お酒の勢いなんかじゃなくて
「なぁ、今夜、二人で飲みに行かないか?」
佐野さんから、そう誘われて、私は二つ返事をしていた。前々からずっと、誘われるのを待っていたから。
期待で胸を膨らませて、待ち合わせに指定された居酒屋に向かった。
居酒屋で二人で話をする時間は、とっても楽しくて、あっという間に過ぎていった。幸せだなぁ、と心の底から思った。
「刈谷、そろそろ終電じゃないか? 大丈夫か?」
そう聞かれて、ああ、期待してたのは私だけだったのかな、と思ってしまった。
「大丈夫です。……佐野さんと一緒にいるの、楽しいから、今日は帰りたくないです」
その言葉は、私にとって精一杯のアピールだった。
「……そうか」
どう受け取られたのかわからないけど、一言そう返された。佐野さんはお酒を追加注文して、顔色を変えずに、その後もたくさん話をした。
時間が過ぎて、夜もすっかり深くなった頃、私は少しお手洗いに立っていた。鏡を見ながら、この後どうしよう、なんて考えるが、お酒のせいか、考えがまとまらない。席に戻ると、お会計が済まされた後だった。
「会計しといた。そろそろ出ようぜ」
佐野さんはそれだけ言って、先にお店の出入口まで歩いていった。
「奢ってもらうなんて、悪いですよ。割り勘で……」
私が言いながら追いかけると、佐野さんは静かに首を振った。
「これくらい甘えてくれていいんだよ、刈谷」
「……じゃあ、甘えます。……あの、」
「ん?」
言いかけて黙ってしまった私に、佐野さんが不思議そうに首を傾げる。
「あ、……佐野さん、あの、手、……手を、繋いでもいいですか?」
「……いいよ。酔い覚ましに、少し歩くか」
「……はい」
私は、自分の胸の高鳴りが繋いだ手から伝わってしまうんじゃないか、と思いながら、佐野さんの手を握った。私の手を優しく握り返してくれる、その手がとても愛おしく感じた。
少し歩くと、ホテルが並んでいる通りに出た。ここまで来たら、あとはもう、流れに任せるだけな気がした。
「……入るか?」
ホテルの前でそう聞かれて、私は黙って頷いた。佐野さんは慣れた様子でホテルの中へ入っていく。私はただ流れに身を任せようと思った。
ホテルの部屋で、二人きり。もう、やることをやるしかない、と思っていた。
「……タバコ、吸っていいか?」
佐野さんは懐からタバコを取り出してそう尋ねてきた。私はただ頷いて、ベッドの端に腰かけていた。佐野さんは私に気を遣ったのか、少し離れたところで立ってタバコを吸っていた。
「……刈谷、その……俺に気を遣わずに、先に寝てもいいんだぞ?」
そう言われて、私はなんて答えればいいのかわからなくなっていた。
「私……あの、私、こういうの、初めてで、わからないんですけど……佐野さんは、私に興味ないですか……?」
「いや、……刈谷に興味がないわけじゃなくて、酒の勢いで女を抱くようなのは、かっこ悪いんじゃないか、と、だな……」
部屋が薄暗くてよく見えなかったけれど、佐野さんは少し困ったようにそう言った。
「……お酒の勢いなんかじゃないです。私、ちゃんと佐野さんのことが好きで……好きなんです。私じゃダメですか……?」
私が言うと、佐野さんは吸っていたタバコを消した。
「……先にシャワー浴びてこい」
返ってきた言葉は、それだけ。でも、私は、それをとても嬉しく感じた。直接、好きだと言葉にしてほしかった気もする。でも、今はこれでいいと思った。
〈了〉
なんだか頭の中で繰り返し流れてくる想像を形にしたいなと思った新年の初書き。新年の初書きがこれでいいのかと思いつつ、なんだか頭の中に繰り返し浮かんでくるから書くか……と。