(100)オーディション結果発表
教室内がピカッと光った。
しかし――。
「きゃあああああああ!」
制御を失った雷は、俺ではなくリュウカ先生自身に落ちた。
彼女の全身に強烈な電撃が走り、金髪が爆発したように逆立った。顔は真っ黒に煤け、目は完全に白目を剥いている。体が痙攣でガクガクと震え、口からは「うぐぐぐぐ……」という呻き声が漏れている。
服も所々焦げて煙を上げており、リュウカ先生の体からは文字通り湯気が立ち上っていた。髪は重力を無視して垂直に立ち、まるで漫画のキャラクターのようになっている。
「あ、あわわわわわ……」
リュウカ先生の口から煙がプクプクと出ている。焦げた匂いが音楽室に漂い、彼女の指先からは小さな電撃がパチパチと飛び散っていた。
ガクッ。力尽きたようにリュウカ先生は両膝をついた。
音楽室が一瞬静寂に包まれた後――。
「ぶははははは!」
ステラが最初に爆笑した。
「先生、自分に雷落としてる!」
「あはははは! 髪の毛が爆発してる!完全にアフロじゃない!」
「顔まっ黒! お化けみたい!」
アイリーンまで眼鏡を光らせながら笑っている。
「理論的に考えて、自分の魔法で自分を攻撃するなんて、制御システムの完全な破綻です!」
生徒たちが次々と笑い声を上げ、音楽室は大爆笑の渦に包まれた。リリアとミュウも必死に笑いを堪えているが、肩が震えている。
リュウカ先生の髪がボサボサというレベルを超えて、完全に立ち上がっている。口元が痙攣で引きつり、まともに言葉も出ない状態だった。
次の瞬間、彼女の表情が一変した。
「こらぁぁぁぁ〜!」
先ほどまでの甘い笑顔が消え、恐ろしい形相になった。逆立った髪がさらに逆立ち、まるで怒り狂った雷神のようだった。
「わたくしを笑うですって〜!」
怒りの雷が彼女の周りに走る。
「許しませんわ〜! みなさん、覚悟なさい〜!」
生徒たちの笑い声が急に止まった。全員が青ざめて身を寄せ合っている。
「ちょ、ちょっと待ってください」俺が慌てて仲裁に入る。「みんな、笑うのはやめろ」
「で、でも武流先生……」ステラが震え声で言った。「あんなに派手に自爆したら……」
「笑うな」俺は厳しく言った。「リュウカ先生は真剣にやってくれたんだ」
リュウカ先生の怒りが少し和らいだ。
「武流先生……」
俺は深呼吸をして、全員を見回した。これからが重要な局面だ。
「それでは……」
俺は意図的に間を置いた。生徒たちの緊張が高まっていく。
「オーディションの結果を発表する」
音楽室が完全に静寂に包まれる。針が落ちる音も聞こえそうなほどの静けさだ。
「主人公ルミナ役は――」
リリアが息を呑み、ミュウの猫耳がピクピクと動いている。ステラも拳を握りしめ、アイリーンは眼鏡を曇らせている。
俺はゆっくりと生徒たちを見回した。一人一人の表情を確認し、彼女たちの期待と不安を感じ取る。生徒たちが固唾を呑んでいるのが分かる。
俺はリリアを見つめた。
「リリア・フロストヘイヴンに決定する」
「え?」リリアの目が丸くなった。「本当に?本当にボクが?」
「ああ」俺は頷いた。「お前の演技には、役柄の心境を深く理解した真実味があった。変身できない身でありながら、それを乗り越えようとする強い意志が表現されていた」
リリアの目に涙が浮かんだ。
「師匠……ありがとう!」
彼女は俺に飛び込んできて、胸に顔を埋めた。
「頑張ります! 絶対に最高の舞台にします!」
生徒たちからも拍手が起こった。
「リリア先生、おめでとうございます!」
「納得の人選です!」
ミュウも猫耳をピンと立てて喜んでいる。
「リリア様、おめでとうなのです! わたくし、全力でサポートするのです!」
エレノアも微笑んで歩み寄った。
「おめでとう、リリア。あなたなら、きっと素晴らしい主人公になれるわ」
「お姉様……」リリアが感動で震えている。
しかし、その時――。
「ちょっと待ちなさい〜!」
リュウカ先生が怒りの形相で立ち上がった。髪はまだ爆発したように逆立ち、顔の煤も完全には取れていない。
「どうしてわたくしではないのですか〜!」
彼女の周りに雷が走る。
「わたくしの方が演技も歌も上手だったはずですわ〜! それに、一番武流先生への想いが強いのはわたくしですのよ〜!」
生徒たちが再び身を寄せ合った。
「どうして〜! どうして〜! 納得できませんわ〜!」
頭上に再び雷雲が現れ、今度は俺たちに向けて雷を落とそうとしている。
俺は内心で冷や汗をかいた。このままリュウカ先生を怒らせて帰したら、後で何をされるか分からない。彼女の逆恨みほど恐ろしいものはない。職員室で俺だけを狙い撃ちして雷を落としたり、夜中に俺の部屋に忍び込んで電撃責めにしたりするかもしれない。
そうなれば、俺の学園生活は地獄と化すだろう。何としても、ここで彼女を納得させる必要がある。
「リュウカ先生、落ち着いてください」俺は手を上げて彼女を制した。
「落ち着けませんわ〜! わたくし、武流先生の演出で舞台に立ちたかったんですの〜!」
涙目になりながら雷を制御しようとするリュウカ先生。
「実は」俺は穏やかに言った。「リュウカ先生にお願いしたいことがあるんです」
「え?」彼女の手が止まった。
「俺と一緒に、このクラブ活動の顧問をやってもらえませんか」
リュウカ先生の目がパチクリと瞬いた。
「俺は脚本と演出に集中したいので、生徒たちのまとめ役が必要なんです。リュウカ先生の指導力と魔力があれば、必ず素晴らしい歌劇団になると思います」
「わ、わたくしが……顧問?」
雷雲が少しずつ小さくなっていく。
「武流先生と一緒に?」
「ええ。二人三脚で、この学園に新しい文化を根付かせましょう」
リュウカ先生の表情が、怒りから喜びに変わった。
「それなら〜♪」
雷雲が完全に消えた。
「任せてくださいまし〜♪ わたくし、みなさんをビシバシ鍛えて差し上げますわ〜♪」
彼女の瞳が輝いている。しかし、生徒たちの顔は一瞬で青ざめた。
「ちょ、ちょっと待ってください」ステラが震え声で言った。「リュウカ先生がビシバシって……」
「あの先生、普段の授業でめちゃめちゃ怖いんですよ」別の生徒が呟いた。
「この前、魔法の詠唱を間違えた子が、三時間も雷に打たれ続けたって……」
「『できるまで帰れません〜♪』って言いながら、夜の10時まで特訓させられた人もいるし……」
アイリーンも眼鏡を曇らせながら頷いた。
「私も一度、理論値を間違えただけで、『計算ができないなら雷で頭をスッキリさせて差し上げますわ〜♪』って言われて……」
「それで?」リリアが恐る恐る尋ねた。
「三日間、頭がボサボサになりました……」
他の生徒たちも、リュウカ先生の恐ろしいエピソードを語り始めた。
「感情が爆発すると、教室中に雷を落としまくるし……」
「『みなさ〜ん♪ 愛のムチですわよ〜♪』って言いながら、電撃責めするし……」
「怒ると本当に怖いんです……目が光って、髪が逆立って……」
ミュウも猫耳を垂らしながら呟いた。
「わたくし、リュウカ先生に叱られるのは好きじゃないのです……」
その時、リュウカ先生がニッコリと笑った。しかし、その笑顔は先ほどまでの甘いものではなく、どこか恐ろしい笑みだった。
「みなさ〜ん♪ 歌もダンスも演技も、完璧になるまで特訓ですわよ〜♪ 一日10時間の練習は当たり前〜♪ できなければ愛の雷でお仕置きですわ〜♪ ふふふ〜♪」
生徒たちの背筋に寒気が走った。
「じゅ、10時間?」
「愛の雷って……」
「武流先生と楽しくクラブ活動って思ってたのに……」
「これじゃあ地獄の特訓じゃない……」
俺は内心で思った。果たして、この歌劇団はどうなってしまうのだろうか……?
夕日が音楽室の窓から差し込み、不安に満ちた生徒たちの表情を赤く染めていた。
魔法少女歌劇団の船出は、予想以上に波乱含みのスタートとなりそうだった。