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(12)チート主人公はドS女王に動じない

 翌朝、村の広場に人々が集まっていた。冷たい朝の空気が、俺の頬を撫でる。


 手枷と足枷を着けられた状態で、牢から連れ出された俺を見るため、数百人の村人たちが遠巻きに円を描くように立っていた。中央には簡素な木製の処刑台が設置されている。こんな田舎の村にしては大勢の人間だな。


「連れてきなさい」


 エレノアの冷たい声に応じて、二人の女性が俺を連行していく。鎖がカチャカチャと音を立てる度に、俺は現実世界のヒーローショーを思い出していた。『アポロナイト特別ステージショー』の「裁きの時」のシーンでは、アポロナイトが無実の罪で鎖につながれる演出があったっけ。


 面白いもんだな。フィクションだと思っていた展開を、今は本当に体験している。監督がこれを見たら、さぞかし喜ぶだろうな。「神代、本番と同じくらいカッコよく演じろよ」なんて言いそうだ。


 足を引きずるフリをして歩きながら、広場を観察する。村人たちの視線は恐怖と憎悪に満ちている。だが、俺はむしろワクワクしていた。生の観客の前で演じる快感。しかも今回は特殊効果も小道具もない、スーツも装着していない、素顔を晒した真のヒーローとしての登場だ。


 『アポロナイト特別ステージショー』の「裁きの時」のストーリーを思い出す。アポロナイトは惑星ジャスティアで、そこの支配者に魔法の仮面を奪ったという冤罪を着せられ、公開処刑にかけられる。だが結局は、真犯人が城の高官だったことを暴き、無実を証明するんだった。


 現実が創作を模倣するとはな。俺は内心で笑っていた。


 広場の一段高い場所に、エレノアが立っている。彼女の隣には木製の台があり、その上に青く輝くブレイサーが厳重に透明なガラスケースに入れられていた。


「この男こそ、我が妹リリアの純潔を奪った魔獣です。人の姿を借りた卑劣な存在。異世界から来たと名乗る『アポロナイト』という化け物です」


 エレノアの声が広場全体に響き渡る。その表情は一見冷静だが、怒りに震えている。


 俺が昨日魔獣と戦った時、彼女は「アポロナイト」という存在をちゃんと認識していた。なのに今になって「化け物」呼ばわりか。ご都合主義もいいところだ。


 ロザリンダとミュウが少し離れた場所から見守っている。ミュウは時折心配そうな視線を俺に送るが、俺は小さく微笑んで安心させた。


「我が妹リリアは今も眠り続けています。純潔を奪われた魔法姫の魂は、もう二度と目覚めないかもしれない」


 エレノアの言葉に村人たちがうなずく。特に女性たちの目には憎悪が宿っていた。俺がスターフェリアという世界に来て一番感じるのは、この極端な男女間の力関係と不信感だ。朝倉明日香の件があったとはいえ、この世界の方がよっぽど極端だ。


「男はみな同じです。力を持てば必ず女性を利用し、傷つけます。この男も例外ではありません。村の皆さん、これが男という存在の本質なのです」


 エレノアの言葉に、広場の端に立っていた男性たちは沈黙したまま、目を伏せた。彼らの中には年老いた農夫や若い漁師らしい姿も見える。ただ生きるために日々働く彼らが、なぜこんな屈辱を受けなければならないのか。見ていて気の毒になる。


「リリア様の純潔を奪った魔獣め!」


「男の分際で、王女様に手をかけるなんて!」


「処刑すべきだ!」


 罵声が飛び交う中、俺は冷静にショーの展開を頭の中に描いていた。観客をどう惹きつけるか。どのタイミングで逆転するか。それが最も効果的な「真実の瞬間」となるか。


 ヒーローショーの経験則でいえば、敵役が最も高慢に振る舞い、観客が「何とかしてくれ」と思うタイミングが最適だ。そして今、エレノアはまさにその役を完璧に演じている。


「エレノア様、少々言い過ぎかと」


 ロザリンダが静かに口を開いた。しかし、エレノアは彼女の言葉を無視した。


「さあ、処刑の準備をしなさい」


 彼女の命令に、二人の女性が近づき、俺を処刑台に上げようとする。さあ、俺のショータイムだ。


「エレノア、お前は何を恐れている?」


 俺は静かに、しかし広場全体に響くように声を出した。村人たちの間に静寂が広がる。


「なんですって?」エレノアの表情が強張った。


「お前が恐れているのは、俺じゃない。お前が恐れているのは、真実だ」


 子供向けショーではよく使うフレーズだが、効果は抜群だ。エレノアの顔が微かに蒼白になった。


「黙りなさい、魔獣!」彼女は声を荒げた。「あなたの言葉など誰も聞きたくない!」


「でも、村の皆さんは聞きたいんじゃないか?」


 俺は村人たちを見回した。かつてファンサービスで使った、観客を巻き込む手法だ。


「魔獣ではなく、スターフェリアの伝説に記された『光の勇者』の話を」


 エレノアの表情がさらに強張る。「あなたが光の勇者ですって!? 異世界の男を言うことを誰が信じるの!? 彼が言うのは全て嘘よ!」


「本当にそうかしら?」ロザリンダが静かに口を開いた。「エレノア、あなたもわかっているんでしょう? 彼が星の女神に導かれてきたのだと……」


「それは……」エレノアが言葉に詰まる。


 俺は手枷をつけたまま一歩前に出た。観客の注目を最大限に集める位置取りだ。アポロナイトの脚本なら、ここからが主人公の見せ場だ。


「俺を処刑する前に証明させてくれないか? 俺が魔獣ではないこと、そしてリリアの純潔を奪ったのは俺ではないということを」


 村人たちの間で囁きが広がる。俺は彼らの表情を一人一人確認していた。不安げな者、興味深げな者、怒りに満ちた者。様々な感情が混ざり合っている。


「それも皆さんに判断してもらおう」


 俺はさらに前に歩み出た。


「俺が魔獣なら、どうしてリリアを助けようとしたんだ? どうしてお前の純潔は奪おうとしないんだ?」


「黙りなさい!」


 エレノアの叫びとともに、彼女の体が青い光に包まれた。青銀色の華麗な衣装に身を包み、氷の矢を手に持ったエレノアの姿は確かに美しい。だが、演出としては拙速だった。彼女が処刑のために魔法姫に変身することは予想通りだったが、タイミングとしては早すぎる。感情に任せた行動だな。冷静な判断力が欠けている。


「もう聞き飽きたわ! あなたの言葉など、このスターフェリアに必要ないの!」


 村人たちは静かに見守っている。みんな魔法姫の変身した姿に畏怖の念を抱いているようだ。


「さようなら、異世界の魔獣」


 彼女は杖を構え、氷の矢を俺に向けて放った。鋭い氷の矢が風を切って音速で迫ってくる。


 村人たちの悲鳴が響く中、ミュウは目を覆い、ロザリンダは息を呑んだ。


 俺は内心で笑った。変身せずとも、俺の体にはアポロナイトの力が宿っている。それがこの世界に来て一番の驚きだった。


 氷の矢が胸に到達する寸前、俺は拘束された手を軽く動かした。


 次の瞬間――

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