(132)この時間が永遠に続けばいいのに
昼休み休憩の時間になると、俺たちは野外劇場の客席に座り、ルルの両親とセシリアが用意してくれた昼食を囲んだ。温泉宿自慢の手作り弁当は、色とりどりの料理が美しく詰められており、蓋を開けた瞬間に湯気と共に香ばしい匂いが立ち上がった。炊きたての白米、丁寧に下味を付けた煮物、薄く切った卵焼き、そして温泉地ならではの山菜の天ぷら――どれもが手作りの温もりを感じさせる料理だった。
「わあ〜♪ お母さんの手作り弁当、最高なのです〜♪」ルルが嬉しそうに箸を動かしている。小さな口に料理を運びながら、幸せそうに頬を膨らませていた。
「本当においしいわね」エレノアも上品に箸を使いながら、料理の味に感心していた。王族として様々な高級料理を食べてきた彼女でさえ、この素朴な手作り料理の美味しさに心を打たれているようだった。「さすがは温泉宿の料理人さんね。一品一品に愛情が込められているのがわかるわ」
「わたくし、このお魚の煮付けが特に気に入ったのです〜♪」ミュウが猫耳をピクピクと動かしながら、魚料理を堪能している。猫族の本能からか、魚の料理には特別な反応を示していた。「甘辛い味付けが絶妙で、ご飯との相性も抜群なのです〜♪」
俺は魔法少女たちの和やかな表情を見ながら、心が温かくなるのを感じていた。一か月間の厳しい稽古を乗り越えて、ついに明日が本番。彼女たちの顔には、不安よりも期待の方が大きく表れていた。緊張感もあるが、それ以上に達成感と充実感が満ちている。
野外劇場の午後の陽射しは心地よく、石造りの客席に座る俺たちを包み込んでいた。遠くには温泉地の町並みが見え、そこから時折聞こえてくる人々の声が、明日の本番への期待を物語っていた。既にスターフェリア全土から観客が集まり始めており、町は活気に満ちている。
俺は魔法少女たちの和やかな会話を聞きながら、ふと懐かしい記憶に心を奪われていた。彼女たちが明日の本番への期待と、この一か月間の稽古への愛おしさを語る姿を見ていると、遠い昔の自分を思い出さずにはいられなかった。
俺は箸を置いて、遠い目をしながら口を開いた。
「俺がスーツアクターになったきっかけを話そうか」
突然の俺の言葉に、魔法少女たちが興味深そうに視線を向けてきた。まるで昨日のことのように思い出される、高校時代の青春の一コマ。あの時の興奮、仲間たちとの絆、そして人生を決定づけた瞬間――すべてが心の奥底から鮮明に湧き上がってきた。
「俺の生まれ育った世界――その高校時代の学園祭だった」俺は遠い目をしながら語り始めた。「俺のクラスでヒーローショーをやることになったんだ。最初は誰も主役をやりたがらなかった。恥ずかしいし、責任も重いからな。それで、俺が引き受けることになった」
魔法少女たちが興味深そうに俺の話に耳を傾けている。弁当を食べる手を止めて、まるで物語を聞く子供たちのような表情で俺を見つめていた。
「どんなヒーローだったんですか?」ステラが目を輝かせて尋ねた。体育会系の彼女らしく、アクションに対する純粋な興味が表情に現れている。
「俺の考えた最強のヒーローさ。のちに演じることになる、『蒼光剣アポロナイト』のプロトタイプみたいなものだ」俺は微笑みながら続けた。「特撮もヒーローものも、他の出し物に比べて準備にとてつもない時間と手間がかかる。衣装の製作、小道具の制作、アクションの振り付け、特殊効果の工夫――すべてが一から手作りだからな」
俺は当時の苦労を思い返しながら話を続けた。
「段ボールで装甲を作るのに何日もかかった。アルミホイルで剣を作り、友達の母親に頼んで縫ってもらったマント。爆発シーンのために風船と紙吹雪を仕込んだり、効果音を録音したり――本当に大変だった。でも、その大変さこそが楽しかったんだ。手間がかかるからこそ、一つ一つの作業に愛着が湧く。そして、その世界にどんどんのめり込んでいった」
「そんなに熱中するなんて……何が先生をそこまで熱中させたんですか?」アイリーンが眼鏡を光らせながら質問した。生徒会長らしく、物事の核心を掴もうとする姿勢が表れている。
「本番はもちろん楽しかった」俺は当時の感動を思い返しながら話した。「体育館のステージに立って、観客席で笑顔を見せる子供たちの顔を見た時、俺は『これだ』と思った。手作りの衣装を着た俺を見て、目を輝かせる子供たち。俺の演技に一喜一憂する彼らの表情。その瞬間、俺は自分が本当にヒーローになったような気がしたんだ」
俺は一口弁当を食べてから、さらに続けた。
「でも、それよりも印象に残っているのは、学園祭の準備期間だった。本番の一週間前から、俺たちは毎日のように学校に残って準備をした。クラスメイトたちと夜遅くまで残って、衣装を作ったり、台本を書いたり、演技の練習をしたり……」
俺の声には、当時の充実感が滲んでいた。
「毎日が本当に楽しくて仕方がなかった。一つ一つの作業が新鮮で、ワクワクしていたんだ。友達が『このポーズの方がカッコいいよ』とアドバイスをくれたり、『このセリフはもっと熱く言った方がいい』と演技指導をしてくれたり……みんなで一つの作品を作り上げていく感覚が、何とも言えない充実感を与えてくれた」
魔法少女たちは俺の話に深く聞き入っていた。特にリリアの目には、共感の光が宿っている。
「そして、ある時ふと思ったんだ」俺は少し声を落として続けた。「永遠に明日の本番が来なければ良いのに、って」
「えっ?」リリアが驚いた表情を見せた。フォークを持った手を止めて、困惑したような顔で俺を見つめている。「どうして? 本番が一番楽しいんじゃないの?」
「そう思うだろう?」俺は苦笑いしながら答えた。「でも、違ったんだ。もちろん本番は最高だった。観客の拍手、子供たちの歓声、達成感――すべてが素晴らしかった。でも、幕が開いたら、あとは上演するのみで終わってしまうからな」
俺は空を見上げながら、当時の気持ちを言葉にしていく。
「準備期間こそが、一番楽しい時間だったんだ。仲間たちと一緒に何かを作り上げていく過程、試行錯誤しながら少しずつ完成に近づいていく感覚、そして明日への期待感――それが何よりも貴重だった。本番が終わってしまえば、その魔法のような時間も終わってしまう。だから、この準備期間が永遠に続けばいいのに、と本気で思ったんだ」
そう、今この瞬間も、俺は同じ気持ちに浸っていた。この魔法のような時間がずっと続けばいいのに、と――。
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