(110)真夜中の大騒動
「表に出なさい! 今すぐよ!」
メリッサは俺の腕を引っ張りながら、豪邸の廊下を歩いていく。彼女の手は炎の魔力で異常に熱く、服の袖が焦げる匂いが漂っていた。
「ちょっと、そんなに急がなくても――」
「急ぐに決まってるでしょう! あなたへの復讐を、一秒でも早く果たしたいのよ!」
メリッサは俺を引きずりながら、宿の裏手に向かって歩いていく。彼女の炎が廊下の絨毯を焦がし、壁紙がくすんでいく。このままでは本当に火事になってしまう。
「メリッサ、落ち着け。話し合いで――」
「話し合い!?」彼女が振り返って俺を睨み付けた。「あなたとは話し合うことなんて何もないわ! 炎で焼き尽くして、灰にして、私の足元で土下座させるだけよ!」
俺たちは宿の裏手の空き地に到着した。月明かりが照らす広々とした敷地で、周囲には木々が茂っている。確かに、ここなら戦闘になっても建物に被害は及ばないだろう。
「ここで決着をつけるのよ!」
メリッサが宣言すると同時に、彼女の全身から炎が噴き出した。夜の空気を赤く染める炎の柱が立ち上がり、周囲の草木が一瞬で焦げる。
「覚悟なさい! 私の怒りの炎で――」
「武流先生!?」
突然、宿の方から声が聞こえてきた。俺とメリッサが振り返ると、窓から顔を覗かせている魔法少女の姿が見えた。
「何があったんですか!?」
その声に続いて、次々と窓に明かりが灯り始める。
「武流先生の声が聞こえたような……」
「外で何か騒いでない?」
「あ! 本当に武流先生がいる!」
俺は内心で頭を抱えた。完全にバレてしまった。
数分後、魔法少女たちが次々と宿から出てきた。みんな慌てて服を着た様子で、髪がボサボサだったり、靴を履き間違えていたりしている。
「武流先生! 大丈夫ですか!?」
リリアが真っ先に駆け寄ってきた。続いて、ミュウ、ステラ、アイリーン、ルル、そして他の生徒たちも俺の周りを囲む。
「わたくし、炎の匂いがするのです! 武流様に何かあったのですか!?」ミュウが猫耳をピクピクと動かしながら心配そうに尋ねた。
「自分、武流先生を襲う奴は許しません!」ステラが拳を握りしめている。
最後にエレノアが現れた。彼女は他の生徒たちよりも冷静で、すぐに状況を把握したようだった。
「武流、一体何が――」
エレノアの視線がメリッサに向けられた瞬間、空気が凍りついた。
「あら、あら……」メリッサが嘲笑的な笑みを浮かべた。「これはこれは、『お漏らし姫』じゃないの」
エレノアの表情が一瞬で怒りに変わった。
「メリッサ……!」
「久しぶりね。元気にしてた? ああ、そうそう、今でも夜中におねしょしてるのかしら?」
メリッサの嘲笑に、エレノアの周りに氷の粒子が舞い始めた。
「黙りなさい……!」
「あら、怖い怖い。でも、どんなに威嚇しても、あなたが三年前に王宮で惨めにお漏らしした事実は変わらないのよ?」
リリアと他の魔法少女たちが、二人の間に割って入ろうとした。
「やめて! お姉様をそんな風に言わないで!」
「そうですよ! エレノア先輩をバカにするなんて!」
しかし、メリッサは魔法少女たちを一瞥すると、さらに軽蔑的な表情を浮かべた。
「あら? あなたたち、一体何者?」
彼女の視線が学園の制服を着た生徒たちを見回す。
「制服を見る限り……まさか魔法少女学園の生徒?」
「そうです!」ステラが胸を張って答えた。「私たちは魔法少女学園の生徒で、武流先生に指導してもらってるんです!」
「武流先生?」メリッサが俺を見て、そして生徒たちを見て、呆れたような笑い声を上げた。「あはははは! まさか、この男が先生ですって?」
彼女の笑い声が夜空に響く。
「冗談もほどほどにしなさい! こんな奴隷が先生なんて、笑わせないでちょうだい!」
生徒たちの表情が怒りに変わった。
「武流先生は奴隷なんかじゃありません!」リリアが叫んだ。
「そうです! 武流先生は素晴らしい先生なんです!」アイリーンも反論する。
「わたくしたちの大切な先生を侮辱するなんて許せないのです!」ミュウの猫耳が怒りで立っている。
しかし、メリッサは聞く耳を持たなかった。
「あなたたち、完全に騙されてるのよ。その男は所詮、ケツの青いガキどもを騙すのが得意な詐欺師なの」
「詐欺師って何ですか!?」ルルが大声で抗議した。
「先生の資質なんて、欠片もないわよ。第一、男性が魔法少女を指導するなんて、そんなバカな話があるわけないでしょう?」
メリッサは魔法少女たちを見下すような視線を向けた。
「あなたたちみたいな所詮はケツの青いガキどもが、世間知らずで騙されてるだけなのよ。哀れね」
その侮辱的な言葉に、生徒たちの怒りが頂点に達した。
「武流先生をバカにするな!」ステラが怒鳴った。
「先生は本当にすごい人なんです!」アイリーンが眼鏡を光らせながら抗議する。
「私たちは騙されてなんかいません!」別の生徒も叫んだ。
リリアが前に出て、メリッサを睨み付けた。
「武流師匠は、ボクたちに魔法少女歌劇団を教えてくれたんです! 歌と踊りと演技を組み合わせた、素晴らしい文化を!」
「歌劇団?」メリッサが首を傾げた。「何それ? 聞いたことないわね」
「この世界にはない、師匠の世界の文化なんです!」リリアが説明する。「みんなで一つの物語を演じて、観客に感動を与えるんです!」
「ちょっと待ちなさい」メリッサが手を上げた。「あなたたち、まさかその男と一緒に旅行してるわけ? 温泉にも一緒に入ったりして?」
生徒たちが顔を赤くして頷く。
「はい……昨日は一緒に温泉に……」
「きゃああああ!」メリッサが絶叫した。「あなたたち、完全に騙されてるじゃない! その男、あなたたちの体が目当てなのよ! 教師なんて名目で近づいて、一緒にお風呂に入るなんて!」
「違います!」リリアが必死に否定した。「師匠はそんな人じゃありません!」
「そうです! 武流先生は紳士です!」アイリーンも反論する。
「いいえ、あなたたちが無知すぎるのよ」メリッサが憐れむような目で生徒たちを見た。「男なんて、みんなそんなものなの。特にその男は、アポロナイト様にも余計な入れ知恵をして、私の恋路を邪魔したのよ」
俺は口を挟んだ。
「メリッサ、生徒たちに八つ当たりするのはやめろ」
「八つ当たり?」メリッサが俺を睨み付けた。「違うわ。これは真実を教えてあげてるのよ」
彼女の全身から炎が立ち上った。
「だから今から証明してあげるわ。この男をここで黒焦げにして、土下座させてやるから、みんな見ていなさい」
メリッサの炎が激しく燃え上がり、周囲の温度が急激に上昇した。
「そうすれば、あなたたちも目が覚めるでしょう。この男が、どんなに情けない存在なのかを」
生徒たちが慌てて武流の前に立ちはだかろうとした。
「やめてください!」
「武流先生に手を出さないで!」
「みんな、下がっていろ」
俺は生徒たちを制止した。
「これは俺とメリッサの問題だ。君たちは巻き込まれる必要はない」
「でも、武流先生!」リリアが心配そうに俺を見上げる。
「大丈夫だ」俺は彼女の頭を軽く撫でた。「心配するな」
しかし、その時――。
「武流先生はアポロナイトなんだから、あんたなんかに負けるはずがない!」
ルルが大声で叫んだ。
その瞬間、空気が凍りついた。
メリッサの目が大きく見開かれ、俺を見つめる。生徒たちも、自分たちが口にしてはいけないことを言ってしまったことに気づいて青ざめた。
ルルも自分の失言に気づいて、両手で口を覆った。
「あ……」
俺は内心で苦笑した。
あ、バレちゃったか――。