(109)メリッサとの意外な再会
豪華な夕食が終わり、魔法少女たちもそれぞれの部屋に戻って眠りについた頃――俺は一人、宿の廊下を歩いていた。
食事の際に飲んだ特製フルーツジュースの利尿作用が思ったより強く、用を足すために部屋を出たのだ。この豪邸のトイレも、当然ながら宮殿並みの豪華さだった。大理石の床、金の装飾が施された便器、そして香水のような良い香りが漂っている。
用事を済ませて部屋に戻る途中、俺は廊下の角で人影を見つけた。
夜中にこんな時間に起きているのは誰だろう――そう思いながら近づくと、見覚えのある赤と黒の髪の色が目に入った。
俺は息を呑んだ。
メリッサだった。
王宮最強の炎の魔法少女として君臨していた女性。豊満な胸と腰のくびれを強調した赤いドレスに身を包み、情熱的な美貌で多くの男性を魅了してきた。しかし、王宮でのプロポーズ事件で惨敗し、王宮から追放された――はずの人物だ。
そのメリッサが、なぜこの温泉地にいるのか。
彼女は俺に背中を向けて立っており、窓の外を見つめている。月明かりが彼女の横顔を照らし、どこか憂鬱そうな表情を浮かべていた。
俺がどう対応すべきか考えていると、彼女が振り返った。
「あら?」
メリッサの目が俺を捉えた瞬間、その表情が驚愕に変わった。
「あ、あなたは......! アポロナイト様の配下の......!」
彼女の声が廊下に響く。幸い、魔法少女たちの部屋からは離れているので、起こしてしまう心配はなさそうだ。そして――やはり彼女は俺がアポロナイトその人だということには気づいていない。
「やあ、メリッサ」俺は軽く手を上げて挨拶した。「こんな夜中にどうしたんだ?」
「どうしたですって!?」
メリッサの表情が一瞬で怒りに変わった。彼女の周りに炎の粒子がパチパチと舞い始める。
「あなたのせいで! あなたのせいで私は!」
彼女の声が次第に大きくなっていく。俺は慌てて人差し指を唇に当てた。
「静かに。みんなが寝てるんだ」
「静かになんてできるわけないでしょう!」メリッサは怒鳴りながらも、声のボリュームを少し下げた。「あなたたちのせいで、私の人生はめちゃくちゃよ!」
俺は興味深く彼女の話を聞くことにした。確かに、王宮での公開プロポーズ事件の後、メリッサがどうなったのかは気になっていた。
「何があったんだ?」
メリッサの目に涙が浮かぶ。「クラリーチェ様に、さんざんお仕置きされたのよ!」
彼女は拳を握りしめて震えている。
「最初は『勝手に男を王宮に招いて醜態を晒した』って理由で、三日三晩、深淵魔法の『屈辱の牢獄』に閉じ込められたの!」
「屈辱の牢獄?」
「暗闇の中で、自分の一番恥ずかしい記憶を延々と見せられ続ける拷問よ! アタシがみんなの前で惨めな姿を晒したシーンを、何百回も何千回も繰り返し見せられて......」
メリッサの体が屈辱の記憶で震えている。
「それだけじゃないのよ! その次は『反省の時間』として、王宮の便所掃除を一ヶ月間やらされたの! この私がよ!? 元王宮最強の炎の魔法少女メリッサが便所掃除よ!?」
彼女の炎がさらに激しく燃え上がる。王宮最強だった誇りが、彼女にとってこの屈辱をより一層深刻なものにしているのだろう。
「便所掃除の最中も、クラリーチェ様の魔法で『恥辱の首輪』を着けられて、少しでもサボろうとすると電撃が走るのよ! しかも、その首輪、私が以前あなたに投げた炎の首輪と同じ仕組みで......」
なるほど、自業自得ということか。俺は内心で苦笑した。
「そして極めつけは!」メリッサの声がさらに激しくなる。「『公開謝罪』よ! 王宮の中庭で、私がアポロナイト様に公開プロポーズして惨敗した一部始終を、王宮の人々の前で再現させられたの!」
「再現?」
「そうよ! 『あの時どんな気持ちでプロポーズしたのか、みんなに教えてもらいましょう』って言われて、クラリーチェ様の深淵魔法で、その時の感情を強制的に再現させられたのよ!」
メリッサの顔が羞恥で真っ赤になる。
「みんなの前で『アポロナイト様、愛しています! 結婚してください!』って、また叫ばされて......その時の惨めったらしい表情まで完全に再現されて......」
彼女は両手で顔を覆った。
「王宮の人々が、クスクス笑いながら見てたのよ......『あの時のメリッサ様、本当にみっともなかったですね』『自業自得ですね』って......」
「それは......大変だったな」俺は同情の言葉をかけた。
「そして最終的に!」メリッサが顔を上げて俺を睨み付ける。「王宮魔法少女をクビになったのよ! クラリーチェ様に『おぬしはもう王宮には不要じゃ』って言われて、追放されたの!」
なるほど、それでここにいるのか。
「でも、それは君が勝手にプロポーズしたからだろう?」俺は率直に言った。「俺のせいじゃないと思うが」
「違うのよ!」メリッサが炎を噴き上げながら叫んだ。「あなたがアポロナイト様に余計なことを吹き込んだからでしょう!?」
「余計なこと?」
「そうよ! 私が三人の奴隷とベッドの上で何をしているか、アポロナイト様にバラしたでしょう!?」
俺は思い出した。確かに、あの時メリッサが自慢していた三人の男性奴隷について言及した。しかし、それは彼女が自分で話したことだ。
「君が自分で自慢してたじゃないか」
「でも! それを男性の人権がどうのこうのって話にして、アポロナイト様に吹き込んだでしょう!? だから私のプロポーズが失敗したのよ!」
メリッサの理屈は完全に破綻している。しかし、彼女は本気でそう信じているようだ。
「あなたがあんな余計なことを言わなければ、アポロナイト様は私のプロポーズを受け入れてくれたはずよ! 私たちは結ばれて、幸せな夫婦になっていたはずなの!」
彼女の妄想は果てしない。
「それなのに! あなたのせいで全てが台無しになったのよ!」
メリッサの炎がさらに激しくなる。廊下の温度が急激に上がり始めた。
「私の人生を返しなさい! 私の恋を返しなさい! 私の王宮での地位を返しなさい!」
俺は状況を整理した。メリッサは未だに俺がアポロナイトだということに気づいていない。彼女にとって俺は、アポロナイトの配下である男性奴隷の一人でしかない。
面白い。
この状況を利用して、もう少し彼女の本音を聞き出してみよう。
「それで、今は何をしてるんだ?」俺は冷静に尋ねた。
「今!?」メリッサの表情がさらに屈辱的に歪んだ。「この温泉に通いつめてるのよ! 魔力を高めるために毎日のように! 王宮最強だった私の魔力を取り戻すために!」
なるほど、それでここにいるのか。
「でも、この温泉宿の料金は高いのよ! 王宮を追放されて収入がなくなった私は、泊まることもできない! だから毎日、日帰りで通って、惨めに帰っていくしかないの!」
彼女の炎が天井近くまで立ち上る。
「もう我慢の限界よ! あなたたちのせいで、こんな惨めな生活をさせられて!」
メリッサの怒りはもはや制御不能だった。
「特に! あなたよ! アポロナイト様に余計な入れ知恵をした張本人!」
彼女は俺を指差して宣言した。
「私はあなたを絶対に許さない! 炎で焼き尽くして、黒焦げの塊にして、私の足元に土下座させてやるわ!」
俺は内心で冷や汗をかいた。メリッサの怒りは予想以上に深刻だ。しかも、彼女は王宮最強だった魔力を使える。対して俺は今、素の状態だ。
「そんなに怒ることないだろう......」俺は宥めようとした。
「怒ることないですって!?」メリッサの周りに炎の竜巻が発生した。「私の人生をめちゃくちゃにしておいて、よくそんなことが言えるわね!」
「でも、君の失敗は君自身の――」
「黙りなさい!」メリッサが俺を遮った。「言い訳なんて聞きたくないわ!」
彼女の炎がさらに激しくなり、廊下の壁紙が焦げ始めた。
「今すぐ表に出なさい! そこで決着をつけるのよ!」
「ちょっと待て、みんなが寝てるんだから――」
「関係ないわ! あなたを炎で焼き尽くすまで、私の怒りは収まらないの!」
メリッサは俺の腕を掴んで引っ張ろうとした。彼女の手は炎の魔力で熱くなっており、触れただけで火傷しそうだ。
「外で勝負よ! 逃がさないわ!」
何だか、大事になってきたぞ。
俺は覚悟を決めた。やむを得ない。この状況を何とかしなければ――。