(102)温泉合宿の大いなる陰謀
ある日の稽古後、音楽室にはいつものようにぐったりとした生徒たちの姿があった。
「今日もリュウカ先生の電撃責めが激しかったな……」ステラが肩を揉みながら呟いた。
「理論的に計算すると、今日受けた電撃の総量は昨日の1.5倍でした」アイリーンが眼鏡を光らせながら分析している。
幸い、今日はリュウカ先生が職員会議で早めに帰ったため、生徒たちは久しぶりにリラックスしていた。
「武流先生〜」
甘い声で俺を呼んだのは、歌劇団のメンバーの一人、ルル・ポムポムだった。13歳の小柄な魔法少女で、ピンク色の髪をお団子に結った元気いっぱいの少女だ。彼女は土の魔法を使うが、その性格は土とは正反対で、常にハイテンションで騒がしい。
「どうした、ルル?」
「あの〜! みんなでお疲れ様会をしませんか〜!?」
ルルがぴょんぴょんと跳ねながら大声で提案した。その声の大きさに、隣にいた生徒が思わず耳を押さえる。
「あ〜、ルルがまた大声出してる」ステラが苦笑いしながら言った。「もう少し静かにしろよ」
「えへへ〜、ごめんなさ〜い♪」ルルが舌をペロッと出した。「でも聞いてくださ〜い! スターフェリア郊外に素敵な温泉があるんです〜♪」
ルルの目がキラキラと輝いている。
「温泉に入ると魔力が高まるって言われてるんです〜♪ 避暑地としても有名で、とっても綺麗な場所なんですよ〜♪ そこ、私の実家なんです〜♪」
生徒たちの目が一斉に輝いた。
「温泉!」
「魔力が高まるって本当?」
「避暑地って、涼しそう〜!」
ステラが真っ先に飛び上がった。
「それいいじゃないですか! 自分、温泉大好きです!」
アイリーンも眼鏡を光らせて興味を示している。
「温泉の効能について理論的に分析してみたいです」
「わたくしも温泉、大好きなのです〜♪」ミュウが猫耳をピクピクと動かしている。
リリアも手を叩いて喜んだ。
「師匠〜、みんなで合宿しようよ〜♪」
俺は提案を検討した。確かに、最近の厳しい稽古で生徒たちの疲労は溜まっている。団結を深めるためにも、合宿は良いアイデアかもしれない。
「いいだろう。みんなで行こう」
「やった〜!」
生徒たちが歓声を上げた。ルルが特に大きな声で「イエ〜イ♪」と叫んで、みんなから「うるさい」と言われている。
しかし、エレノアだけは腕を組んで不機嫌そうな表情を浮かべている。
「あなたたち、そんなことしてる場合なの? 稽古をサボって遊びに行くなんて……」
「お姉様〜、たまには息抜きも必要だよ〜」リリアがエレノアの腕を引っ張った。
その時、ルルが興味深い情報を教えてくれた。
「あ、そうそう! その避暑地、昔は王室の人たちもよく訪れてたんですって〜♪古い記録がたくさん残ってるんですよ〜♪」
俺とエレノア、リリア、ミュウの目が一瞬で鋭くなった。
「古い記録?」エレノアが身を乗り出した。
「はい〜♪ 百年以上前の魔法少女たちの話とか〜♪」ルルが無邪気に答えた。
俺たちは顔を見合わせた。もしかすると、アステリアの手がかりが見つかるかもしれない。
「それは……興味深いな」俺は冷静を装って答えた。「歴史の勉強にもなりそうだ」
エレノアが小声で俺に囁いた。
「百年前の魔法少女の記録なら、もしかして……」
「ああ」俺も小声で答えた。「アステリアと契約した魔法少女の手がかりがあるかもしれない」
リリアとミュウも期待に満ちた表情を見せている。
エレノアも表情を和らげた。
「まあ、それなら……悪くないかもしれないわね」
しかし、ルルの表情が急に曇った。
「でも……」
「どうした?」
「リュウカ先生も一緒ですよね……?」
その瞬間、音楽室の空気が凍りついた。
生徒たちの表情が一斉に暗くなる。
「あ……」
「そ、そうですね……」
「リュウカ先生が一緒だと……」
確かに、リュウカ先生が同行すれば、楽しい合宿が地獄の特訓合宿に変わってしまうだろう。温泉に入っている最中でも「発声練習ですわ〜♪」と電撃を飛ばしてきそうだ。
「せっかくの温泉なのに……」
「リラックスできなそう……」
生徒たちが口々に不安を漏らす中、ステラが突然手を叩いた。
「そうだ!リュウカ先生には内緒で行きましょう!」
「え?」
「こっそり行くんです! 武流先生と私たちだけで!」
ステラの提案に、生徒たちの目が再び輝き始めた。
「それいいかも……」
「武流先生と温泉旅行……」
「リュウカ先生がいなければ、絶対に楽しい!」
「そうそう〜♪」ルルが大声で賛成した。「リュウカ先生なしの方が絶対楽しい〜♪」
しかし、俺は首を振った。
「それはさすがに……顧問の一人を置いていくわけには――」
「師匠〜♪」リリアが俺の腕に抱きついてきた。「お願い〜♪」
「わたくしたちと武流様だけの旅行がいいのです〜♪」ミュウも反対側から抱きついてくる。
「自分も武流先生とゆっくりお話ししたいです!」ステラも期待に満ちた目で俺を見つめている。
「私も……武流先生の指導を独占したいです」アイリーンも頬を赤らめて呟いた。
他の生徒たちも口々に懇願し始める。
「武流先生と旅行、楽しみ〜♪」
「リュウカ先生は置いていこう〜♪」
「温泉で武流先生と一緒に〜♪」
「みんなで内緒の旅行〜♪」ルルが特に大きな声で叫んでいる。
音楽室がワイワイと盛り上がっている。
俺は内心で複雑な気持ちになった。確かに、リュウカ先生がいない方が調査もしやすいし、生徒たちも伸び伸びできるだろう。
「まあ……一泊程度なら……」
「やった〜!」
生徒たちが歓声を上げた。特にルルの「イエ〜イ♪」という叫び声が音楽室に響いた。
エレノアが俺の耳元に囁いてきた。
「あなたって、本当に生徒たちに甘いのね」
「調査のためでもあるだろう?」俺は小声で答えた。
「それもそうね。リュウカ先生がいたら、古い記録を調べるどころじゃないもの」
こうして、内緒の温泉合宿が決定した。
☆
数日後の朝、学園の正門前。
俺たちは旅支度を整えて集合していた。生徒たちはみんな私服姿で、リュックサックや手提げ袋を持っている。普段の制服姿とは違って、それぞれの個性が表れていて新鮮だった。
「みんな、準備はいいか?」
「はい〜♪」
生徒たちが元気よく返事をする。リリアはワンピース姿、ミュウは猫耳を隠さない帽子を被り、ステラはスポーティーな服装、アイリーンは清楚なブラウスとスカートという格好だった。ルルはピンク色のTシャツに短パンという、いかにも元気な少女らしい格好をしている。
「それじゃあ、出発――」
「あら〜♪ みなさん〜♪」
甘ったるい声が背後から響いた。
全員が振り返ると――。
「おはようございますわ〜♪」
リュウカ先生が大きなスーツケースを引きずりながら、ニコニコと手を振っていた。頭には麦わら帽子を被り、胸元の大きく開いたサマードレスを着て、完全に温泉旅行の準備を整えている。
「リ、リュウカ先生!?」
生徒たちが青ざめた。
「どうして……」
「なんで……」
リュウカ先生は満面の笑みを浮かべて答えた。
「わたくしも温泉、大好きなんですのよ〜♪ たまたま今日お休みでしたし、ご一緒させていただきますわ〜♪」
生徒たちの顔が絶望に染まった。
「たまたま……」
「嘘でしょ……」
「楽しい旅行が……」
どうやらあの日の話し合いはこっそり聞かれていたようだ。ステラが頭を抱えて呟いた。
「作戦失敗……」
ルルが大声で叫んだ。
「え〜! なんで〜!」
リュウカ先生はそんな生徒たちの様子を見て、ますます嬉しそうに笑った。
「みなさんと一緒に温泉〜♪ とっても楽しみですわ〜♪」
そして俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「武流先生〜♪ 二人きりの温泉も素敵ですが、みんなと一緒も良いものですわね〜♪」
俺は深いため息をついた。
生徒たちはみんなげんなりとした表情で、重い足取りで歩き始めた。
「楽しい温泉旅行が……」
「地獄の特訓合宿に……」
「もう諦めよう……」
ルルが涙目になりながら大声で嘆いた。
「せっかく実家を紹介したのに〜!」
こうして、予想外の展開となった温泉合宿が始まろうとしていた。
俺は心の中で思った。果たして、この旅行は無事に終わるのだろうか……?
そして、アステリアの手がかりは見つかるのだろうか?
リュウカ先生の笑い声が青空に響く中、一行は温泉地へと向かって歩き始めた。
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