表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/219

(129)不可解な目覚め

 俺は勢いよく目を覚ました。


 心臓が激しく鼓動している。全身が汗でびっしょりと濡れており、まるで激しい運動をした後のような状態だった。手は震え、呼吸は荒く、体の奥底から湧き上がる恐怖が俺を支配していた。


 ここは――。


 俺は慌てて周囲を見回した。そこは見覚えのある部屋だった。豪華な装飾が施された天井、上質なカーテンが掛けられた窓、そして柔らかなベッド――ルルの温泉宿の客室だった。


 窓から昇る朝陽が差し込んでいる。今は早朝のようだ。


 確かに、俺は死んだはずだった。


 クラリーチェの深淵魔法による黒い炎が俺の胸を貫き、激痛と共に意識を失った。あの痛みは、今でも鮮明に覚えている。肉が焼ける匂い、視界を覆う白い光、そして薄れゆく意識――すべてが現実のものだった。


 なのに、なぜ俺はここにいるのか。


 俺は自分の胸に手を当てた。傷はない。痛みもない。しかし、あの時の感覚は確実に残っていた。死の瞬間の恐怖、絶望、そして最後に思い浮かんだリリアの笑顔――すべてが記憶の中に刻み込まれている。


 助かったのか? それとも――。


 俺の頭の中は混乱していた。死んだという確信があるのに、生きているという現実。この矛盾をどう理解すればいいのか。


 夢だったのか?


 俺はこれまでも、朝倉明日香が登場する謎の夢を何度も見てきた。彼女とのやり取り、戦闘、そして時には親密な会話――すべてが夢の中の出来事だった。


 しかし、先ほどまでの夢には、明日香は登場しなかった。クラリーチェによる処刑、魔法少女たちの悲鳴、町民たちの驚愕――すべてが明日香とは無関係だった。


 それに、あの夢はあまりにもリアルすぎた。殺される瞬間の痛み、肉が焼ける匂い、視界を覆う白い光――五感のすべてを鮮明に覚えている。あんなリアルな夢があるだろうか?


 夢と現実の境界が曖昧になっている。俺の頭は混乱していた。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


 俺は身構えた。まさか、クラリーチェが――。


 警戒しながら、「どうぞ」と俺は声を掛けた。


 ドアが開いた瞬間――


「うわああああ!」


 俺は飛び上がった。


 扉から現れたのは、魔獣だった。黒い毛に覆われた人間大の怪物が、のっそりと部屋に入ってくる。鋭い爪、牙をむき出しにした口、赤く光る目――まさに俺たちが戦ってきた魔獣そのものだった。


 俺は咄嗟に戦闘態勢を取った。変身ブレイサーに手を伸ばそうとしたが――。


「あははは! 師匠、驚いた?」


 魔獣の頭部が外れ、その下からリリアの笑顔が現れた。


「え?」


 俺は呆然とした。目の前にいるのは魔獣ではなく、魔獣の着ぐるみを着たリリアだった。


「これ、歌劇で使う魔獣のスーツなんだ」リリアがイタズラっぽく笑いながら説明した。「リュウカ先生が着る予定なんだけど、試しに着てみたの。出来をチェックして欲しくてさ。どう? 良くできてるでしょ?」


 リリアが着ぐるみの説明を続けるが、俺の頭は混乱していた。


 確かに、その着ぐるみは驚くほど精巧にできていた。本物の魔獣と見間違えるほどの出来栄えで、一瞬本当に魔獣が現れたのかと錯覚してしまった。


「師匠の驚いた顔、すごく面白かった!」リリアが着ぐるみを着たまま手を叩いて笑っている。


 俺は胸を撫で下ろした。まさかこんなドッキリを仕掛けられるとは思わなかった。


「おい、リリア。心臓が止まるかと思ったぞ」


「ごめんごめん。でも、明日の本番でお客さんも同じように驚いてくれると思わない?」


 明日の本番――?


 俺の脳裏に、あの処刑の記憶が蘇ってきた。野外劇場での最終確認、クラリーチェの襲撃、そして深淵魔法による処刑――すべてが昨夜のことのように感じられる。


「ちょっと待て。明日は歌劇の初日か?」


「そうだよ。いよいよ明日から『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』の開幕でしょう? 今日は朝から大忙しだよ」


「朝……?」


「……師匠、大丈夫?」


 どういうことだ? 俺が処刑されたのも、歌劇の初日の前日だった。その日の朝に戻っている――? いや、まさか……。


 その時、廊下から足音が聞こえてきた。


「武流様〜♪ 朝食をお持ちしたのです〜♪」


 ミュウの声が響く。彼女は盆に載せたスープを運んでいるようだった。朝早くから俺のために朝食を準備してくれたのだろう。


「あ、ミュウが来る」リリアが慌てて着ぐるみを脱ぎ始めた。


 リリアが魔獣の着ぐるみを部屋の入り口付近に脱ぎ捨てた時――。


「武流様、朝食をお持ちしたの――きゃああああ!」


 ミュウが部屋に入ってきた瞬間、足下の着ぐるみにつまずいた。


 ドンッ!


 盆が宙に舞い、スープが部屋中に飛び散る。


「わわわわ〜!」


 ミュウが転倒し、猫耳をピクピクと震わせながら床に倒れ込んだ。


「あ〜! ミュウちゃん、ごめん!」リリアが慌てて駆け寄る。


「わたくし、せっかく作ったスープが〜!」ミュウが泣きそうになっている。


 床は一瞬でスープまみれになり、甘い香りが漂っていた。


「大丈夫か、ミュウ?」俺も彼女に手を差し伸べた。


「はい〜、わたくしは平気なのですが〜、お部屋が〜」


 その時、廊下から威厳のある足音が響いてきた。


「一体何の騒ぎ? 朝からこんなに騒がしくて――」


 エレノアが部屋に入ってきた瞬間、目の前の光景に絶句した。床に転がる魔獣の着ぐるみ、スープまみれの部屋、そして申し訳なさそうに立っているリリアとミュウ。


「あなたたち......朝から一体何をやってるの......」


 エレノアの眉間に青筋が立った。


「お姉様、これは――」リリアが弁解しようとしたが、エレノアは聞く耳を持たなかった。


「もう我慢できないわ! 明日は本番だというのに、こんな騒ぎを起こして!」


 エレノアが氷の杖を構えた。


「少し頭を冷やしなさい! アイス・フィールド!」


 瞬間、部屋全体が氷に覆われた。壁、床、天井――すべてが美しい氷の結晶で装飾され、室温が急激に下がる。


「わあ〜、きれい〜」リリアが感嘆の声を上げた。


「でも寒いのです〜」ミュウが震えている。


 しかし、エレノアの魔法は自分自身にも影響を与えていた。床が完全に凍りついているため、歩くのが困難になっている。


「ほら、少しは静かに――きゃあ!」


 エレノアが振り返ろうとした瞬間、自分が作った氷の床で足を滑らせた。


 ズルッ!


 王族としての威厳もなく、エレノアが派手に転倒した。


「お姉様!」


「エレノア様!」


 リリアとミュウが慌てて駆け寄ろうとしたが、二人も氷の床で足を滑らせてしまう。


「きゃー!」


「わわわ〜!」


 三人が部屋の中で滑りながら、まるでスケートリンクのような状況になっていた。


「あははは! お姉様、自分の魔法で滑っちゃった!」リリアが氷の上に座り込みながら笑っている。


「エレノア様、お尻から転んだのです〜♪」ミュウも猫のように四つん這いになりながら笑っていた。


「笑わないで!」エレノアが顔を真っ赤にして抗議したが、氷の上で立ち上がれずにいる。


 俺はこのドタバタを見ながら、奇妙な感覚に襲われていた。


 この光景――まるで既に見たことがあるような気がする。リリアの魔獣の着ぐるみ、ミュウの転倒、エレノアの滑り、そして三人の笑い声――すべてが記憶の中にある。


 デジャブ。既視感。


 そして、この混乱の中で、俺の心に先ほどの記憶が蘇ってきた。クラリーチェによる処刑、深淵魔法の黒い炎、そして死の瞬間――。


 あれは夢だったのか?


 しかし、あまりにもリアルだった。痛みも恐怖も、すべてが現実のものとして記憶に刻まれている。


 そして、このデジャブ。まるで同じ場面を再び体験しているかのような感覚……。何がどうなっている?


「師匠〜♪ 助けて〜♪」


 リリアの声が俺を現実に引き戻した。三人はまだ氷の上で四苦八苦している。


 俺は混乱した心を落ち着かせて、魔法少女たちを助けることにした。とりあえず、この状況を何とかしなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ