表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/215

番外編●絶望の姉妹とロザリンダの悲恋(3)

 魔獣は村の中心に向かって突進してくる。その巨体が地面を踏み鳴らし、家々を震わせた。村人たちは恐怖に顔を青ざめ、子供たちを抱きしめて逃げ惑っている。


「みんな、建物の陰に隠れて!」ロザリンダが叫んだ。


 しかし、魔獣の速度は予想以上で、逃げ遅れた村人たちが取り残されていた。年配の男性が転倒し、立ち上がれずにいる。魔獣の鋭い爪が彼に向かって振り下ろされようとした、その時――


「邪魔よ」


 エレノアの冷たい声が響いた。氷の魔力が爆発的に放出され、魔獣の前に巨大な氷の壁が出現する。魔獣の爪は氷の壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。


 しかし、エレノアが助けたのは結果論に過ぎなかった。彼女の目的は魔獣を止めることであり、その男性を救うことではない。むしろ、男性が邪魔な位置にいることに苛立ちを感じていた。


「今よ、リリア!」


「うん!」


 リリアの花の魔力が周囲に広がり、逃げ遅れた村人たちの足元に花のツタが生まれた。ツタは村人たちを優しく包み込み、安全な場所まで運んでいく。


 村人たちは驚愕した。昨日まで「無力」と思っていた二人が、これほどの力を見せるとは思わなかった。


 エレノアは村人たちを一瞥した。ロザリンダが祈るような表情で見つめている。魔法姫として戦う二人の姿に、魔法少女だった頃の自分を思い出しているのかもしれない。だが、彼女の表情には、それだけではない何かを感じた。


「あれは……あの魔獣は……」ロザリンダは魔獣を凝視している。


「ロザリンダさん?」とエレノア。


「あれは……レイを……私の愛する人を奪ったのと、同じタイプの魔獣……」


 エレノアは息を呑んだ。今、ロザリンダの脳裏には、愛する人の命が奪われた悲しい瞬間が蘇っているに違いない。


 私が倒さなければ……。決して負けるわけにはいかない。


 魔獣はエレノアとリリアに標的を変え、唸り声を上げながら襲いかかってきた。


「お姉様、あの魔獣......」


「ええ、かなり強いわね」


 二人は息を合わせて動いた。エレノアが氷の矢を放ち、魔獣の動きを牽制する。リリアは花びらの嵐で魔獣の視界を遮る。しかし、魔獣は予想以上にしぶとく、二人の攻撃を受けてもひるまない。


「このままじゃ長期戦になるわ」エレノアが汗を拭いながら言った。


「ボク、頑張る!」リリアが答えた。


 村人たちは建物の陰から、固唾を飲んで戦いを見守っていた。昨日の自分たちの言葉が、どれほど間違っていたかを思い知らされていた。


「すごい......」


「あれが、本当の魔法姫の力......」


「私たちのために、戦ってくれているのか......」


 ロザリンダも固唾を飲んで見守っている。愛する人を守れなかった無念を、エレノアとリリアに託すかのように……。


 魔獣が大きく吠え、全身から暗い魔力を放出した。その魔力は周囲の空気を重くし、エレノアとリリアの動きを鈍らせる。


「くっ......」


 エレノアがよろめいた瞬間、魔獣が大きく跳躍し、鋭い爪を振り下ろしてきた。


「危ない!」


 リリアがエレノアを庇うように前に出た。魔獣の爪がリリアの肩を掠め、傷がつく。


「リリア!」


「大丈夫......ちょっとだけ......」


 リリアは肩を押さえながらも、笑顔を見せようとした。しかし、痛みで顔が歪んでいるのは明らかだった。


 村人たちは建物の陰から、息を呑んで戦いを見守っていた。エレノアは一言も発せず、ただ黙々と魔獣と向き合っていた。


 昨日あれほど彼女たちを批判した人々も、今は固唾を飲んで見つめている。高慢で冷たいと言われた王女が、命をかけて戦っている姿を前に、誰もが言葉を失っていた。


 魔獣が再び突進してきた。エレノアは全身の魔力を振り絞り、氷の結界を展開した。


「これで最後よ......!」


 彼女の杖から青白い光が迸り、巨大な氷の槍が形成される。しかし、魔獣はその攻撃を予想していたかのように身をかわした。


「くっ......まだ足りない......!」


 エレノアの魔力が限界に近づく。このままでは、本当に敗北してしまう。


 その時、リリアが姉の手を握った。


「お姉様、一緒に!」


「リリア......でも、あなたは怪我を......」


「大丈夫! ボクたち姉妹なら、きっとできる!」


「負けないで!」ロザリンダが叫んだ。「あなたちちは、この村の希望なんです!」


 その言葉がエレノアを奮い立たせた。二人は手を繋ぎ、それぞれの杖を天に掲げた。エレノアの氷の魔力とリリアの花の魔力が共鳴し始める。


「これが......私たちの力......!」


 青白い氷と鮮やかなピンクの光が螺旋状に絡み合い、巨大なエネルギーとなって魔獣に向かって放たれた。魔獣は回避しようとしたが、エネルギーの範囲があまりに広く、逃げ切ることができなかった。


 光の渦が魔獣を包み込み、その巨体が徐々に光の粒子となって消えていく。


「やった......やったのね......!」


 エレノアとリリアは力尽きて膝をついたが、魔法姫の姿は保ったままだった。二人の魔力が完全に調和した結果、普段以上の力を発揮できたのだ。


 村人たちから大きな歓声が上がった。


 ロザリンダは悲しい過去から解き放たれたような安堵の表情を浮かべている。彼女の愛した人の仇を討つことができたのか、それはわからない。だが、ロザリンダの中の忌まわしいトラウマを微かに晴らすことができたのは間違いなかった。


 年配の男性が恐る恐る近づいてきた。昨日あれほど厳しい言葉を浴びせた同じ男だった。


「王女様......」


 彼の声は震えていた。目の前で繰り広げられた光景に、深く心を動かされていた。あの高慢で冷たいと思っていた王女が、命をかけて村を守ってくれたのだ。


「本当に......ありがとうございました」


 他の村人たちも次々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


「私たちが間違っていました」


「どうか......この村にいてください」


 男性たちの言葉には、心からの感謝が込められていた。昨日の偏見が恥ずかしく思えるほど、エレノアたちの戦いは勇敢で美しかった。


 エレノアは立ち上がり、変身を解除した。いつもの冷たい表情に戻ったが、どこか疲れも見えた。


 心の中で複雑な感情が渦巻いていた。あの日の記憶が蘇る。王宮を襲った魔獣――人間の男に化けていたあの恐ろしい存在。両親を殺した憎むべき敵。あれ以来、男性の姿を見るたびに恐怖と嫌悪感が込み上げてくる。


 目の前の村人たちは、あの魔獣とは違う。理性では分かっている。でも、感情がそれを受け入れることを拒む。この村の男たちと上手くやっていけるとは、到底思えなかった。


 それでも――


 魔法姫として生きること。弱い者を守ること。それだけが、今の自分に残された希望なのかもしれない。両親を守れなかった自分にとって、せめて他の誰かを守ることができれば......それが償いになるのだろうか。


 そして何より、森で倒れそうになった自分たちを救ってくれたロザリンダ。あの人の優しさに、どれほど救われたことか。


「......あなた方がそう望むなら」


 短い言葉だった。それ以上は何も言わず、エレノアは村人たちを見回した。


 村人たちは安堵の表情を浮かべた。厳しく冷たい王女だが、確かに村を守ってくれる存在だということが分かった。


 リリアが姉の手を取った。


「お姉様、やったね」


「ええ」エレノアは小さく頷いた。


 ロザリンダが微笑みながら近づいてきた。


「エレノア、リリア、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとう」


 エレノアはロザリンダを見つめた。あの森で、死にかけていた自分たちを迷いなく助けてくれた人。この人だけは信じることができる。男性への不信は変わらないが、ロザリンダのような女性がいるなら、この村で生きていくことも悪くないかもしれない。


「ロザリンダさん......こちらこそ、ありがとうございます」


 静かな感謝の言葉だった。


 村の女性たちも駆け寄り、二人を囲んだ。しかし、男性たちは少し離れた場所に立ったままだった。エレノアの男性に対する態度を知っているからだ。


 それでも、村全体に安らぎが戻ったのは確かだった。


 その夜、村では小さな会合が開かれた。エレノアとリリアのために用意された席には、村人たちからの感謝の気持ちが込められていた。


 しかし、エレノアは会合の途中で席を立った。


「少し外の空気を吸ってきます」


 彼女は一人、村はずれの小さな丘に向かった。


 星空の下、エレノアは静かに立っていた。村の灯りが下に見え、人々の笑い声がかすかに聞こえてくる。


「お姉様」


 リリアが後を追ってきた。


「一人でいたかったのに」


「でも、寂しそうだったから」


 エレノアは苦笑した。


「寂しい? 私が?」


「うん。お姉様は強いけど、いつも一人で抱え込んでる」


 風が頬を撫でていく。エレノアの銀髪が月明かりに揺れた。


「私はあの人たちを信用できない。特に男性は......」


 エレノアの声には深い痛みが込められていた。あの日、両親を殺した魔獣の姿が脳裏に浮かぶ。人間の男に化けていた恐ろしい存在。あれ以来、男性を見るたびに、心の奥底で恐怖が蠢く。


「でも」


 彼女は村の方を見つめた。


「魔法姫として、弱い者を守ることだけは......それだけが、今の私に残された希望なのかもしれない。両親を守れなかった私が、せめて誰かを守ることができれば......」


 声が小さくなる。自分でも、その希望がどれほど脆いものか分かっていた。


「それに、ロザリンダさんが救ってくださったこの命。無駄にするわけにはいかない」


 リリアは姉の手を握った。


「ボクはお姉様についていくよ。ずっと」


「ありがとう、リリア」


 二人は並んで星空を見上げた。新しい生活の始まり。それは完全な幸せではないかもしれないが、二人には十分だった。


 村の人々は彼女たちに感謝し、必要としている。それでも、エレノアの心の奥には深い孤独感があった。男性を信じることができない限り、真の意味で心を開くことはできないのだろう。


 それでも、この場所で、この人たちと共に生きていく。それがエレノアの選択だった。


 救いの手によって始まった物語は、孤独を抱えながらも新たな決意を胸に、静かな夜を迎えたのだった。

「番外編●絶望の姉妹とロザリンダの悲恋」完結です。


本日で第1回から50日連続投稿を達成しました!

明日から「第4章 魔法少女歌劇団篇」の開幕です! どうぞお楽しみに。

面白いと思った方、続きが気になる方は、ぜひブックマークや★★★★★評価をいただけると励みになります!

また、皆さんのお気に入りキャラクターやお気に入りシーンがあれば感想で教えてください。


本作の世界観を舞台にした短編『婚約者の前で名乗りすぎた魔法少女の末路』も公開中です。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ