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(97)異世界文化の継承者になる

「実は『歌劇団』というものを結成しようと思っているんだ」俺はステラとアイリーンに説明した。


「歌劇団?」アイリーンが首を傾げた。「聞いたことのない言葉ですが......」


 俺は改めて、二人に歌劇について説明した。歌と演技と踊りを組み合わせたエンターテイメントであること、物語を人が演じて観客に見せること、そして俺の世界では非常に人気のある文化だったこと。


「すごい!」ステラが目を輝かせた。「それって、本物の戦いみたいに演技するってことですか?」


「ああ、まさにその通りだ。アクションシーンもある」


「自分、やってみたいです! 体力には自信があります!」


 アイリーンも眼鏡を光らせながら興味を示した。


「歌と演技の組み合わせ......理論的に分析すると、非常に高度な技術が要求されそうですね。挑戦してみたいです」


 その後、次々と魔法少女たちが音楽室に集まってきた。ステラが新入生たちに声をかけたのだろう。そして、俺は集まってきた生徒たち一人一人に、歌劇というものについて丁寧に説明した。


「えーっと、つまり......嘘の物語を本当のことのように演じるんですか?」


「でも、なんで嘘の話を?」


「面白そうだけど、難しそう......」


 生徒たちの反応は様々だった。しかし、俺が『蒼光剣アポロナイト』のヒーローショーについて詳しく語ると、彼女たちの目の色が変わった。


「正義のヒーローが悪を倒す物語......」


「それって、魔法少女と魔獣の戦いみたい!」


「武流先生は、そのヒーローを演じていたんですか?」


「ああ」俺は頷いた。「脚本も書いたし、演出も担当した。そして、アポロナイトとして舞台に立ち、子供たちの前で正義を貫いた」


 俺の言葉に、生徒たちの表情が一変した。武流先生が、まったく未知の文化の担い手だったという事実に、深い尊敬の念を抱いているのが分かる。


「私たちも、やってみたいです!」


「武流先生の世界の文化、学んでみたい!」


「どんな物語を演じるんですか?」


 最終的に、15人ほどの魔法少女が集まった。全員が期待に満ちた表情で俺を見つめている。


 俺は心の奥で、深い感慨を覚えていた。


 まさか、この異世界で自分が演劇という文化の伝承者になるとは思わなかった。元の世界では、俺はただのスーツアクターだった。表舞台に立つことはあっても、いつもマスクの向こうの存在だった。


 しかし、今この瞬間、俺は新たな文化の創始者として、この世界の少女たちに演劇の素晴らしさを伝えようとしている。


 これは、俺の人生において、きわめて意義深い瞬間だった。


「それでは、改めて説明しよう」


 俺は集まった少女たちを見回した。


「今日から始める『魔法少女歌劇団』は、歌とダンスとアクションを組み合わせた舞台劇を上演するクラブ活動だ。この世界初の、まったく新しいエンターテイメントを作り上げる」


「世界初......!」


「すごいことになりそうですね!」


「どんな劇をするんですか?」


 生徒たちから期待の声が上がる。


「脚本は俺が書く。演出も俺が担当する」俺は続けた。「俺の世界で培った経験を活かして、この世界でしか見ることのできない、本格的な魔法少女劇を作り上げるつもりだ」


「本格的......!」


 生徒たちの目がさらに輝いた。


「でも」俺は少し表情を引き締めた。「舞台は遊びじゃない。本気で取り組む覚悟のある者だけ参加してほしい」


「はい!」


 全員が一斉に返事をした。


「素晴らしい」俺は満足そうに頷いた。「それでは、まず最初の演目について説明しよう」


 俺は音楽室の黒板に向かい、チョークで文字を書き始めた。


『星の守護者たち 〜失われし光の物語〜』


「これが、俺たちの最初の演目だ」


 俺は振り返って生徒たちを見つめた。


「物語の舞台は、遥か昔のスターフェリア。星の力を司る守護者たちが、闇の軍勢と戦う壮大な叙事詩だ」


 実は、この脚本には二重の意味がある。表向きはファンタジー劇だが、実際にはアステリアや深淵魔法の伝説をモチーフにしている。劇を通じて、生徒たちが何か記憶を呼び覚ましてくれることを期待していた。


「わあ......壮大ですね」


「守護者って、魔法少女のことですか?」


「闇の軍勢って、魔獣みたいなものでしょうか?」


 生徒たちが口々に質問を投げかける。


「まあ、そんなところだ」俺は曖昧に答えた。「詳しくは脚本を読んでもらえばわかる」


 実際のところ、脚本はまだ頭の中にあるだけだった。今夜、徹夜で書き上げる予定だ。


「でも、歌劇では歌も歌うんですよね?」一人の生徒が不安そうに尋ねた。「私、歌は苦手で......」


「大丈夫だ」俺は彼女を安心させた。「歌劇団では、それぞれの得意分野を活かした役割分担をする。歌が得意な者は歌を担当し、踊りが得意な者は踊りを、演技が得意な者は演技を担当すればいい」


「本当ですか?」


「ああ。ただし」俺は少し表情を引き締めた。「まず最初にやることがある」


 俺は生徒たちを見回した。


「オーディションだ」


「オーディション!?」


 その言葉に、音楽室の空気が一瞬で変わった。


「主役の座をかけて、公正なオーディションを行う。歌唱力、演技力、アクション、そして魔力、すべてを総合的に判断して配役を決める」


 俺の宣言に、生徒たちの瞳に闘志の炎が燃え上がった。


「主役......!」


「私、絶対に主役になりたいです!」


「負けません!」


 ステラが拳を握りしめて宣言した。


「自分、体力とアクションには自信があります!」


「私だって負けませんよ」


 アイリーンも眼鏡を光らせながら対抗心を燃やす。


「理論的なアプローチで、完璧な演技を見せてみせます」


 他の生徒たちも、互いを意識し始めた。普段は和気あいあいとした学園生活だが、主役の座となれば話は別だ。魔法少女としてのプライドと、俺に認められたいという想いが、彼女たちの競争心に火をつけた。


 その様子を見ていたエレノアが、俺の耳元に近づいてきた。


「あなたって、本当に人を焚きつけるのが上手ね」


 彼女の声には、呆れと感心が混ざっていた。


「でも......」


 エレノアが音楽室を見回した。生徒たちが互いを意識しながらも、目を輝かせて次の指示を待っている。その表情には、久しく見ることのなかった純粋な楽しさがあった。


「意外と悪くないかもしれないわね、この企画」


 エレノアの口元に、わずかな笑みが浮かんでいた。彼女も、この活動に興味を抱き始めているのがわかる。


「わたくしも頑張るのです!」


 ミュウが猫耳をピンと立てて気合いを入れている。


「武流様の世界の文化を学べるなんて、夢のようなのです!」


「ボクも負けないよ!」


 リリアも拳を握りしめた。


「変身はできないけど、演技なら誰にも負けない!」


 15人の魔法少女たちが、それぞれに闘志を燃やしている。この光景は、まさに俺が期待していたものだった。


 スーツアクターとして数々のヒーローショーに参加してきた俺だからこそ、舞台の持つ魔力を知っている。役者たちが一つの目標に向かって努力し、互いを高め合い、最終的に素晴らしい作品を作り上げる。その過程で生まれる絆は、何物にも代えがたいものがある。


 そして、その絆こそが、いずれクラリーチェと戦う時の俺たちの武器となるはずだ。


 また、俺は心の奥で、異世界に演劇という文化を伝える使命感を抱いていた。この世界の魔法少女たちに、俺の世界の素晴らしい文化を継承してもらえるなんて、これほど光栄なことはない。


 きっと、この歌劇団から、この世界独自の演劇文化が花開くに違いない。その礎を築くのが俺だと思うと、身が引き締まる思いだった。


「それでは」俺は手を叩いて全員の注意を引いた。「オーディションは明日の放課後に行う。今日は解散だが、心の準備をしておけ」


「はい!」


 生徒たちが一斉に返事をして、それぞれ散っていく。しかし、その足取りは軽やかで、明日への期待に満ちていた。


 最後に音楽室を出て行くアイリーンが、振り返って俺に言った。


「武流先生、私、絶対に主役になってみせます」


 その瞳には、強い決意が宿っていた。


「ああ、期待している」


 俺がそう答えると、アイリーンの頬が赤くなった。


「が、頑張ります!」


 彼女が慌てて出て行った後、音楽室には俺とエレノア、リリア、ミュウだけが残った。


「さて」俺は三人を見回した。「明日から本格的に始まる。お前たちも協力してくれるな?」


「もちろんよ」エレノアが頷いた。「でも、私は出演しないわ。サポートに回る」


「どうして?」リリアが首を傾げた。「お姉様も一緒に舞台に立とうよ」


「私は......」エレノアが少し躊躇した。「教師の立場だから」


 しかし、俺には彼女の本音がわかっていた。エレノアは舞台に興味があるが、生徒たちと競うことに抵抗を感じているのだ。王族としてのプライドと、純粋な興味の間で揺れている。


「まあ、無理強いはしない」俺は言った。「でも、サポートとして参加してくれるなら心強い」


「ええ、任せて」


 夕日が音楽室の窓から差し込み、四人の影を長く伸ばしていた。


 明日から始まる歌劇団活動。表向きは単なるクラブ活動だが、俺にとってはアステリアへの手がかりを掴む重要な第一歩だった。


 そして、この世界での俺の影響力をさらに拡大する機会でもあった。


 魔法少女たちの熱い想いが、明日、ついに火を噴く。

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