強ければいいってものじゃないんですね。表現力、演出力――そういうものの大切さを学べました」


「理論的に考えても」アイリーンが眼鏡を直しながら分析した。「創作活動というのは、完成品よりもプロセスに価値があるのかもしれませんね。共同作業を通じて、個人では到達できない領域に踏み込むことができる。それぞれの専門性を活かしながら、全体として一つの作品を作り上げていく――これは非常に高度な知的活動だと思います」


 アイリーンは少し興奮気味に続けた。


「私は生徒会長として、いつも結果を求められてきました。成果、効率、実績――そういうものばかりを追い求めてきた。でも、この歌劇の稽古を通して、過程そのものに価値があることを学びました。試行錯誤すること、失敗から学ぶこと、仲間と協力すること――それらすべてが、結果以上に大切なのかもしれません」


 俺は彼女たちの言葉を聞きながら、胸が熱くなるのを感じていた。俺が高校時代に感じた気持ちを、この魔法少女たちも完全に共有してくれている。それが何よりも嬉しく、そして誇らしかった。


「師匠の気持ち、本当によくわかります」ルルが大きく頷いた。いつもの元気な調子に、少し大人びた深みが加わっている。「ルルも、明日の本番が楽しみだけど、同時にちょっと寂しい気持ちもあるんです。この素晴らしい時間が終わっちゃうんだなって思うと……」


 ルルは少し寂しそうな表情を見せながら続けた。


「本番が終わったら、この特別な時間も終わっちゃうんですよね……」


 セシリアも、普段の厳格な表情を和らげながら話に加わった。


「私も同感です」彼女は水晶の杖を膝に置きながら言った。「この歌劇の準備を通して、過程そのものの美しさを学びました。みんなで創造していく喜び、それは何物にも代えがたいものですね」


 俺は魔法少女たちの深い理解と共感に、心から感動していた。彼女たちは単に俺の話を聞いているだけではない。自分たちの経験と重ね合わせて、真に理解してくれている。


「だからこそ」俺は彼女たちを見回しながら言った。「明日の本番は特別なものにしたい。この一か月間の準備期間の集大成として、観客の皆さんに最高の舞台を見せてやろう。そして――」


 俺は一瞬言葉を止めて、魔法少女たちの表情を確認した。


「この経験を、俺たちの心の中に永遠に刻み込もう。本番が終わっても、この一か月間の思い出は色褪せることはない。俺たちが共に過ごした時間、共に築き上げた絆、そして共に学んだことのすべてが、俺たちの宝物になるんだ」


 しかし――俺は彼女たちの共感の言葉を聞きながら、再び奇妙な違和感に襲われていた。


 この会話。この流れ。魔法少女たちの反応。そして、彼女たちが口にする台詞の一つ一つ。


 すべてが既に経験したことのように感じられる。まるで完璧に記憶された台本通りに進行している劇を見ているかのような感覚だった。リリアの驚いた表情、ミュウの猫耳の動き、エレノアの上品な頷き、ステラの興奮した仕草――すべてが記憶の中にある光景と寸分違わない。


 俺は昨日も同じ話をした記憶がある。同じ質問を受け、同じ答えを返し、同じ反応を見た。魔法少女たちの台詞も、表情も、仕草も、すべてが昨日と完全に一致している。それなのに、魔法少女たちは誰も昨日のことを覚えていない。


 そして俺の脳裏に、昔観た、あるカルト的アニメ映画の記憶が鮮明に蘇ってきた。


 学園祭の準備をしている主人公たちが、ずっと同じ一日を繰り返している物語だ。現実と夢の境界が曖昧になり、登場人物たちは永遠に続く日常に閉じ込められていく。時間は進まず、同じ会話が繰り返され、同じ出来事が何度も起こる。あれは確か、人の心に住み悪夢を見せる妖怪のしわざだった。そして、その現象は、「今の生活をずっと続けていたい」というヒロインの願望に応えて妖怪が創り出した夢だったのだ……。


 もしも、俺の身にもあれと同じことが起きているとしたら? 学園祭と歌劇という違いはあるものの、前日の準備、楽しくて終わらなければいいのにという感情、そしてデジャブ、繰り返す時間……どれもあの映画と一致している。


 クラリーチェに処刑された俺は、何らかの力によって時間がリセットされ、再び朝から同じ一日を体験しているとしたら……。


 だが、それならばなぜ俺だけが記憶を保持しているのか? なぜ魔法少女たちは、昨日のことを全く覚えていないのか? なぜ他の誰も、この異常事態に気づいていないのか?


 俺は頭を激しく振った。そんなバカなことがあるわけがない。時間のループなど、どんなに高度な魔法でも実現できるはずがない。そんな超常現象が現実に起こるなど、考えられない話だ。


 きっと俺の記憶が混乱しているだけだ。一か月間の激しい稽古と、明日の本番への極度の緊張で、精神的に疲労しているのだろう。似たような会話を何度も繰り返したから、記憶が混在しているだけに違いない。


 忘れよう。忘れるんだ。


 俺は自分に強く言い聞かせながら、魔法少女たちとの昼食を続けた。彼女たちの笑顔、楽しそうな会話、明日への期待、そして今この瞬間の幸福感――これらはすべて現実のものだ。俺の疲れた心が作り出した妄想ではない。紛れもない現実なのだ。


 しかし――その時、俺は再び背後に視線を感じた。


 鋭く、何か強い意図を持った視線。まるで俺の一挙手一投足を監視しているかのような、不気味な存在感だった。今度は間違いない。確実に、誰かがこちらを見ている。


 俺は咄嗟に振り返った。


 客席の後方、石造りの柱の陰に、何かの影がちらりと見えたような気がした。人影のような、しかし定かではない影が、柱の向こう側に消えていく。


「師匠?」リリアが俺の急な動きに驚いた。


「ちょっと待ってろ」


 俺は立ち上がり、影を見た方向へ向かった。足音を殺しながら、慎重に柱の陰へと近づいていく。心臓の鼓動が早まり、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。


 しかし――。


 柱の陰には、誰もいなかった。


 石造りの柱、その向こうに広がる街、そして午後の陽射し。それ以外には何もない。人が隠れられそうな場所も、足跡も、気配も――何も残っていなかった。


 だが、確かに誰かが見ていた気がする。あの鋭い視線は、俺の錯覚ではない。間違いなく、何者かが俺たちを監視していたのだ。


 俺は周囲を見回した。劇場全体を見渡せる位置だが、怪しい人影は見当たらない。


 いったいどういうことなんだ?

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