(105)温泉魔獣からのレスキュー大作戦
巨大な魔獣が地面から完全に姿を現した。四つ足で立ち上がった古代の亀のような姿は、想像を絶する大きさだった。
「分析しましょう」エレノアが冷静に状況を把握しようとしている。「この魔獣、恐らく何十年も――いえ、もしかすると何百年も冬眠状態だったのね」
「冬眠?」
「ええ。この魔獣の体温で地下水が温められて、天然の温泉になっていたのよ。それをルルの一族が温泉として利用していたということね」
エレノアの分析に納得しかけた時、彼女が続けた。
「それに、古代の魔獣は魔力に非常に敏感なの。こんなに大勢の魔法少女が同時に長時間入浴したから、魔力の刺激で眠りから覚めてしまったのね」
「つまり、あの我慢大会が原因か……」
その時、慌てふためいた声が聞こえてきた。
「そんな〜! うちの温泉が〜!」
ルルの両親が館から飛び出してきた。母親は泣きそうな顔で、父親は頭を抱えている。
「代々受け継いできた温泉施設が〜!」
「お客様をお迎えしていたのに〜!」
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
「とにかく」俺は決断した。「魔法少女たちを救出して、この魔獣を何とかしないと!」
「そうね」エレノアも頷いた。
俺たちは同時に変身した。
「蒼光チェンジ!」
「アイス・トランスフォーム!」
アポロナイトと氷の魔法姫が並び立つ。久しぶりの連携戦闘だった。
「エレノア、魔獣を食い止めてくれ!」
「分かったわ! あなたは救出に集中して!」
エレノアが氷の杖を構え、魔獣に向かって行く。
「アイス・ジャベリン!」
氷の槍が魔獣に命中するが、古代の甲羅は硬く、ダメージは軽微だった。
俺は魔獣の背中に飛び乗ろうと跳躍した。蒼光剣のエネルギーで推進力を得て、何とか甲羅の縁に手をかける。
「みんな、大丈夫か!」
甲羅の温泉を覗き込むと――。
「きゃああああ!」
全員が全裸のまま温泉に浸かっていた。
「見ないでくださ〜い!」アイリーンが真っ赤になって叫んだ。
「武流先生〜! 助けてくださ〜い♪ でも見ちゃダメで〜す♪」ルルが慌てて両手で体を隠しながら、それでも顔は真っ赤だ。
「恥ずかしい〜! 恥ずかしすぎるで〜す♪」ルルは必死に身を縮めている。
「わたくし、恥ずかしいのです〜!」ミュウが猫耳を手で隠している。
「師匠〜! でも、でも〜!」リリアも困惑している。
「自分、全然平気です! 体育会系ですから!」ステラは意外にも堂々としているが、それでも頬は赤い。
「あら〜♪ 武流先生〜♪ いいタイミングですわ〜♪ 武流先生になら見られても構いませんわ〜♪」リュウカ先生だけは相変わらずだった。
「リュウカ先生!」「何言ってるんですか!」「恥ずかしくないんですか!」
他の魔法少女たちが慌ててリュウカ先生を温泉の中に引きずり込んだ。
「あら〜♪ きゃ〜♪」
しかし、恥ずかしがった少女たちが取った行動は――。
「見ちゃダメ〜!」
バシャーン!
アイリーンが温泉のお湯を俺にかけてきた。
「きゃ〜!」
バシャバシャ!
リリアとミュウも続いてお湯をかけてくる。
「ルル、本気で恥ずかしいで〜す♪」
ザッパーン! ドバァ!
ルルは顔を真っ赤にしながら、必死になって両手でお湯をすくい、盛大に俺にかけてきた。
「えい!」
ドバァ!
ステラは体育会系らしく、豪快にお湯を投げつけてくる。
「ちょっと待て! 俺は助けに来たんだ!」
しかし、お湯攻撃は止まらない。視界が遮られて、とても救出作業どころではない。
「みんな、落ち着け! 見てない! 目をつぶったまま助けるから!」
俺は必死に弁解したが――。
「でも〜」アイリーンが指摘した。「武流先生、マスクしてるから、目をつぶってるのかわからないじゃないですか〜!」
「そうそう〜♪」ルルも同調する。「マスク越しじゃ見えませ〜ん♪」
「確かに……」リリアも困惑している。「師匠の目が見えないよ〜」
「わたくし、信用できないのです〜!」ミュウが疑っている。
「理論的に考えて、マスクの奥の目の動きは確認できません!」アイリーンが分析している。
俺は仕方なく決断した。
「分かった!」
俺はアポロナイトの変身を解除した。
「ほら、目を閉じているだろ!」
素顔を晒して、しっかりと目を閉じて見せる。
「あ、本当に目を閉じてる……」
「武流先生の素顔……」
「信用してもいいかも……」
少女たちがようやく納得しかけた時――。
目を閉じたせいで足元が見えず、俺はバランスを崩した。
「うわああああ!」
甲羅の縁から滑り落ちそうになる。
「武流先生〜!」
少女たちが心配そうに叫ぶ。
一方、地上ではエレノアが苦戦していた。
「アイス・ストーム!」
氷の嵐を放つが、魔獣は古代の知恵を持っているのか、巧みに攻撃を回避する。
「クリスタル・フォートレス!」
氷の城壁で魔獣の動きを封じようとするが、巨大な足で簡単に踏み砕かれてしまう。
「くっ……完全に倒すわけにもいかないし……」
エレノアのジレンマは深刻だった。この魔獣を倒してしまえば、背中の温泉にいる少女たちも危険だ。かといって、魔獣を暴れさせるわけにもいかない。
魔獣が首を振ると、俺は甲羅の上でさらにバランスを崩した。
「うわあああ!」
俺は振り落とされそうになり、必死に甲羅の縁にしがみついた。
エレノアが地上から突っ込んだ。
「あなた、何やってるのよ! 目を閉じてたら救出なんてできるわけないでしょう!」
「だって、見ちゃダメって――」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないの!」
魔獣が再び暴れ、俺はさらに危険な状態になった。
「このままじゃ……」
エレノアも地上で、魔獣の巨大な足に踏み潰されそうになりながら必死に回避している。
「アイス・チェイン!」
氷の鎖で魔獣の足を拘束しようとするが、あまりにも力の差が大きすぎる。
俺は甲羅の上で、目を閉じたまま振り落とされそうになり、エレノアは地上で巨大な魔獣と一人で戦っている。
この状況を打開する方法はあるのか――?
少女たちの羞恥心と、魔獣の古代の力と、そして時間の制約が、俺たちを追い詰めていく。
「どうすればいいんだ……!」
俺の叫びが、混乱の渦巻く甲羅温泉に響いた。