番外編●アイリーン店長の魔法少女カフェ経営奮闘記(1)
武流がこの世界へやって来る前――スターマジカルアカデミアを舞台にした前日譚・全3話でお届けます。
王都の北部、小高い丘の上に建つスターマジカルアカデミア。この王国最高峰の魔法学園では、十二歳から十八歳までの選ばれた魔法少女たちが日々研鑽を積んでいる。白い石材で統一された美しい校舎群の中でも、今日は特別な賑わいを見せる場所があった。
学園祭である。
中庭に設営された色とりどりの出店の中でも、ひときわ可愛らしい装飾を施した一軒のカフェが注目を集めていた。ピンクと白を基調としたテント、星と月をモチーフにした看板、そして『魔法少女カフェ☆スターライト』という名前が踊るように書かれている。
しかし、その可愛らしいカフェの中では、四人の少女たちが青い顔をして震えていた。
「み、みんな……どうしよう……」
眼鏡をかけた少女――生徒会長のアイリーン・グリモワールが、手に持った一枚の通知書を見つめながら震え声で呟いた。彼女の眼鏡の奥の瞳には、店長としての責任感と深い不安が入り混じっている。
「ク、クラリーチェ様が……今日の午後、学園祭の視察に来られるって……」
その言葉に、他の三人も顔面蒼白になった。
「クラリーチェ様って……理事長が自ら!?」
青と白の風属性の衣装に身を包んだ少女――ステラ・ウィンドロアが目を見開いた。短い金髪をポニーテールにまとめた体育会系の彼女でさえ、その名前を聞くと体が震える。
「王宮最強の魔法少女クラリーチェ様……見た目は可愛らしい幼女だけど、実際の年齢は誰も知らない深淵魔法の使い手……」
ピンク色の髪をお団子に結った小柄な少女――ルル・ポムポムが大きな声で説明した。普段は元気いっぱいの彼女も、今は声が上ずっている。
「しかも〜、審査に落ちた生徒は〜、退学だけじゃ済まなくて〜、深淵魔法で恐ろしいお仕置きをされるって〜!」
「うわあああ〜! どうしよう〜! 実家の温泉宿でも〜、そんな偉い人が来たことないよ〜!」
その時、カフェの奥から甘ったるい声が響いた。
「あら〜♪ 皆さん〜♪ どうしたの〜♪ そんなに青い顔して〜♪」
豊満な胸を強調した服を着た金髪の女性教師が現れた。リュウカ・サンダーフィスト先生――魔法戦闘術の教師で、学園一の鬼教師として恐れられている二十歳の魔法少女である。しかし、今日は顧問として参加しているため、いつもより優しい口調だった。
「リュウカ先生……」アイリーンが震え声で続けた。「去年の学園祭で、いい加減な店を出していた生徒たちが、クラリーチェ様の評価で退学になったって聞きました……」
「え!? 退学!?」ステラが飛び上がった。
「そうなんです〜!」ルルが涙目になりながら大声で説明した。「三年生の先輩たちが〜、適当に作った焼きそば屋で〜、クラリーチェ様に『こんなものは豚の餌以下じゃ』って言われて〜、その場で退学処分になったって〜! しかも〜、深淵魔法で虚空結界に閉じ込められて〜、一日中宙に浮かされて〜、恥ずかしい格好を学園中に晒されたって〜!」
「ひぃいい……」
リュウカ先生の声が急に高くなった。甘い表情が一瞬で恐怖に変わる。
「そ、それに、顧問の先生も責任を取らされて、減給になったり、左遷されたりするって……」
「な、なんですって!?」
リュウカ先生の目が見開かれた。
「わ、わたくしが減給!? 左遷!? そんなの絶対に嫌よ!」
突然、リュウカ先生の周りに電気がバチバチと走り始めた。
「ダメよ! 絶対にダメ! わたくしの美しい教師生活が!」
「せ、先生、落ち着いて!」
「絶対に成功させるのよ! みんな! 気合い入れなさい!」
リュウカ先生の電撃が四人に向かって飛んできた。
「きゃー!」
「うわー!」
四人は慌てて避ける。
「せ、先生! 雷はダメです!」
「あら! ごめんなさい! でも! クラリーチェ様に不合格なんて言われたら! わたくし! どうなっちゃうの!?」
リュウカ先生が泣き始めた。情緒不安定なのは相変わらずだった。
「せ、先生……大丈夫ですから……」
アイリーンが眼鏡を直しながら慰めようとした時、カフェの前を通りかかった上級生が立ち止まった。
「あ、君たち、クラリーチェ様の視察のこと聞いたんだ?」
「はい……」
「大変だね。クラリーチェ様の評価は絶対だから。合格すれば学園の公認店舗になれるけど、不合格なら……」
上級生は首を横に振った。
「でも頑張って! 応援してるから!」
去っていく上級生を見送りながら、四人はさらに落ち込んだ。
「うわ〜ん! 減給は嫌! 左遷も嫌! お仕置きはもっと嫌! わたくしは教師であって、生徒たちにお仕置きする立場ですのよ!? それが楽しくて教師をしているのに、その私がなぜ理事長にお仕置きされなければならないの!?」リュウカ先生が大泣きを始めた。
「えっ。リュウカ先生、生徒へのお仕置きを楽しんでる……?」ステラが引き気味にリュウカ先生を見つめる。
「とにかく、先生! みんなで頑張りましょう!」アイリーンが震える手で眼鏡を押し上げた。店長としての責任感が、恐怖に負けそうになる心を必死に支えている。「ここで諦めるわけにはいかないわ……私たちには責任があるの。お客様に美味しいものを提供する責任が。そして何より、学園の名誉を守る責任が!」
アイリーンの言葉に、他の三人も顔を上げた。
「そうですね! 諦めちゃダメです!」ステラが拳を握りしめた。
「そうだよ〜! 実家の温泉宿では〜、どんなに厳しいお客様でも〜、絶対に満足してもらうって決まりがあるんです〜!」ルルも元気を取り戻した。
「そ、そうよね! わたくしたちで力を合わせれば! きっと大丈夫よね!」リュウカ先生も涙を拭いながら立ち上がった。
四人は慌ただしく準備を始めた。しかし、リュウカ先生の情緒は相変わらず不安定で、喜んだかと思うと急に不安になって電撃を飛ばしたりしていた。
「みんな! 気合いよ!」
バチバチッ!
「せ、先生! 雷は危険です!」
「あら! ごめんなさい!」
午前中は何とか平常運転でカフェを営業していたが、全員の心臓はバクバクと高鳴り続けていた。
そして、ついに運命の時が来た。
午後二時。
中庭に突然、不穏な魔力の波動が広がった。出店で賑わっていた学園祭の会場が、瞬間的に静まり返る。
「あ……」
「来た……」
「クラリーチェ様だ……」
学生たちがざわめき始めた瞬間、美しい少女の姿が現れた。
可愛らしい顔立ちに長い黒髪、まるで人形のような美しさを持つ少女。しかし、その瞳に宿る冷たい光と、身に纏う圧倒的な魔力は、彼女が只者ではないことを物語っている。見た目は十歳程度だが、その正体を知る者は誰もその外見に騙されない。
王宮最強の魔法少女、クラリーチェである。
その肩には、黒いカラスの妖精ディブロットが止まっていた。
「ほう。毎年恒例じゃが、学園祭とは相変わらず賑やかなものじゃな」
クラリーチェの声は可愛らしいが、その響きには圧倒的な威圧感があった。
「クラリーチェ様、こちらが今年度の出店リストでございます」ディブロットが淡々とした口調で報告した。
「ふむ。今年もまた、この学園の名誉をかけた審査の時が来たか」クラリーチェの瞳が鋭く光った。「魔法少女はこの世界を守る崇高な存在。学園祭は、その学び舎に一般の民が足を運ぶ数少ない機会……半端な店で信頼を損なうわけにはいかぬ。わらわが厳正に審査してやろう」