(127)俺が処刑される日
第5章の開幕です。
怒涛の展開でお届けします。
お楽しみいただけますと幸いです。
深淵魔法の黒い炎が、俺の胸に向かって迫る。
死ぬ。
俺は、ここで死ぬのだ。
十字の柱に縛りつけられた俺の目の前で、その炎がゆらゆらと燃え上がっている。信じられない。これは現実なのか? なぜ俺がここにいるのか。なぜこんなことになっているのか。
頭の中が完全に混乱していた。昨夜、明日に控えた歌劇の初日公演を前に、俺は一人で最終確認のために野外劇場を訪れていた。舞台装置の点検、音響設備の調整、照明の角度――すべてが完璧でなければならなかった。一か月の準備期間の集大成として、絶対に成功させなければならない公演だった。
そもそも、なぜ俺がこの温泉地にいるのか。
それは、リリア・フロストヘイヴンの魔力と変身能力回復のためだった。彼女は純潔を奪われたことで魔法少女としての力を完全に失っていた。その力を取り戻すためには、百年以上前に魔法少女アリエル・フロストヘイヴンと契約した星の妖精アステリアの力が必要だった。
俺がスターマジカルアカデミアの教師になったのも、すべてはアステリアの手がかりを探すためだった。学園の蔵書を調べ、生徒たちから情報を集め、そして――歌劇団という新しい活動を通じて、より多くの人々と関わりを持つことで、古い伝承や記憶を掘り起こそうとしていた。
一か月前、あの温泉宿でセシリアとの戦いに勝利した俺は、一週間の準備期間を手に入れたはずだった。しかし、現実は甘くなかった。本格的な歌劇を上演するには、一週間という時間は余りにも短すぎたのだ。
脚本の完成、役者たちの稽古、舞台装置の製作、衣装の準備、そして何より――この温泉地に本格的な野外劇場を建設する必要があった。セシリアの協力もあり、町を挙げての一大プロジェクトとなった。
ルルの両親とエレノアは、約束通り地下書庫でアステリアの情報を探し続けてくれていた。しかし、先代が収集した膨大な古文書の山は想像以上に巨大で、一か月かけてもまだ決定的な手がかりは見つかっていない。
一方で、俺たち歌劇団の活動は着実に成果を上げていた。
リリアは主人公ルミナ役として、日々演技に磨きをかけていた。変身できない身でありながら、役柄の心境を深く理解した彼女の演技は、見る者の心を打つものがあった。特に、純潔を奪われながらも希望を失わない強さを表現するシーンでは、観客の涙を誘うほどの迫力があった。
ミュウは風と音の妖精役で、その美しい歌声と猫族特有の身軽さを活かした舞踊が印象的だった。彼女の歌声には、聞く者の心を癒す不思議な力があり、稽古中でさえ多くの町民が聞き惚れていた。
エレノアは表向きサポート役に回っていたが、実際には氷の女王役で重要な場面を演じることになった。王族としての威厳と、過去の苦悩を背負った複雑な役柄を、彼女は見事に演じ分けていた。
そして、他の魔法少女たちも、それぞれの個性を活かした役を得て、熱心に稽古に取り組んでいた。
リュウカ先生は相変わらず情緒不安定で、稽古中に生徒たちに電撃を浴びせることもあったが、それでも彼女なりに熱心に指導してくれていた。愛の雷による特訓は、確実に生徒たちの演技力を向上させていた。
セシリアもまた、あの屈辱的な敗北の後、町のリーダーとして歌劇の成功に全面協力してくれていた。野外劇場の建設、スターフェリア全土への告知、宿泊施設の準備――彼女の行政手腕がなければ、これほど大規模な公演は実現しなかっただろう。
ただし、彼女の協力の裏には、俺への復讐心が潜んでいることも感じ取っていた。表面的には従順に振る舞っているが、その瞳の奥に宿る憎しみは消えていない。それでも、今は歌劇の成功が最優先だった。
こうして一か月の準備期間を経て、ついに明日――『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』の初日を迎えることになったのだ。
アステリアの伝説をモチーフにしたこの脚本は、表向きはファンタジー劇だが、実際には深淵魔法の謎に迫る重要な意味を持っていた。劇を通じて、観客の中に古い記憶や伝承を知る者がいれば、何らかの手がかりが得られるかもしれない。
それに、この歌劇が成功すれば、温泉地の町おこし効果も期待できる。既にスターフェリア全土から観客が集まり始めており、町は活気に満ちていた。
すべてが順調に進んでいるように見えた。
しかし――俺は一つ重大な見落としをしていた。
スターマジカルアカデミアの教師としての職務を、この一か月間完全に放棄していたのだ。
王宮からは再三にわたって呼び出しの命令が来ていた。しかし、歌劇の準備に追われた俺は、それらの命令をすべて無視し続けていた。教師としての責任よりも、歌劇の成功を優先してしまったのだ。
そして昨夜――最終確認のために一人で野外劇場を訪れた俺を、クラリーチェが襲撃した。
神経をすり減らし、疲労困憊の状態で最終調整をしていた俺の隙を、彼女は見逃さなかった。深淵魔法による奇襲攻撃。俺が気づいた時には、既に変身ブレイサーを奪われ、黒い鎖で身動きを封じられていた。百年以上の経験を持つクラリーチェの前では、俺の警戒心など子供騙しに過ぎなかったのだ。
あり得ないことが起きていた。
その炎の向こうに、あの小さな姿が立っていた。漆黒のローブに身を包み、表面に無数の星が瞬く――クラリーチェである。
スターフェリア王国を陰から支配する、真の権力者。スターマジカルアカデミアの理事長も兼任している。見た目は七歳程度の幼女だが、実年齢は百年以上。王宮最強の魔法少女として君臨し、深淵魔法の使い手として恐れられている。その瞳に宿る冷酷な光は、長い年月を生き抜いた支配者の残酷さそのものだった。
そして――俺の宿敵であり、王宮襲撃事件の真の黒幕。エレノアとリリアの両親を殺害した張本人でもある。ただし、その証拠はなく、スターフェリアの人々は真実を知らない。
クラリーチェの肩には、妖精のディブロットがとまっている。燕尾服を着たような装いの黒いカラスで、その知的な瞳がこちらを見つめていた。
「さて、神代武流よ」
クラリーチェの声は可愛らしいが、その響きには死刑執行人の冷徹さが込められていた。
「再三にわたる王宮からの命令を無視し、スターマジカルアカデミアの教師としての職務を放棄した罪。そして何より――」
彼女の瞳が危険に光る。
「歌劇という未知の娯楽を通して、魔法少女たちはもとより、この世界の人々を洗脳し、扇動しようとした重大なる罪。これらの罪状により、おぬしを深淵魔法によって処刑する」
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