(11)3人目の魔法少女は猫耳にゃんにゃん
猫族の魔法少女ミュウが、変身ブレイザーを差し出している。
だが、俺は手を伸ばさなかった。「受け取れない。これがないとエレノアに気づかれて、君が罰せられるだろう」
「え? でも……」ミュウは戸惑う。
「心配してくれるのはありがたいが、これはもとの場所に戻しておいてくれ。俺は当面、これがなくても大丈夫だ」
ミュウは少し困った顔をしたが、ブレイサーを袖の中にしまい直した。
「でも、武流様を助けたいのです。わたくしが今から変身するので見ていてくださいなのです」
ミュウは少し離れると、目を閉じて精神を集中した。
淡い緑色の光に包まれ、彼女の姿が変わっていく。猫耳と尻尾はそのままに、全身が緑と白のドレス風の衣装に包まれた。膝丈のスカートと長い靴下、腰には翠玉をあしらった帯。胸元には小さな鈴がついた緑色のブローチ。手には葉の形をした緑色の杖を持っている。光が収まると、そこには可愛らしい魔法少女の姿があった。
「久しぶりに変身したのです」彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「名乗りはないのか?」俺は不思議に思って尋ねた。
「名乗り……?」ミュウは首を傾げた。
「そう、変身した後に名前を言ってポーズを決めるんだ。例えば……『風と音の守護者、魔法少女ミュウ・フェリス!』みたいな」
「えっ?」ミュウは真っ赤になった。「そ、そんなこと……恥ずかしいのです……」
「ポーズももっと可愛くした方がいい。変身のフィニッシュで、こう……」俺は手首をくるりと回して、人差し指と小指を立てた猫のポーズを見せた。「にゃんにゃん♪みたいな」
「え、えぇ!? にゃんにゃん!?」ミュウは真っ赤になって、両手で顔を覆った。「そんなあざといポーズ……わたくしには畏れ多いのです……」
「魔法少女の基本だぞ。強いインパクトがないと」
「うーん、魔法の詠唱のようなものなのですね……」ミュウは理解したようだが、まだ恥ずかしさで猫耳が激しく動いていた。それでも、どこか嬉しそうな表情も見える。「武流様からダメ出しされるなんて……ちょっと光栄なのです……」
俺は思わず笑みを浮かべた。彼女の素直な反応に、どこか心が温かくなる。
「武流様、これでお手伝いするのです!」ミュウは杖を俺の手枷に向けた。
「待て、破壊しないでくれ。今逃げたら、犯人と思われる」
「えっ? でも、このままでは逃げられないのです」
「逃げる必要はない」俺は静かに言った。「手枷は付けたままの方がいい」
「でも……でも……」ミュウは困ったように猫耳を下げた。「明日は処刑なのです!」
「心配するな。そうはならない」自信を持って言った。「ところで、なぜ王家に仕える君が、俺を助ける?」
ミュウは一瞬戸惑い、それから緊張したように尻尾をピンと立てた。
「あの……実はですね……」彼女はもじもじと手を握り合わせた。「エレノア様はとても……傲慢なお方なのです。特に最近は……村の人たちを見下しているのです。特に男性の人たちを……」
「この世界では当然なんじゃないのか?」
「そんなことはないのです!」ミュウは急に強い口調になった。「確かにスターフェリアでは女性の方が地位が高いのです。魔法姫は偉い存在なのです。でも……生まれだけで人を判断するのは間違っているのです」
彼女の真剣な眼差しに、俺は少し驚いた。
「村の農夫たちが収穫の報告に来たとき、エレノア様は礼も言わず、逆に収穫量が減っていることを叱責したのです。それから、森番のトーマスさんが魔獣の情報を伝えに来たのに、『お前は仕事が遅すぎる』と怒って罰を与えたのです」
ミュウの目には怒りと悲しみが浮かんでいた。
「わたくしはこの耳と尻尾のせいで、いつも変わり者扱いされてきたのです」ミュウは白銀の猫耳を触った。「フェリス族は昔はもっと大勢いたのですが、今はこの村にわたくしだけなのです。だから……辛い気持ちがわかるのです」
「ところで、気になっていたんだが……」俺は少し考えてから言った。「王族であるエレノアとリリアがなぜこんな小さな村にいるんだ? 本来なら王宮にいるはずだろう?」
ミュウの耳がぴくりと動き、尻尾の動きが止まった。彼女は少し表情を曇らせた。
「それは……」彼女は言葉を選ぶように慎重に話し始めた。「とても重い事情があるのです。簡単には話せないのです……」
彼女の様子から、これはデリケートな問題らしいと俺は察した。
「エレノア様とリリア様は……王宮で大変な出来事を経験されたのです。お二人には同情の余地もあるのです……」ミュウは言葉を濁した。「いつか彼女たち自身が話してくれることを願うのです」
俺はこれ以上追及せず、頷いた。王宮で何かがあり、それが彼女たちの性格や行動に影響しているのだろう。
「エレノア様は村の長であるロザリンダ様の言うことも聞かないのか?」
「はい、全然聞かないのです」ミュウは力なく頷いた。「ロザリンダ様は元魔法少女で賢い方なのです。でも、王女様のエレノア様には逆らえないのです。みんな手を焼いているのです」
彼女はふっと息を吐き、少し目を伏せた。
「でも……リリア様が純潔を奪われたことは、本当に可哀想なのです。あんなに明るかったリリア様が、もう魔法少女になれないなんて……エレノア様が怒るのも、少しわかるのです」
ミュウの声には複雑な感情が混ざっていた。しかし、すぐに顔を上げて続けた。
「でも、それでも間違ったことは間違っているのです! 武流様は悪くないのに、処刑されるなんて!」
俺は微笑んだ。この純粋な少女の熱意に、心を動かされた。
「武流様、早く自由になって、わたくしたちの師匠になってほしいのです!」
「師匠? 君も俺に弟子入りを希望するのか」
「もちろんなのです。武流様ならきっと、この村を変えられるのです。エレノア様を懲らしめてくれるのです」
「懲らしめる?」
「はい!」ミュウは力強く頷いた。「悪いエレノア様に、正しい道を教えてほしいのです。わたくしはエレノア様のお側にいる身だから言えないのです。でも武流様なら……」
俺は微笑んだ。この魔法少女の期待に応えてやりたい気持ちが沸き起こった。この世界を支配するという野望は変わらない。だが、ただの支配ではなく、真の正義と秩序をもたらす――それが女神の意図なのかもしれない。
「わかった。約束しよう。明日の裁きの場で、エレノア王女に真実を教えてやる」
ミュウの顔が輝いた。「本当なのです? ありがとうございますなのです!」
彼女はあまりの嬉しさに小さくぴょんぴょんと飛び跳ねた。その仕草に、俺は思わず本心から笑った。スタジオでは常に演技だった笑顔。だが今は違う。この少女の純粋さが、俺の心の何かを動かしていた。
「武流様、わたくしは明日の裁きでは、エレノア様の側にいなければいけないのです。でも……心はずっと武流様の味方なのです」
「ありがとう、ミュウ」
彼女はブレイサーを大事そうに袖の中にしまい直した。「これはもとの場所に戻しておくのです。エレノア様に気づかれないように……。でも、いざとなれば武流様のもとへ持って駆けつけるのです」
「頼んだぞ」俺は頷いた。
「では、わたくしはこれで! また明日!」
彼女は少し笑みを浮かべ、変身を解くと、元の姿に戻った。そして猫のように静かに獄舎を後にした。
俺は月明かりの中、明日への思いを巡らせた。現実世界では、正義の味方を演じてきたが、心の奥底ではいつもその世界に抗っていた。権力に屈し、愛想笑いを浮かべながら、内心では復讐を誓っていた。
だが今、俺の中に芽生えた感情は少し違った。この世界に希望を抱く者がいる。彼女の期待に応えたいという、不思議な気持ち。
それは演技ではなく、本当の感情だった。
獄舎の窓から漏れる月明かりが、俺の顔を照らし出した。明日の裁きの場で、俺は真の姿を見せる。それは支配者としての第一歩となるだろう。