(10)牢獄で考える、ざまぁ計画
「エレノア!」ロザリンダが立ち上がった。「まだ話が終わっていないわ」
「話など必要ありません。リリアの純潔を奪った者に、慈悲など必要ないのです」
エレノアの後ろに立つ女性たちの手には、杖や槍が握られていた。彼女たちの目は憎悪と復讐心に満ちている。
「私はフロストヘイヴン家第三王女。この村での最終決定権は私にあります。明日、処刑を執行する。それまで、魔獣は獄舎に」
ロザリンダは何か言おうとしたが、エレノアの冷たい視線に言葉を詰まらせた。権力の差は明らかだった。元魔法少女と現役の王女では、立場も影響力も違いすぎる。
俺は椅子から立ち上がった。この状況は現実世界のスタジオでの理不尽さを思い出させた。権力者の一方的な判断で、真実が歪められる。弱者は声を上げることすらできない。
朝倉明日香に陥れられた時と同じ無力感が込み上げる。だが、今回は違う。俺にはアポロナイトの力がある。
変身すれば、この場から脱出することも可能だ。しかし、それは一時的な逃避に過ぎない。この世界で生きていくなら、彼らの信頼を得る必要がある。パワープレイは最終手段だ。
「分かりました。従います」
俺は静かに言った。エレノアの冷たい微笑みが見えた。彼女には俺が大人しく従うと思っていなかったようだ。
「賢明な判断ね」彼女は言った。「さあ、連れて行きなさい」
二人の女性が俺の両脇を固め、外へと連れ出した。振り返ると、ロザリンダが心配そうな表情を浮かべていた。彼女の目には「諦めないで」というメッセージが込められているように感じた。
「その腕輪を取り上げなさい」エレノアが冷酷に命じた。
女性の一人が俺の右腕に装着された変身ブレイサーに手を伸ばす。一瞬、抵抗しようかと思ったが、今はその時ではない。ブレイサーを外されると、体から力が抜けていくような感覚に襲われた。連行される間、冷ややかに微笑むエレノアが、青く輝くブレイサーを掲げるのが見えた。
村の片隅にある小さな石造りの建物へと連行される。周囲には村人たちが集まり、中には罵声を浴びせる者も。かつての俺なら怒りに震えていただろう。だが今は違う。
獄舎の中は湿気を含んだ冷気が漂い、わずかに藁が敷かれただけの粗末な寝床がある。扉が閉じられる前に、重い金属の手枷と足枷が嵌められた。鎖は壁に固定され、動ける範囲は狭い。
「いかがかしら、魔獣さん」エレノアが獄舎の前に立ち、冷たく言った。「その無様な姿、とても似合っているわね。でも安心して。明日にはすべてが終わるから」
俺は黙ったまま彼女を見つめた。この状況を打開するためには時間が必要だ。
彼女は嘲笑うような笑みを浮かべると、踵を返して立ち去った。獄舎の扉が閉まる音がした。暗い石の部屋に一人残され、俺は静かに考え始めた。
心には新たな決意が芽生えていた。
この世界を支配するという野望は、この理不尽さに直面し、より強固になった。だが、単なる力の支配では意味がない。俺はアポロナイトとして、真の正義を示さなければならない。
残された時間は、わずか一日。
「女神よ……あなたが俺をここに送った理由は何だ?」
その問いかけに答えはなかったが、俺の心は確かな手応えを感じていた。まるで女神が「試練を乗り越えよ」と囁いているかのように。
手枷と足枷が冷たく手首と足首に食い込む。だが、この程度の拘束は気にならない。その気になれば、ここから自力で脱出することなど簡単だ。だが、それでは意味がない。
明日の処刑を、身の潔白を証明するための好奇とするべく計画を練る。いや、ただ無実を証明するだけでは意味がない。エレノアの鼻を明かし、奈落に突き落とし、この村の人々の心を掴む。そのための演出を考えるのだ。今こそスーツアクターとしての経験が試される。
☆
真夜中を過ぎた頃、微かな物音が聞こえた。
獄舎の扉が僅かに開き、小さな人影が滑り込んできた。月明かりに照らされたその姿に、俺は思わず目を凝らした。
頭上に生えているのは、間違いなく猫の耳だった。CGでも特殊メイクでもない、正真正銘の生き物としての猫耳。白銀色の産毛が生え、ピクピクと動いている。背後には長くふさふさとした尻尾も揺れていた。特撮の現場で見てきたあらゆる小道具や特殊効果を知る俺には、これが本物であることがわかる。
「武流様、ご無事でしたか?」
静かな声だった。彼女は素早く扉を閉め、慎重に近づいてきた。月明かりが彼女の姿をはっきりと照らし出す。
長く艶やかな黒髪を三つ編みにし、小さな眼鏡をかけている。細身の体には黒と白のシンプルな衣装――エレノアやリリアのような派手さはないが、腰に巻いた帯と襟元の鈴が可愛らしい。控えめな胸元と華奢な肢体は繊細な印象を与え、ふわふわとした白銀の尻尾は彼女の感情を表すように左右に揺れていた。猫耳と尻尾を隠せば、人間の美少女と言われても気づかない。
「君は……?」
「ミュウ・フェリスティーナと申します。猫族……フェリス族の末裔なのです」
彼女の声は小さいが、芯があった。礼儀正しい口調と、時折不思議そうに首を傾げる仕草に、俺は思わず微笑んだ。
「なぜ俺の名前を知っている?」
「武流様とロザリンダ様のお話、全部聞いていたのです」彼女は少し誇らしげに答えた。「わたくしの耳は特別なのです。壁の向こうの会話も聞こえるのです」
彼女は白銀の猫耳をピクピクと動かした。その仕草はどこか愛らしい。
「それで、俺を助けに来たのか?」
「はい! この村の魔法少女は、エレノア様とリリア様とわたくしの三人だけなのです。魔法少女としてはわたくしも負けていないのです!」ミュウは少し誇らしげに胸を張ったが、すぐに恥ずかしくなったように耳を下げた。
「これを持ってきたのです」
彼女は袖の中から青く輝くブレイサーを取り出した。
「エレノア様から……こっそり借りてきたのです」彼女は少し恥ずかしそうに耳をピクピクと動かした。
「借りてきた? 盗んできたんだろう?」
「はい。悪いことをしたみたいで胸がドキドキするのです。でも、武流様は悪い人じゃないのです。わたくしにはわかるのです」
俺は微笑した。どうやらこの世界には良識のある魔法少女もいるらしい。
第10話までお読みいただき、ありがとうございました。3人目の魔法少女が味方に加わり、次話から新展開です! 引き続き、よろしくお願い致します。
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