(115)古文書の迷宮へ
温泉旅館の豪華な食堂に、朝の光が差し込んでいる。長いマホガニーのテーブルには、宿自慢の和洋折衷の朝食が並べられていた。
焼き立てのパン、ふわふわのオムレツ、地元産の野菜を使ったサラダ、そして魔力を高める効果があるという特製の果物ジュース。すべてが最高級の食材で作られており、その香りだけで食欲をそそられる。
「みなさ〜ん♪ どうですか〜? 我が家の朝食は♪」ルルが胸を張って自慢した。「この特製オムレツは、魔力を高める特別な卵を使ってるんですよ〜♪」
「本当にすごいわね」エレノアも感心している。「王宮の朝食より豪華かもしれないわ」
「理論的に分析すると、この食材の品質は最上級ですね」アイリーンが眼鏡を光らせながら言った。
「自分、こんな美味しい朝食初めてです!」ステラも感激している。
魔法少女たちがそれぞれ思い思いに朝食を楽しんでいる中、俺は昨夜の夢のことを考えていた。
明日香――いや、セレーネの言葉が頭から離れない。確かに、俺はここに来た本当の目的を見失いかけていた。歌劇団の活動も大切だが、アステリアを探すことこそが最優先のはずだ。
そして、彼女が指摘した支配欲についても――。
「武流先生〜♪」
リュウカ先生の甘い声が俺を現実に引き戻した。彼女は豊満な胸を強調したサマードレス姿で、不満そうな表情を浮かべている。
「昨夜の花火、とても残念でしたわ〜♪」
「花火?」
「はい〜♪ 皆様が外で楽しそうに花火を見ていらしたのに、わたくし、ぐっすり眠ってしまって見逃してしまいましたの〜♪」
リュウカ先生が悔しそうに唇を尖らせた。
「武流先生の魔力で作られた花火、きっととても美しかったんでしょうね〜♪ わたくしも一緒に見たかったですわ〜♪」
生徒たちが苦笑いを浮かべている。昨夜の「花火」がメリッサ本人だったことは、誰も言わない。
「そういえば」俺は話題を変えるように言った。「今日の午前中は自主練習をしてもらおう」
「自主練習ですか?」アイリーンが眼鏡を光らせて尋ねた。
「ああ。アイリーン、ステラは、他のみんなと一緒に、歌とダンスの基礎練習を重点的にやってくれ」
「わかりました〜♪」ルルが元気よく返事をした。
「理論的な練習法で、効率よく上達してみせます」アイリーンも意欲的だ。
「自分、体力には自信があります! 頑張ります!」ステラも拳を握りしめている。
「リュウカ先生、三人の指導をお願いします」
「はい〜♪ 任せてくださいまし〜♪」リュウカ先生が嬉しそうに胸を張った。「愛の特訓で、しっかりと鍛えて差し上げますわ〜♪」
生徒たちの顔が少し青ざめたが、俺は気にしなかった。
「それじゃあ、俺は他のメンバーと別の用事があるから、よろしく頼む」
俺はエレノア、リリア、ミュウに目配せした。三人が小さく頷いたのを確認する。
☆
朝食後、俺たちは宿の応接室に集まった。豪華なソファが置かれた部屋で、窓からは美しい庭園が見える。
「それで? 何の話かしら?」エレノアが腕を組んで尋ねた。
俺は三人を見回してから口を開いた。
「俺たちがここに来た本当の目的を、もう一度確認したい」
「本当の目的?」リリアが首を傾げた。
「アステリアだ」俺は真剣な表情で言った。「百年以上前の魔法少女アリエル・フロストヘイヴンと契約した妖精アステリアの手がかりを探すこと。それが俺たちの最優先の目標のはずだ」
エレノアの表情が引き締まった。
「確かに、歌劇団の活動に夢中になって、本来の目的を見失いかけていたわね」
「わたくしも、楽しい合宿気分になってしまっていたのです」ミュウが猫耳を垂らしながら反省している。
「ボクも」リリアが申し訳なさそうに俯いた。「師匠と一緒に温泉に入れて、嬉しくて浮かれちゃってた」
俺は彼女たちの肩に手を置いた。
「気にするな。俺も同じだった。でも、今から本格的に調査を始めよう」
「でも、どこから手をつければいいの?」エレノアが疑問を口にした。「ルルの話では古い記録があるということだったけど」
「それについて、ルルに詳しく聞いてみよう」
俺は応接室のドアを開けて、廊下でお土産の整理をしていたルルに声をかけた。
「ルル、ちょっといいか?」
「はい〜♪ 何ですか、武流先生〜♪」
ルルが元気よく応接室に入ってきた。
「昨日、お前の家には百年以上前の古い記録があるって言ってたよな?」
「あ〜、そうですね〜♪」ルルが人差し指を顎に当てて考える仕草をした。「でも、詳しくは知らないんです〜♪」
「知らない?」
「はい〜♪ ルル、そういう難しいことはよくわからなくて〜♪」
彼女は無邪気に笑っている。確かに、ルルは天真爛漫だが、学術的なことには興味がなさそうだ。
「それじゃあ、お父さんかお母さんに聞いてもらえるか?」
「わかりました〜♪ すぐに呼んできますね〜♪」
ルルが大声で両親を呼びに行く。数分後、彼女と一緒にルルの両親が応接室にやってきた。
「武流先生〜、お呼びでしょうか〜?」母親が嬉しそうに言った。
「実は、百年以上前の魔法少女に関する記録について、お聞きしたいことがあるんです」
俺の言葉に、両親が顔を見合わせた。
「百年以上前の記録ですか」父親が首を傾げた。「そこまで古いものとなると......」
「残っているかどうか、正直なところ自信がありませんの」母親も困惑している。
俺は少し落胆した。やはり、そんなに古い記録は残っていないのだろうか。
「でも」父親が突然手を叩いた。「そういえば、先代――私の父の書庫には、かなり古い資料が保管されています」
「先代?」エレノアが興味深そうに尋ねた。
「はい。私の父は古文書の研究者でもありまして」母親が説明した。「この温泉を経営する傍ら、スターフェリアの歴史に関する資料を収集していたんですの」
「古文書研究者!?」リリアが目を輝かせた。「それは期待できそうですね!」
「ただ」父親の表情が少し曇った。「父は五年前に亡くなりまして......書庫の整理もまだ手つかずの状態なんです」
「それでも、見せてもらえませんか?」俺は食い下がった。「もしかすると、俺たちが探している情報があるかもしれません」
両親が再び顔を見合わせて、頷いた。
「わかりました。ご案内いたします」
☆
俺たちが案内されたのは、豪邸の最上階にある巨大な部屋だった。
「こちらが父の書庫になります」
扉が開かれた瞬間、俺たちは絶句した。
部屋の壁一面に、天井まで届く巨大な本棚が設置されている。その本棚には、無数の古文書、巻物、皮装丁の書物が整然と並べられていた。部屋の中央には大きな机が置かれ、その上にも資料が山積みになっている。
「すごい......」エレノアも圧倒されている。
「わたくし、こんなにたくさんの本、初めて見るのです......」ミュウが猫耳をピクピクと動かしながら呟いた。
「師匠......これ、全部調べるの?」リリアが不安そうに俺を見上げた。
俺も、この膨大な量の資料を前にして、途方に暮れていた。
「父は本当に研究熱心でして」母親が誇らしげに言った。「スターフェリア王国の建国以来の歴史資料を、片っ端から収集していたんですの」
「魔法少女に関する記録も、かなりあると思います」父親が付け加えた。「特に、古い時代の魔法少女の活動記録には興味を持っていましたから」
「それは心強いですが......」俺は本棚を見上げた。「この量では、探すだけで何日もかかりそうです」
「でも、やるしかないでしょう」エレノアが決然と言った。「アステリアの手がかりは、きっとこの中にある」
「そうですね」リリアも頷いた。「ボクの魔力を取り戻すためにも、頑張らないと」
「わたくしも手伝うのです!」ミュウが猫耳を立てて宣言した。
俺は三人の決意を見て、心を決めた。
「よし、それじゃあ手分けして調べよう」
俺は書庫を見回しながら、作戦を立てた。
「エレノア、お前は王族として歴史に詳しいから、王室関連の資料を頼む」
「わかったわ」
「リリア、お前はフロストヘイヴン家の血筋だから、家系関連の資料を」
「はい、師匠!」
「ミュウは魔法に関する専門知識があるから、魔法技術関連の資料を」
「わかったのです!」
「俺は妖精や契約に関する資料を調べる」
四人で手分けすることで、効率よく調査を進められるはずだ。
俺たちは、それぞれ担当する分野の本棚に向かい、古文書を手に取り始めた。
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