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(13)高慢な魔法姫、弄ばれる

 次の瞬間、氷の矢が俺の腕の鎖に当たり、手枷が砕け散った。


「……!」


 エレノアは狙いが外れたと思ったのだろう、息を呑んだ。だが実際は、俺が矢の軌道を見極め、意図的に手枷に当たるよう体を動かしたのだ。氷の矢の威力は、鎖を砕くのに十分なほど強力だった。上腕にわずかな痛みを感じるが、それは些細なことだ。


「このっ!」


 怒りに我を忘れたエレノアが、新たな氷の矢を連射してくる。美しい青銀色の軌跡が空気を切り裂く。俺は片手が自由になったことで、動きに制限がなくなった。足枷の鎖を引っ張り、盾のように使う。氷の矢が次々と鎖に当たり、最終的に足枷も破壊された。


 解放された瞬間、俺は体の力を解き放った。スーツアクターとしての二十年の経験と、アポロナイトの力が宿った若返った体。その組み合わせは、この世界では無敵に近い。


「俺の指摘を実演で証明してくれたな、エレノア」


 俺は一歩踏み出すと、鈍く光る氷の破片をひとつ、ポケットに滑り込ませた。後で何らかの役に立つかもしれない。


「何が言いたいの!?」


 彼女が杖を大きく振り回す。広い弧を描くように青い光が放たれ、俺を取り囲むように氷の壁が形成されていく。だが、俺はその完成を待たず、壁の隙間から軽々と跳躍して抜け出した。


「魔力が分散している。集中力が足りない」


 広場に響く俺の声に、村人たちが息を呑む。誰も反論しない。確かに普通なら、魔法姫に対して男が弱点を指摘するなど許されない世界だ。だが今は違う。目の前で演じられている光景は、村の常識を覆している。


「見ろよ! あの男、エレノア様の攻撃を避けた!」


「魔力も武器も使わずに、どうやって……?」


 村人たちの間で驚きの声が次々と上がる。生身の男が魔法姫の前でこれほど余裕を見せるなど、前代未聞の光景だったのだろう。


 エレノアが再び攻撃を放つ。今度は氷の蝶のような形をした無数の刃が、螺旋を描きながら俺に向かってくる。


「華麗で美しい魔法だが、効率が悪いな」


 俺は足を地面に踏み込み、蝶の群れの中心に飛び込む。一瞬の静寂の後、俺の素早い拳と蹴りで、氷の蝶が一斉に弾け飛ぶ。村人たちから驚きの声が上がる。


「エレノア、お前の魔法は見せ場を作るのが上手いが、実戦向きじゃない。撮影現場ならそれでもいいが、現実には隙だらけだ」


 エレノアの顔が怒りで歪む。「うるさいわね!」


 彼女が地面に杖を突き刺すと、俺の足元から氷柱が突き上げてくる。俺は軽くジャンプして回避し、着地する。


「そうそう、それくらいのシンプルな攻撃の方が、命中率は高いんだ。だけど、今のは広いエリアをカバーできない」


 俺はスーツアクターの先輩が後輩に教えるような口調でアドバイスを続ける。


「それから、地面から氷柱を出すなら、もっと広範囲に。こう、バン!バン!バン!って感じで、派手にやった方がいい。その方が見栄えもいいし、相手を怯ませる効果も期待できる」


 俺は両手で動きを表現する。まるでアクション映画の監督のように。


「姿勢が崩れてるぞ。足をもっと肩幅に開け。重心を下げて。杖を握る手の位置も、もう少し下げろ! そうそう、それだ!」


 エレノアが思わず俺の指示に従ってしまい、すぐに気づいて顔を赤らめる。


「私に指図しないでよ!」


「あとな、攻撃する時の掛け声。もっと短く、力強くだ。『はあっ!』みたいな。腹筋に力を入れろ。呼吸が乱れると余裕がなく見えて、弱そうに見える。相手に隙を見せるようなものだ」


 村の男性たちから、小さな笑い声が漏れる。彼らの多くは、こんな風に魔法姫が弄ばれるのを見たことがないのだろう。特にエレノアのような高慢な王女が、こんなに狼狽するのは初めてに違いない。


「氷で攻撃する演出は素晴らしいな。特撮現場なら、CGスタッフが一週間くらいかけて手掛ける仕事だぞ。それだけは褒めてやる」


「褒められても嬉しくないわ!」


 エレノアが新たな攻撃を繰り出す。今度は両脇から氷の刃が挟撃してくる。俺はくるりと前転して両方の攻撃を避ける。


「おっと! 今のは良かった! でも回避する側の気持ちになると、ちょっと遅かったな。もう少し攻撃の間隔を短くすると効果的だぞ」


 まるで暴れている動物を調教するかのように、俺はエレノアを弄ぶ。


「あの人、すごい!」


「何者だ?」


「若いのに、魔法姫様に戦いを教えてる……」


 村人たちの声が変わってきた。最初の恐怖や憎悪は消え、代わりに好奇心と驚嘆の声が増えている。男性たちのうつむいていた顔が上がり、目を輝かせて俺の動きを追っている。


「黙りなさい!」


 彼女の怒りが頂点に達したようだ。杖を頭上に掲げると、巨大な氷の龍を召喚した。空を舞う青銀色の巨体は、確かに圧巻の光景だ。


「いいね、それは見栄えがする。だが――」


 龍が俺めがけて突進してくる。俺は片足を大きく後ろに引き、全身の力を込めて一撃を放った。拳が氷の龍の頭部に命中すると、龍は粉々に砕け散った。


「威力は見た目ほどじゃないな」


 広場は静まり返った。誰も声を出さない。ロザリンダは目を見開き、ミュウは両手を口に当てたまま固まっている。エレノアの崇拝者だった女性たちも、もはや彼女を応援する声を上げない。


「彼は……魔獣じゃない……」


「あんな風に戦えるなんて……」


「まさか! 本当に光の勇者なのか!?」


 村人たちの囁きが広場に広がる。エレノアへの支持は明らかに揺らいでいた。


「もう一度言うぞ、エレノア。お前の魔法は確かに美しい。だが、実戦では無駄が多すぎる。受け身の練習もせず、体幹も弱い。基礎が甘いまま派手な技ばかりやっているからだ」


 俺は村人たちに分かりやすく説明する。


「例えるなら、舞台の上のバレリーナが急に格闘技の試合に出るようなものだ。優雅さと戦闘力は違う。美しいフォームと戦いの実用性は別物なんだよ!」


「くっ!」


 怒り狂ったエレノアは杖を振り回し、氷の刃を四方八方から俺に向けて放つ。俺はその場で大きく飛び上がると、空中でクルリと回転し、完全に攻撃を避けて着地した。特撮の現場で何度も繰り返した動作だ。


「おおっ!」


 村の男性たちから歓声が上がる。彼らの中には子供たちもいて、目を輝かせて俺の動きを真似しようとする者もいる。


「エレノア、それがお前の本気か? もっとやれるだろう。魔法姫なんだから」


 挑発するように言うと、エレノアの顔がさらに怒りで歪んだ。


「あなたのような男に、バカにされるなんて……!」


 彼女の体から制御を失った魔力が溢れ出し始めた。青い光の渦が彼女を取り囲み、その影響は広場全体に広がっていく。地面が凍り始め、あっという間に広場一面が巨大なスケートリンクと化した。


 俺の演出がちょっとやり過ぎたかもしれないな。彼女の魔力が暴走している。


「みんな、下がって!」


 俺は村人たちに警告を叫ぶ。彼らは急いで後退するが、凍った地面で滑って転ぶ者も多い。


「エレノア、落ち着け! 魔力を制御しろ!」


 だが、彼女の耳には届いていないようだ。杖から放たれる青い光は、もはや攻撃というより、純粋な怒りの発露だ。冷気となって広場を埋め尽くしていく。


「見るがいい……! これが私の真の力よ……!」

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