番外編●アイリーン店長の魔法少女カフェ経営奮闘記(3)
アイリーンたちは再びクラリーチェの元に戻った。カフェの前には、この騒動を見守る多くの学生たちが集まっていた。皆、固唾を飲んで結果を見守っている。
「ほう、まだ諦めんのか」クラリーチェが興味深そうに言った。「だが、わらわを甘く見るでないぞ。中途半端な出来では、深淵魔法の餌食となるだけじゃ」
「クラリーチェ様〜! 特別メニューをご用意いたします〜!」ルルが明るく宣言した。
「特別メニュー? また学生の戯言か。何度も言うが、わらわは甘くない。魔法少女の威信を損なうような代物なら、容赦はせぬぞ」
「いえ! これは〜、クラリーチェ様だけの〜、世界に一つだけの特別メニューです!」
アイリーンが魔法書を開いて、特別なレシピを表示した。今度は眼鏡を落とさない。手は震えているが、決意は固い。店長としての誇りが、恐怖を克服していた。
「これは……クラリーチェ様の魔力パターンと、心の周波数に合わせて最適化した『母の愛ケーキ』です!」
「母の愛、じゃと?」クラリーチェの表情がわずかに変わった。しかし、すぐに厳しさを取り戻す。「ふん、聞こえの良い名前をつけたところで、中身が伴わねば意味はない。わらわの舌を欺こうなど、百年早いわ」
ステラが今度は慎重に、しかし情熱を込めて材料を準備する。小麦粉を丁寧に振るい、卵を愛情を込めて混ぜる。
「自分、今度こそ完璧に作ります! クラリーチェ様の心に届くように! みんなで力を合わせて!」
ルルは実家で覚えた秘伝のトッピングを施す。手つきに迷いはない。
「これは〜、温泉宿で代々受け継がれてきた〜、『ふわふわ愛情クリーム』です〜! きっと幼い頃の温かい記憶を思い出していただけますよ〜!」
そして最後に、リュウカ先生が震える手で特別な魔法をかけた。
「みんなの想いを一つに! 愛の魔法!」
バチバチッ!
「あら! ちょっと電気が!」
「せ、先生! ケーキが焦げます!」
「ご、ごめんなさい!」
しかし、奇跡的にケーキは完成した。いや、奇跡ではない。四人の心が一つになったからこそ成功したのだ。
出来上がったケーキは、見た目こそ豪華ではないが、温かい愛情の光で輝いていた。まるで母親の手作りのような、素朴で優しい美しさがあった。
クラリーチェがケーキを見つめる。その瞳に、一瞬だけ何かが揺らいだ。
「ふん。見た目は悪くない。だが、味はどうかな?」彼女の声は相変わらず厳しい。「学生風情が作った菓子で、わらわの厳格な基準を満たせるとは思えんがの」
「お待ちください」アイリーンが勇気を振り絞って言った。店長として、最後まで責任を果たす決意を胸に。「一口だけでも、お試しください。私たちの想いが込もったケーキです!」
「想い、じゃと? わらわが求めるのは完璧な品質じゃ。感傷的な戯言ではない」クラリーチェは冷たく言い放ったが、フォークを手に取った。「だが、一口だけ試してやろう。不合格なら、相応の処分が待っておることを覚悟しておけ」
時が止まったような静寂。
観客席の学生たちも息を詰めて見守っている。リュウカ先生は緊張で小さく電気を放っている。
クラリーチェが口に運ぶ――
長い、長い沈黙が続いた。
四人の心臓は高鳴り続けている。これで全てが決まる。深淵魔法の恐怖が脳裏をよぎる。
「これは……」
クラリーチェの表情が、わずかに変わった。厳しい仮面に、ほんの小さなひびが入ったように見えた。
「なんと……これは……まるで……」
さらに長い沈黙。全員が息を詰めて待っている。審査官としての厳格さと、何か別の感情が彼女の中で葛藤しているようだった。
クラリーチェの瞳に、ほんの一瞬だけ、遠い記憶の光が宿った。
「まるで、わらわが本当に幼かった頃に……母が作ってくれた菓子のような……」
その瞬間、クラリーチェの表情から、普段の冷酷さが消えた。代わりに現れたのは、どこか懐かしそうな、そして少し寂しそうな表情だった。数百年の時を超えて、幼い日の記憶が蘇ったのだ。
「やった〜!」ルルが小さくガッツポーズ。
しかし、まだ結果は分からない。クラリーチェはすぐに元の表情に戻ろうとしている。
「ふん。まあ、悪くはない。じゃが、これとて本当に魔法少女の名に恥じぬ品と言えるのか?」彼女は再び厳格な審査官の仮面をかぶった。「王宮の水準と比べれば、まだまだ――」
その時、ディブロットが小声で耳打ちした。
「クラリーチェ様、素直にお認めになられてはいかがでしょうか。四人の努力と、その純粋な想いは、確かに評価に値するかと思われます。何より、これこそが真の魔法少女の心――民を守り、愛する精神の体現ではないでしょうか」
クラリーチェは少し考えるような素振りを見せた。内心では、あの懐かしい味に心を動かされていた。しかし、審査官としての厳格さも捨てることはできない。
「そうじゃな……この世界を守る魔法少女にとって最も大切なもの……それは力だけではない」
そして、もう一度ケーキを口に運んだ。
今度は、ゆっくりと味わうように。審査のためではなく、純粋にその味を楽しむように。
長い、長い時間が流れた。クラリーチェの表情に、わずかな温かさが戻ってきた。
そして――
「……認めてやろう」
クラリーチェが小さく、しかしはっきりと言った。その声には、先ほどまでの厳しさとは違う、温かい響きがあった。
「このケーキ、合格じゃ。真の魔法少女の心を表現した、立派な店と認めよう」クラリーチェの瞳に、久しぶりの優しさが宿っている。「わらわが求めていたのは、技術や見た目の美しさだけではなかった。民を想う純粋な心……それこそが魔法少女に最も必要な資質じゃ。お前たちは、それを見事に表現してみせた」
「やったああああ!」
四人が同時に飛び跳ねた。リュウカ先生の感激の電撃が花火のように舞い散る。
「ばんざい! 減給も左遷もない!」
周りの学生たちからも大きな拍手が起こる。
「本当ですか!?」アイリーンが涙で眼鏡を曇らせながら確認した。店長としての重責から解放された安堵感が、彼女を包み込んでいる。
「ああ。このケーキは……確かにわらわの心に届いた。お前たちの真心、確かに受け取ったぞ」
クラリーチェが立ち上がる。その表情は、審査を始めた時とは全く違っていた。厳格な審査官から、心を動かされた一人の女性へと変わっていた。
「わらわは長い間、完璧を求めすぎていたのかもしれん。技術や見た目の美しさばかりに目を向け、最も大切なものを見失いかけていた」彼女の声は静かだが、深い感動に満ちている。「だが、お前たちが思い出させてくれた。魔法少女の真の力は、民を想う心にあることを」
「特に、お前たちが見せた協力の姿。一人では成し得なかったであろうこの成果。それこそが、わらわが最も評価するところじゃ」
四人は改めて手を取り合った。一人では絶対に不可能だった。みんなで力を合わせたからこそ、クラリーチェの心に届いたのだ。
「お前たちの絆、そして互いを思いやる心。それがこのケーキに込められておった。だからこそ、わらわの凍てついた心をも溶かすことができたのじゃ」彼女は深く頷いた。「これぞ真の魔法少女の姿。民を守る者に必要な、最も美しい力じゃ」
その後、クラリーチェは意外にも長居をして、何度もお代わりを注文した。そして最後に、美しい魔法石の袋を置いていった。
「よく頑張ったな。このカフェを学園の公認店舗として認めてやろう。また機会があれば来るとしよう」
クラリーチェが去った後、四人は達成感と安堵で涙を流した。
「みんな! やったね!」アイリーンが感動しながら言った。店長としての責任を果たせた達成感で、心が満たされている。
「ああ! 本当に良かった!」ステラも嬉しそうだ。
「また来年もやりましょう〜!」ルルが元気よく提案した。
「みんな! 大好き!」リュウカ先生が四人を抱きしめた。
「今度は、もっとすごいカフェを作ろうね!」
学園祭の夕日が、四人の笑顔を優しく照らしていた。
退学の危機を乗り越え、クラリーチェの厳しい審査に合格した『魔法少女カフェ☆スターライト』は、こうして伝説の大成功を収めたのである。
それは、四人の心が一つになったからこそ成し得た、真の奇跡だった。
「番外編●アイリーン店長の魔法少女カフェ経営奮闘記」全3話、完結です!
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明日より、第5章「アポロナイト処刑篇」のスタートです。
処刑…? はい、いきなりショッキングな幕開けとなります。
引き続き、お楽しみいただけますと幸いです!