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(101)鬼顧問は大迷惑

 翌日の放課後、音楽室には期待と不安が入り混じった空気が流れていた。


「それでは、今日から本格的な稽古を開始する」


 俺は脚本を手に、集まった15人の魔法少女たちを見回した。主役に選ばれたリリアは緊張で頬を紅潮させており、ミュウは猫耳をピクピクと動かしながら興奮を隠せずにいる。


「まずは第一幕の読み合わせから始めよう。リリア、準備はいいか?」


「はい、師匠!」リリアが元気よく返事をした。「頑張ります!」


 ステラやアイリーンをはじめとする他の生徒たちも、それぞれの役に真剣に取り組もうとしている。アイリーンは眼鏡を光らせながら脚本を詳細に分析し、ステラは体を動かしながら自分の役柄を研究していた。


「それでは、ルミナが星の妖精アステリアと出会う場面から――」


「ちょっと待ちなさい〜♪」


 俺の指示を遮るように、甘い声が響いた。


 リュウカ先生が音楽室の隅から現れ、豊満な胸を揺らしながら中央に歩いてきた。昨日の自爆事件で逆立った髪は直っているが、まだ微かに焦げた匂いが漂っている。


「リリア先生〜、その立ち方では全然ダメですわよ〜!」


 突然、リュウカ先生の表情が厳しくなった。先ほどまでの甘い笑顔が消え、教師の威厳を漂わせている。


「足の幅が狭すぎます〜! 王女の役なのに、そんな猫背で何を表現するつもりですの〜!」


「え、あの……」リリアが困惑した表情を見せる。


「それから声の出し方も問題ですわ〜! そんな声では、第一声で観客が居眠りしてしまいますわよ〜!」


 俺は眉をひそめた。


「リュウカ先生、演出は俺がやります」


 瞬間、リュウカ先生の表情が一変した。厳しい顔から一転、まるで別人のように甘い笑顔になる。


「あら〜♪」彼女がにっこりと笑った。「申し訳ございませんわ〜♪ つい、熱が入ってしまいまして〜♪」


 その変わり身の早さに、生徒たちがざわめいた。しかし、彼女は素直に引き下がったので、俺は稽古を続けることにした。


「それでは、改めて――」


 俺がリリアに指示を出そうとした時、再びリュウカ先生の声が響いた。しかし、今度は生徒たちに向けられていた。


「あなたたち〜! 見学の態度がなってませんわ〜!」


 リュウカ先生の顔が再び厳しくなり、見学していた生徒たちを睨み付けた。


「私語は慎みなさい〜! それに、そんなダラダラした姿勢で何を学ぶつもりですの〜!」


 生徒たちが慌てて姿勢を正す。


「演劇というのは神聖な芸術ですのよ〜! あなた方、武流先生の下に集う魔法少女歌劇団のメンバーとしての自覚を持って、もっと真剣に――」


「リュウカ先生」俺は再び語調を強めた。「演出の進行については俺に任せてください」


「はい〜♪」


 またもや瞬時に甘い笑顔に戻るリュウカ先生。この豹変ぶりに、生徒たちは完全に困惑していた。


「それでは、リリア。『わたし、もう魔法少女じゃない』の部分から――」


「『わたし、もう魔法少女じゃない。でも――』」


 リリアが感情を込めてセリフを読み上げる。彼女の演技は昨日のオーディション以上に磨きがかかっており――。


「全然ダメですわ〜!」


 リュウカ先生が再び割り込んだ。今度はさらに厳しい口調で、リリアの演技を断罪する。


「そんな棒読みで主人公が務まると思ってるんですの〜! 感情が全く伝わってきませんわ〜!」


 リリアの顔が青ざめた。


「それに動きも硬すぎます〜!まるで木の人形みたいですわよ〜!」


「そ、そんな……」


「歌も下手〜! ダンスも下手〜! これじゃあ学芸会以下ですわ〜!」


 リュウカ先生の容赦ないダメ出しに、リリアの目に涙が浮かんだ。


「リュウカ先生!」俺は怒りを込めて声を上げた。「いい加減にしてください!演出の邪魔です!」


 瞬間、リュウカ先生の表情がガラリと変わった。厳しい顔が消え、まるで子犬のような情けない表情になる。


「あ……あの……」


 彼女の肩がガクンと落ち、まるで風船がしぼむように小さくなった。


「申し訳ございませんでした……」


 リュウカ先生がしょんぼりと俯いて、椅子にちょこんと座り込んだ。その様子があまりにも情けなくて――。


「ぷっ」


 見学していた生徒の一人が笑い声を漏らした。


「あはは、リュウカ先生、しょんぼりしてる」


「昨日は自分に雷落としてたし、今日は武流先生に怒られてるし」


「あんなに偉そうだったのに、急にしょんぼり〜」


「態度変わりすぎでしょ〜」


 数人の生徒がクスクスと笑い始めた。リュウカ先生の落差が激しすぎて、面白くて仕方ないのだ。


「ざまあみろって感じ〜」


「いつもあんなに怖いくせに〜」


 その瞬間――。


「なんですって〜!」


 リュウカ先生の顔が一変した。先ほどまでのしょんぼりした表情が消え、恐ろしい形相に変わる。まるで鬼の形相で、目が血走っている。


「わたくしを笑うなんて〜!」


 彼女の周りに雷が走り始めた。空気がパチパチと音を立て、髪の毛が静電気で浮き上がる。


「みなさん、覚悟なさい〜!」


「え? ちょっと、まさか――」


 生徒たちが慌てて逃げようとした瞬間。


 ピカッ!


「きゃああああああ!」


 音楽室に雷が炸裂した。


 笑っていた生徒たち数人に電撃が直撃し、彼女たちの体がビリビリと痙攣する。髪の毛が完全に逆立ち、口からは煙がモクモクと出ていた。


「あ、あわわわわ……」


「口の中、焦げた味がする……」


 電撃を受けた生徒たちが全身から煙を吹きながらバタバタと床に倒れ込む。


「うぐぐぐ……」一人の生徒が口から「ぷは〜」と煙を吐いた。


 音楽室が一瞬静寂に包まれた後、残りの生徒たちが恐怖で身を寄せ合った。


「ひぃぃぃ!」


「リュウカ先生、本当に雷落とした!」


「あの人、マジで危険すぎる!」


 俺は頭を抱えた。これでは稽古どころではない。


「リュウカ先生! この稽古場では雷は禁止です! これじゃあ稽古になりませんよ!」


 俺の怒声が音楽室に響いた。


「あら〜♪」


 リュウカ先生が何事もなかったかのようにニッコリと笑った。


「申し訳ございませんわ〜♪ つい、カッとなってしまいまして〜♪」


 床に倒れて煙を吐いている生徒たちを見下ろしながら、彼女は全く悪びれる様子を見せない。


「でも、わたくしを笑った方が悪いんですのよ〜♪」


 その時、音楽室の扉が開いて、エレノアが顔を覗かせた。


「今、雷の音がしたけど……って、何この状況?」


 エレノアの目に飛び込んできたのは、床にバタバタと倒れて煙を吐いている生徒たちと、焦げ臭い匂いが充満している音楽室、そして満足そうに微笑むリュウカ先生の姿だった。


「また、リュウカ先生が……」


 エレノアの表情が呆れと困惑に変わった。


「武流、あなたも大変ね」


 俺は深いため息をついた。歌劇団の稽古は始まったばかりだというのに、既に大惨事になっている。


 床に倒れて煙を吐いている生徒たちを見下ろしながら、俺は心の中で呟いた。


 この先、一体どうなってしまうんだ……?


 リュウカ先生は相変わらず満面の笑みを浮かべており、その表情には反省の色が微塵も見えなかった。

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