(98)鬼教師、魔法少女リュウカ先生
その夜、俺は教師用特別室で脚本執筆に没頭した。
『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』——表向きは古典的なファンタジー劇だが、実際にはアステリアや深淵魔法の手がかりを探るための巧妙な仕掛けが込められている。
主人公は「星の妖精」と契約した特別な魔法少女。彼女は純潔を奪われながらも、妖精の力で再び変身能力を得る――まさにリリアの境遇そのものだ。劇中で語られる「星見の間」や「古の契約」といった設定は、すべて現実の手がかりに基づいている。
もし生徒たちの中に、家族の伝承や古い記憶を持つ者がいれば、この劇を通じて何かを思い出してくれるかもしれない。
朝日が昇る頃、ようやく脚本が完成した。徹夜明けの頭でページをめくりながら、俺は満足そうに頷いた。これなら、きっと――。
「師匠〜、もう朝だよ〜」
リリアの声で現実に引き戻される。彼女とミュウが心配そうに俺を覗き込んでいた。
「徹夜だったのですか?」ミュウの猫耳が心配そうに垂れている。
「ああ、でも脚本は完成した」俺は疲れた体を伸ばした。「今日のオーディションが楽しみだ」
放課後の音楽室。15人の魔法少女たちが緊張した面持ちで俺を見つめている。
「それでは、オーディションを開始する」
俺は完成したばかりの脚本を掲げた。
「今日は主人公『ルミナ』役のオーディションだ。演技、歌、ダンス、そして魔力の総合評価で決定する」
最初に名乗りを上げたのは、予想通りステラだった。
「自分からやらせてください!」
体育会系らしく元気よく手を挙げるステラに、俺は脚本の一部を手渡した。
「ルミナが星の妖精と出会うシーンだ。感情を込めて読んでくれ」
ステラは脚本を受け取ると、気合いを入れすぎて深呼吸を三回繰り返した。額には早くも汗が浮かんでいる。
「『わたし、もう魔法処女じゃない。でも――』」
開始三秒で噛んだ。
音楽室が一瞬静寂に包まれる。ステラは真っ赤になって手をひらひらと振った。
「あ、あれー? 『魔法少女』です! もう一回お願いします!」
意気込みすぎて完全に空回りしているステラ。普段の天真爛漫さはどこへやら、ガチガチに緊張している。
「『わたし、もう魔法しょ——しょうじょ——』」
今度は「少女」が言えない。生徒たちがクスクスと笑い始める。
「だ、大丈夫です! 絶対に成功させます! 『わたし、もう魔法少女じゃない。でも――諦められない! きっと再び、立派な魔法戦士になってみせる!』」
最後の部分で勢いあまって脚本にないセリフまで追加してしまった。
「ステラ、脚本通りに頼む」俺は苦笑いした。
「すみません! 緊張しすぎて、つい……!」
歌の審査でも、ステラの空回りは続いた。気合いを入れすぎて声が裏返り、高音部分で鳥の鳴き声のような音が出てしまう。
「♪星よ〜、教えて〜キュルルルル〜♪」
ダンスも同様だった。普段の身体能力は抜群なのに、緊張のあまり足が絡まって三回転倒。最後は華麗に側転しようとして、そのまま音楽室の壁に激突した。
「だ、大丈夫です! まだまだいけます!」
額に絆創膏を貼りながらも、ステラの闘志は衰えない。
魔力テストでは「絶対に成功させる!」と意気込んで「ウィンド・トルネード・エクストリーム・マックス・パワー!」という長すぎる技名を叫び、竜巻が制御不能になって音楽室の楽譜を全て宙に舞い上げ、自らも回転してダウンしてしまった。
「ステラ、君の情熱は素晴らしい」俺は彼女を慰めた。「ただ、少しリラックスしような」
「は、はい! 絶対にリラックスします!」
全然リラックスできていないステラの姿に、生徒たちも微笑ましそうな表情を見せていた。
次はアイリーンだった。
「私は理論的なアプローチで完璧な演技をお見せします」
眼鏡を光らせながら自信満々に宣言するアイリーン。しかし――。
「『わたし、もう魔法少女じゃない。でも――』ここで感情値を0.3上昇させて、『悲しみパラメータ』を最大に――」
演技中に数値化解説が入ってしまっている。
「アイリーン、演技に集中してくれ」
「あ、はい! 『でも、諦められない!』――ここで『決意フラグ』を立てて――」
彼女の頭の中では完璧な演技理論が構築されているのだが、それが口に出てしまって興ざめになってしまう。
歌も同様で、「♪この部分は音階を半音上げて感情の高揚を表現――星よ〜♪」という具合に、歌いながら楽曲分析をしてしまう。
そして極めつけは魔力テストだった。
「グリモワール・アカデミア——理論値計算開始!」
魔法書を開いたアイリーンは、なぜか計算を始めてしまった。
「風の抵抗値、湿度、魔力放出角度を考慮すると――」
「アイリーン、魔法を発動してくれ」
「あ、はい! 計算完了! 発動!」
理論的には完璧だが、計算に時間がかかりすぎて実戦では使い物にならない。
そして、転倒の頻度も相変わらずだった。演技中に3回、歌の最中に2回、ダンスで4回転倒し、そのたびにスカートが捲れて「見ちゃダメです!」と叫び、「メガネメガネ!」と騒いでいた。
続いて、他の生徒たちも次々とオーディションを受けた。
歌が得意だと思っていた生徒は、主役への想いが強すぎて感情過多になり、涙でメイクが流れながら絶叫系の歌い方になってしまった。
ダンスが得意な生徒は、完璧を目指しすぎて魔法でエフェクトをつけすぎ、花びらと羽根と光の粒子に埋もれて姿が見えなくなった。
冷静沈着なはずの上級生は、俺への想いが募りすぎて頭が真っ白になり、「あ、あの、武流先生、大好きです!」と告白してしまった。
そんな中で、意外な才能を見せたのはリリアだった。
「『わたし、もう魔法少女じゃない。でも――諦められない!』」
変身できない身でありながら、彼女の演技には心を打つ真実味があった。実際に魔力を失った経験があるからこそ、役柄の気持ちを深く理解できるのだ。
歌声も美しく、ダンスも優雅で、魔力はないものの身体能力は一か月の特訓で大幅に向上していた。
続いてミュウも素晴らしいパフォーマンスを見せた。
「『もう二度と、大切な人を失いたくないのです』」
フェリス族の血を引く彼女の演技には、野性的でありながら可憐な魅力があった。過去の家族を失った体験が、役の深みを与えている。
歌は少し恥ずかしそうだったが、それがかえって初々しさを演出していた。ダンスは猫のような身軽さで美しく、風の魔法も情感豊かに表現されていた。
ただし――。
「『敵を許すわけには行かないのです!』――あ、間違えました! 武流様、今の叱ってください!」
演技の途中でドM発言が出てしまうのは相変わらずだった。
こうして全員のオーディションが終わた。
「ふぅ。なんとか全員終わったな。みんなご苦労さん」
俺が総評を始めようとした時――。
「ちょっとお待ちなさい!」
音楽室の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、豊満な胸を強調した服を着た金髪の女性教師だった。リュウカ・サンダーフィスト先生――魔法戦闘術の教師で、この一か月間、俺が最も関わりを避けてきた人物だった。この学園一の鬼教師として恐れられている二十歳の魔法少女である。
生徒たちの表情が一瞬で嫌そうに歪んだ。
「あ……リュウカ先生」
「な、なんでここに……」
明らかに迷惑そうな反応を示している生徒たちを見て、俺の心に嫌な予感が走った。
「あら〜、武流せんせ〜い♪」
リュウカ先生は甘ったるい声で音楽室に入ってきた。豊満な胸を揺らしながら、わざとらしく腰をくねらせて歩いている。そして俺の目の前まで来ると、胸を押し付けるように近づいてきた。
「生徒たちから詳しく聞きました。武流先生、『歌劇団』というもののクラブを結成されたんですって? と〜っても素敵ですのね〜♪」
この一か月で、俺はリュウカ先生の「正体」を把握していた。表向きは魅惑的な美女教師だが、実際は――。
「それで〜」リュウカ先生が俺の腕に自分の胸を押し付けながら上目遣いをした。「わたくしもオーディション受けさせていただけませんか〜?」
生徒たちの顔が青ざめていく。特に女子生徒たちは、リュウカ先生の露骨なアプローチに嫌悪感を隠せない。
「せ、先生も出演されるんですか?」アイリーンが震え声で尋ねた。
「もちろんよ〜♪」リュウカ先生が胸を揺らしながら振り返る。「わたくし、歌もダンスも得意なんですの〜♪ 特に〜」
彼女は俺の方を向いて、セクシーなポーズを決めた。
「男性を魅了する演技は得意中の得意ですのよ〜♪」
俺は内心で頭を抱えた。リュウカ先生は確かに美人で、魔力も強い。しかし、問題は――彼女の露骨すぎるアプローチと、完全に空気を読まない性格だった。
普段の授業でも、俺が見学に来ると急に色っぽいポーズを決めたり、「武流先生〜、見てくださ〜い♪」と胸を強調したりして、生徒たちを困惑させていた。
そして極めつけは、彼女の必殺技だった。
「サンダー・ラブラブ・フィスト〜♪」
技名からして既におかしい。
しかし、リリアとミュウがオーディションを受けている以上、教師だからといって断るわけにはいかない。
「……分かりました」俺は覚悟を決めた。「リュウカ先生もオーディションを受けてください」
「きゃ〜♪ やった〜♪」
リュウカ先生が手を叩いて喜んだ時、その胸の揺れで音楽室の空気が揺らいだような気がした。
「わたくし、絶対に主役になりますからね〜♪ 武流先生の演出するステージに立てるなんて、夢みた〜い♪」
もう主演を務める気満々になっている。生徒たちは完全に戦慄していた。強力なライバルの出現に恐怖している。
音楽室に重い沈黙が流れる中、全員が恐る恐るリュウカ先生の「パフォーマンス」を待っていた。
俺の魔法少女歌劇団、まだ始まったばかりだというのに、早くもトラブル勃発だ。