(124)魔法姫、説教する
昼間の太陽が広場を明るく照らす中、セシリアは俺のマントに包まれながら、町の人々の視線を受けていた。
町民たちの多くは、先ほどまでの戦いを複雑な気持ちで見守っていた。セシリアの惨めな姿に溜飲を下げる一方で、女性としての彼女に同情する声も聞こえ始めていた。
「セシリア様も、あんな姿になって......」
「さすがに可哀想よね」
「でも、今まで散々威張ってたから......」
そんな町民たちの声を聞いて、セシリアの表情が急変した。
「可哀想ですって!?」
突然、セシリアが声を荒げた。俺のマントから顔を上げ、町の人々を睨み付ける。
「あなたたちに同情されるなんて、屈辱以外の何物でもありません!」
町の人々が驚いて後ずさりする。
「私は負けただけです! あなたたちに哀れまれるために戦ったわけではありません!」
セシリアの声には、相変わらずの傲慢さが滲んでいた。
「第一、あなたたちみたいな――」
俺は内心で呆れた。セシリアは俺には敗北を認めたが、本質的には何も変わっていない。町の人々を見下す態度は、全く改まっていないのだ。
俺が何か言おうとした時――。
「その辺りにしておきなさい、セシリア・クリスタリア」
冷たく威厳のある声が響いた。振り返ると、いつの間にかエレノアが広場に現れていた。彼女は腕を組み、氷のように冷たい表情でセシリアを見下ろしている。
「エレノア様!?」セシリアが青ざめた。
「いつからいらしたんですか!?」
「一部始終を見ていました」エレノアが静かに答えた。「あなたの醜態も、その後の見苦しい言い訳も、すべて」
エレノアの登場に、町の人々がざわめいた。
「魔法姫エレノア様だ!」
「本物の魔法姫様が来てくださった!」
さすがのセシリアも、王族出身であるエレノアには頭が上がらない。慌ててマントを掴み直しながら、震え声で言った。
「エレノア様、これは、その......」
「言い訳は結構」エレノアが手を上げて制した。「セシリア、あなたは今、何を学ぶべき時なのかを理解していますか?」
「え、えっと......」
「あなたは町のリーダーとして、人々の信頼を裏切り続けてきました」エレノアが厳然とした口調で続けた。「独善的な判断、高圧的な態度、そして何より、町民を『愚民』と呼んだこと――これらは、支配者として決して許されない行為です」
俺は内心で、エレノアの変化を感じていた。彼女もかつて、村で高圧的に振る舞って村人を虐げていた。あの時、俺に懲らしめられ、恥ずかしい思いをした経験がある。村の男たちの前でひれ伏し、謝罪させられた屈辱を味わった。あのことがあったからこそ、エレノアはセシリアの行為を許せないのだろう。
「真のリーダーとは」エレノアが続けた。「人々の上に立つ者ではありません。人々と共に歩む者です」
町の人々が、エレノアの言葉に聞き入っている。
「権力とは、自分の欲望を満たすためのものではありません。人々の幸福のために使うべきものです」
エレノアの声は、広場の隅々まで響いていた。
「あなたは今日、アポロナイトに敗北しました。しかし、それは単なる力の敗北ではありません。人として、リーダーとして、根本的な在り方の敗北なのです」
セシリアの顔が青ざめていく。
「私もかつて、同じ過ちを犯しました」エレノアが静かに告白した。「村人たちを見下し、自分の思い通りにしようとしました。男たちを蔑み、罵倒し、どんなに働いても感謝の言葉一つ与えませんでした」
俺は驚いた。エレノアが自分の過去の過ちを、公の場で認めるとは思わなかった。
「その結果、多くの人を傷つけました。そして私自身も、屈辱を味わうことになったのです」
エレノアの瞳に、深い反省の色が宿っている。彼女の記憶には、あの日村の男たちの前で土下座し、破れた衣服から下着が見えてしまった屈辱が刻まれているのだろう。
「しかし、私は学びました。真の強さとは、人を押さえつけることではなく、人に寄り添うことだと」
エレノアの瞳に、深い反省の色が宿っている。
「セシリア、あなたも今日から学び直してください。町民の一人一人と向き合い、彼らの声に耳を傾け、共に歩む道を見つけるのです」
町の人々から感嘆の声が上がった。
「さすが魔法姫様......」
「こんなに深いお言葉を......」
「私たちのことを、本当に理解してくださってる」
エレノアの演説に、町民たちは深く感動していた。王族出身でありながら、これほどまでに民衆のことを考えてくれる指導者に、心からの敬意を抱いているようだった。
セシリアは、エレノアの言葉を聞いて、ついに観念したようだった。マントを握りしめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「わかりました......」
彼女は町の人々の前に歩み出た。そして――深々と頭を下げた。
「皆様、今まで本当に申し訳ありませんでした!」
土下座の姿勢で、セシリアが謝罪した。しかし、マントは背中までしか覆っていないため、彼女の下半身――特に、レースのショーツに包まれた臀部が、町民たちの前に丸出しになってしまった。
「私は、町のリーダーとして失格でした! 皆様を愚民と呼び、意見を聞かず、独善的に支配しようとしました!」
セシリアの声は震えていたが、確かに反省の色が込められていた。
「これからは、皆様の声に耳を傾け、共に歩む道を見つけたいと思います! どうか、もう一度チャンスをいただけませんでしょうか!」
町の人々は、セシリアの土下座姿を複雑な気持ちで見つめていた。彼女の謝罪は確かに聞こえたが、下着姿で土下座している姿は、どこか滑稽でもあった。
「セシリア様......」
「本当に反省してるのかしら......」
俺はエレノアに近づいて、小声で話しかけた。
「エレノア、素晴らしい演説だった」
エレノアは相変わらず冷ややかな表情で答えた。
「別に、褒められるようなことではないわ。それに……あの日、あなたにされたことを許したわけじゃないから。そのことは覚えておきなさい」
彼女は俺を見つめて続けた。
「それより、武流。あなたも随分と手荒なことをしたわね」
「必要だったと思う」俺は率直に答えた。「セシリアの傲慢さは、普通の方法では治らなかっただろう」
「まあ、結果的には良かったのかもしれないわね」エレノアが小さくため息をついた。
しかし、俺はセシリアの様子に違和感を覚えていた。確かに彼女は土下座して謝罪している。しかし、その表情を見ると、心の底から反省しているようには見えない。
セシリアの瞳の奥に、俺への憎しみのようなものが宿っているのを感じた。
彼女は表面的には降参し、謝罪している。しかし、内心では、自分を辱めた俺に対する怒りを燃やしているのではないか。そう、エレノアのように……。
このままでは、いずれ何らかの形で復讐を企ててくるかもしれない。
俺は内心で警戒心を抱きながら、セシリアの土下座を見つめていた。
「皆様、どうか許してください!」
セシリアの声が広場に響く。しかし、俺にはその声が、どこか空虚に聞こえた。
本当の反省とは、こんなものだろうか。それとも、これは新たな火種の始まりなのだろうか。
俺は気持ちを切り替えた。それより、歌劇の準備をしなければならない。短期間で、観客の前で上演できるレベルまで仕上げる必要がある。
そのためには、この町の協力が不可欠だ。特に、セシリアの協力なしには、町を挙げての公演は実現できない。
彼女の心の奥にある憎しみは気になるが、今は歌劇の成功を最優先に考えなければならない。
昼間の太陽が照りつける中、俺は新たな挑戦への決意を固めていた。