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(119)魔法少女セシリアからの呼び出し

 駆けてきたステラが息を切らしながら報告した。


「武流先生! この町の行政リーダーの方から、ルルのご両親と武流先生にお話があるそうです!」


「行政リーダー?」俺は首を傾げた。


「はい! とても大事なお話だって言ってました! すぐに来てほしいそうです!」


 ルルの両親の顔が一瞬で青ざめた。


「セシリア様からのお呼び出し......」父親が震え声で呟いた。


「一体何をしでかしたのでしょうか......」母親も冷や汗を流している。


「セシリア?」俺が首を傾げると、ルルの父親が慌てて説明した。


「セシリア・クリスタリア様は、この町の長老のお孫さんで、現在の行政のリーダーをされているお方です」


「とても優秀で美しい魔法少女なのですが......」母親が続けた。「その......かなり気難しいお方でして......」


「気難しい?」


「はい......」父親がビクビクしながら説明した。「完璧主義者で、少しでも気に入らないことがあると、厳しくお叱りを受けるのです」


「まさか、昨夜の魔獣騒動で何か問題が......」母親が不安そうに呟いた。


「魔獣を鎮めたのは良かったけれど、建物に被害を与えたとか......」


「それとも、騒音で町民に迷惑をかけたとか......」


「そのせいで苦情が殺到しているとか……」


 両親がどんどん悪い方向に考えを巡らせている。


「落ち着いてください」俺が宥めようとしたが、二人の心配は止まらない。


「セシリア様のお怒りを買ったら、この町にいられなくなります......」


「もしかすると、温泉宿の営業停止を命じられるかも......」


「とりあえず、行ってみましょう」俺は立ち上がった。「話を聞かないことには始まりません」


 俺はルルの両親と共に、ステラの案内で町の中心部へ向かった。


 ☆


 町のリーダーが住む家は、温泉街の中心部にある瀟洒な洋館だった。石造りの重厚な建物で、まるで貴族の邸宅のような威厳がある。


 案内された応接室で待っていたのは、俺の予想を超える美女だった。


 長い銀髪を後ろで一つに束ね、知的で凛とした表情をした女性。年齢は二十代前半といったところか。整った顔立ちで、まさにクールビューティーという言葉がぴったりだった。しかし、その表情は無表情で、何を考えているのか全く読めない。


「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます」


 彼女は立ち上がって、感情を込めない冷静な声で挨拶した。


「私はセシリア・クリスタリア。祖父に代わって、この町の行政を担当しております」


「神代武流です。よろしくお願いします」


 俺も丁寧に挨拶を返したが、内心では警戒していた。確かに、ルルの両親が怯えるのも理解できる。この女性からは、近寄りがたい雰囲気が漂っている。


 俺は心の中で思った。エレノアが村の指揮権を握っていたのと同様、この世界では魔法少女の地位が高いのだろう。セシリアも、その例に漏れないということか。


 ルルの両親は完全に萎縮しており、まるで罪人のように身を縮こまらせている。


「それで、どのようなご用件でしょうか?」俺が尋ねた。


 セシリアの鋭い視線が俺を見据えた。


「単刀直入に申し上げます」彼女が冷静に言った。「あなたがアポロナイトだということを知っております」


 俺は内心で身構えた。やはり、昨夜の騒動がバレているのか。


「どうして、それを?」


「昨日のことです」セシリアが冷静に答えた。「温泉宿で起きた出来事を、町の住人が目撃しました」


 彼女の表情は相変わらず無表情で、何を考えているのかわからない。


「温泉から巨大な魔獣が現れ、それをアポロナイトの指示のもと、魔法少女たちが歌で鎮めたと聞いております」


 俺とルルの両親に緊張が走った。怒られるのだろうか。


「事実確認をしたいのですが」セシリアが続けた。「詳しく教えていただけますか?」


 俺は簡潔に昨夜の出来事を説明した。


「実は、俺はスターマジカルアカデミアという魔法少女学園で教師をしております。そこに魔法少女歌劇団というクラブがあり、その顧問として合宿に来ていました」


「歌劇団?」セシリアが首を傾げた。


「歌と踊りと演技を組み合わせた舞台芸術です。昨夜は、その練習で歌った歌が、偶然にも魔獣に有効だったということです」


 セシリアの表情が微かに変わった。興味深そうな光が、その瞳に宿る。


「歌劇......というものが、よくわからないのですが......私もスターマジカルアカデミアの出身なのですが、そのようなサークルは存在しませんでした」


 俺は思い出した。この世界の人々は、演劇という概念を知らない。歌劇について説明する必要がある。


「歌劇とは、物語を歌と踊りと演技で表現する芸術です」俺は丁寧に説明し始めた。「役者が登場人物を演じて、観客に物語を見せるのです」


「物語を......見せる?」セシリアがさらに首を傾げた。


「例えば、昔話や伝説を、実際に人が演じて再現するんです。衣装を着て、セリフを言って、歌を歌いながら物語を進めていく」


 俺は学園での説明と同じように、歌劇について詳しく話した。観客を楽しませ、感動させるエンターテイメントであること。俺の世界では非常に人気があったこと。


「なるほど......」セシリアが理解し始めた様子だった。「つまり、虚構の物語を現実のように演じるということですね」


「そうです。そして、それを見ることで、人々は楽しみ、感動し、勇気をもらうのです」


 その瞬間、セシリアの表情が劇的に変わった。


 無表情だった顔に、急に輝きが宿る。瞳が、まるで星のように煌めいた。


「素晴らしい......! 私もそのようなサークルに参加してみたかった......!」


 彼女は椅子から立ち上がり、なんと俺の前に跪いた。


「……!?」俺が慌てた。


「アポロナイト様!」セシリアが興奮した声で叫んだ。「お願いがございます!」


 先ほどまでのクールな態度は完全に消え去り、まるで少女のような純粋な期待に満ちた表情になっている。


「ぜひ、その歌劇というものを、この町の人々の前で上演していただけませんでしょうか!」


 セシリアの声には、深い感動と期待が込められていた。


「我が町の人々は、日々の生活に疲れております。温泉業も不況で、皆、元気を失いかけています」


 確かに、ルルの両親も経営難で困っていると言っていた。


「そんな時に、アポロナイト様の魔法少女歌劇団による公演があれば」セシリアが興奮して続けた。「人々を勇気づけ、楽しませる最高の娯楽になるのではないでしょうか!」


 俺は彼女の豹変ぶりに困惑していた。クールな知的美女だと思っていたのに、歌劇の話になった途端、こんなに感情的になるとは。


「えっと......立ち上がってください」俺が恐縮して言った。


「皆様の美しい歌声と踊り、そして物語の力で、この町に希望の光を灯していただけませんか!」


 セシリアの瞳には、真剣な想いが宿っている。単なる娯楽としてではなく、町の人々を元気づけるために歌劇を求めているのだ。


「どうでしょうか、アポロナイト様!」


 ルルの両親も安堵と期待の混じった表情で俺を見つめている。怒られるどころか、まさかの依頼だったとは。


 俺は内心で考えた。


 確かに、悪い話ではない。歌劇団の生徒たちにとっても、実際の観客の前で演技する良い経験になるだろう。そして、この町の人々が少しでも元気になれるなら、それは意義のあることだ。


 しかし、決断する前に、生徒たちの意見も聞かなければならない。彼女たちが賛成しなければ、公演は成り立たない。


 それに、まだ脚本も完成していないし、稽古も十分とは言えない。果たして、観客の前で上演できるレベルまで仕上げることができるだろうか。


 それに何より、俺の本当の目的は、深淵魔法を司る妖精アステリアの情報を探ることだ。歌劇の公演に集中していては、それもままならない。


「お気持ちは嬉しいのですが......」俺は慎重に言葉を選んだ。


 セシリアが期待に満ちた表情で俺の返事を待っている。ルルの両親も固唾を呑んで見守っている。


 この提案を受けるべきか、それとも――。

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