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(131)繰り返す稽古、そして謎の視線

 野外劇場に到着すると、そこは既に活気に満ちていた。建設開始から一か月、ついに完成した舞台は壮観だった。温泉地の自然に囲まれた円形の野外劇場は、古代ギリシャの円形劇場を思わせる美しい造りとなっている。客席は石造りの階段状になっており、最大で五百人の観客を収容できる設計だった。


 舞台中央には、星をモチーフにした美しい装飾が施されている。夜間の公演では、特別な魔法によって星空を再現する予定だった。音響設備も、この世界の魔法技術の粋を集めて作られており、演者の声を劇場全体に響かせることができる。


「うわあ……本当に完成したんだね」リリアが感嘆の声を上げた。


「素晴らしいのです〜♪」ミュウも猫耳をピンと立てて興奮している。


「セシリアさんの手腕は見事ね」エレノアも劇場の完成度に感心していた。


 舞台では、既に他の魔法少女たちが準備を始めていた。


 ステラは舞台装置の最終点検をしていた。彼女は風の魔力を本番でも生かすことになり、風を起こす練習をしていたが、力が入りすぎて舞台セットを吹き飛ばしそうになっている。


「ステラ! もう少し控えめに!」俺が注意すると、彼女は慌てて風の勢いを弱めた。


「すみません、師匠! つい興奮しちゃって……」


 アイリーンは台本を手に、一人で台詞の確認をしていた。眼鏡をかけた彼女は生徒会長らしく、完璧主義で細かい部分まで気にしている。


「『星よ、我に力を』の部分、もう一度確認したいんですが……」


 彼女は几帳面に台本にメモを書き込んでいるが、その几帳面さが裏目に出て、台本が付箋だらけになっている。


 ルルは元気いっぱいに大道具を運んでいた。しかし、小柄な体には重すぎる荷物を無理やり運ぼうとして、よろめいている。


「ルル、無理をするな」俺が手を貸そうとすると、彼女は首を振った。


「大丈夫だよ〜♪ ルルは力持ちなんだから〜♪」


 リュウカ先生は、魔獣の着ぐるみを着て練習していた。電撃魔法で着ぐるみの動きを制御しようとしているが、うまくいかずに着ぐるみの中で感電している。


「きゃあ〜♪ これじゃあ魔獣じゃなくて感電獣になっちゃう〜♪」


 煙を上げながら着ぐるみから顔を出したリュウカ先生の髪は逆立っていた。


 そして、セシリアは行政手腕を活かして、全体の進行管理をしていた。手にした水晶のボードには、分刻みのスケジュールが記載されている。


「皆さん、時間厳守でお願いします。明日の本番まで、もう時間がありません」


 俺は全体を見回しながら、これまでの特撮ヒーローショーでの経験を思い出した。子供たちの前で完璧なパフォーマンスを披露するために、何度も何度も練習を重ねた日々。舞台の上で求められるのは、技術だけではない。観客の心を掴む表現力、そしてチームワークだった。


「よし、最後の稽古を始めよう。第一幕から通して見せてくれ」俺が声をかけると、魔法少女たちが舞台に集まった。


 第一幕が始まった。リリアが主人公ルミナ役として舞台中央に立つ。彼女の演技は、一か月の稽古を通じて格段に向上していた。変身できない身でありながら、魔法少女の輝きを表現する彼女の姿は、見る者の心を打つものがあった。


「星よ、導いて……失われた光を取り戻すために」


 リリアの台詞回しは自然で、感情がこもっている。しかし――。


「待て、リリア」俺が止めた。「そこの手の動き、もう少し大きく。劇場の後ろの席からも見えるように」


「はい、師匠!」リリアが手の動きを修正する。


 次に、ミュウの歌のシーンだった。風と音の妖精役として、美しい歌声を披露する重要な場面だ。


「風よ、運んで〜♪ 星の願いを〜♪」


 ミュウの歌声は確かに美しかった。猫族特有の透き通った声質が、聞く者の心を癒していく。しかし――。


「ミュウ、そこでブレスを入れるな」俺が指導した。「一息で歌い切ることで、風の流れを表現するんだ」


「わかりました〜♪ 師匠〜♪」


 ミュウが歌い直すと、今度は見事に一息で歌い切った。


 エレノアの氷の女王のシーンでは、彼女の王族としての威厳が存分に発揮されていた。過去の苦悩を背負った複雑な役柄を、見事に演じ分けている。


「氷の城に閉じこもった私の心に、再び温かい光が差すとでも言うの?」


 エレノアの演技は完璧だった。しかし――。


「エレノア、そこの立ち位置、もう少し下手に」俺が細かく指示を出す。「氷の女王の孤独感を強調するためだ」


「わかったわ」エレノアが位置を調整した。


 ステラは風の精霊役で、その身軽さを活かした舞踊を披露していた。


「風よ舞え〜♪ 空高く〜♪」


 彼女の動きは確かに美しかったが、興奮しすぎて舞台セットに激突しそうになる。


「ステラ、落ち着け」俺が注意した。「君の魅力は速さじゃない。風の優雅さを表現するんだ」


「はい! わかりました!」ステラが張り切って答えるが、その返事もまた大きすぎた。


 アイリーンは賢者の役で、物語の重要な解説を担当していた。


「古の契約により結ばれし星の妖精アステリア……」


 彼女の台詞は正確で、知的な魅力が表現されている。しかし――。


「アイリーン、眼鏡を触るな」俺が指摘した。「舞台上では無意識の仕草も観客に見られている」


「あ、すみません」アイリーンが慌てて手を下ろした。


 こうして通し稽古が進んでいく中で、俺は違和感を覚え始めた。この演出内容……まるで昨日も同じことを言ったような気がする。いや、気のせいか?


 第二幕に入った。


「リリア、そこの感情表現がぎこちない。同じことを昨日も言ったぞ!」


 俺のダメ出しに、リリアはキョトンとした表情で首をかしげた。


「昨日? 師匠、昨日はこのシーンの稽古はやってないよ?」


 俺の心に再び混乱が押し寄せてきた。確かに、俺は昨日も同じ指導をした記憶がある。リリアのこの表情、この台詞、すべてが記憶と一致している。


「いや……そんなはずは……」


 俺は頭を振った。きっと一か月間の稽古で、似たような指導を何度もしたから、記憶が混同しているのだろう。


 稽古を続けた。ミュウの歌のシーンで、俺は再び同じ指摘をした。


「ミュウ、そこのハモリが微妙にずれている」俺が言った瞬間、また記憶が蘇る。「同じことを昨日も言ったぞ!」


 ミュウも猫耳をピクピクと動かしながら首をかしげた。


「昨日? わたくし、昨日はハモリの練習はしていないのです」


 同じ反応。同じ表情。同じ猫耳の動き。


 これは単なる記憶の混同ではない。何かがおかしい。


 エレノアのシーンでも、同じことが起きた。


「エレノア、氷の魔法のタイミングが早すぎる」俺が指導した時、既視感が襲ってきた。「同じことを昨日も言ったぞ!」


「昨日?」エレノアが眉をひそめた。「武流、昨日はこのシーンの稽古はしていないわ。一体何を言っているの?」


 俺は混乱していた。確実に、俺は昨日も同じ指導をしている。同じ台詞を言い、同じ修正を指示した。それなのに、魔法少女たちは誰も覚えていない。


 まさか……。


 俺の脳裏に、あの処刑の記憶が蘇ってきた。クラリーチェの深淵魔法、黒い炎、そして死の瞬間……。何らかの理由で時間が戻り、俺は同じ1日を繰り返しているのか?


 いや、そんなバカなことがあるわけがない。


 時間が戻るなど、現実的にあり得ない話だ。きっと俺の記憶が混乱しているだけだ。一か月間、毎日のように稽古を繰り返し、精神的に疲労しているのだろう。


 俺は自分を納得させようとした。しかし、心の奥底では、不安が渦巻いていた。


「師匠、大丈夫?」リリアが心配そうに俺を見つめた。


「ああ、大丈夫だ」俺は努めて平静を装った。「少し疲れているだけだ。稽古を続けよう」


 俺は再び演出に集中した。舞台上での立ち位置、観客への視線の向け方、声の通し方、感情の表現方法――すべてにおいて、俺は的確な指示を飛ばしていった。


「ステラ、そこで一拍待て。観客の視線を集めてから動くんだ」


「アイリーン、台詞の間を意識しろ。余韻も演技の一部だ」


「ルル、歌声はもっと朗々と。劇場全体に響かせるイメージで」


 魔法少女たちは、俺の指導を真摯に受け止めて、一つ一つ修正していく。彼女たちの成長ぶりは目覚ましく、一か月前とは別人のような演技力を身に着けていた。みんなそれぞれの個性を活かした役を得て、生き生きと演技していた。


 しかし――俺は奇妙な感覚に襲われ続けていた。まるで同じ場面を何度も繰り返しているような既視感。すべてが記憶の中にある光景のように感じられる。


 そして、稽古の終盤に差し掛かった時――。


 俺は背中に視線を感じた。


 誰かがこちらを見ている。それも、ただの観察ではない。何か強い意図を持った、鋭い視線だった。


 俺は振り返った。


 しかし――そこには誰もいなかった。


 劇場の客席は空っぽで、木々の影に隠れるような人影も見当たらない。


 気のせいか?


 俺は再び稽古に集中しようとしたが、その視線は消えることがなかった。まるで見えない存在が、俺たちの稽古を監視しているかのような不気味さが、空気を重くしていた。

本日、「世界観・登場人物解説」のページを追加しました。

初めての方も、復習したい方も、ぜひご活用ください。

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