ep2「はじめの一歩」chap2:傷痕
【前回のあらすじ】
問題児ミーヤは、母との約束を果たすために時空を繋ぐ秘術を使用するも黒ずくめの男にその制御を乗っ取られてしまう。
家に戻り父クロウドと再会するも母を守れなかった父への不満を抱えたまま、父とのぎこちない会話の後、感情が爆発し家を飛び出すミーヤ。
クロウドは母を守れなかったことへの後悔を抱えつつも、娘の気持ちを理解しようと努める。クロウドの弟子であるステリアが仲裁を買って出るが、ミーヤの心はまだ揺れている。
ミーヤは道場を飛び出し行く宛ても無くグランパレシオンの街を走っていた。
もう神子寮に戻ることもできない。
帰るべき家には父がいる。
息が詰まる。
どれぐらい走っただろうか。
視界に広がるのは、夕日に染まる港と、静かに揺れる水面。
「綺麗な夕日だよね」
「うん――――」
誰!?
不意に耳に飛び込んできた声。振り返るとそこには銀髪蒼眼の女性、ステリアが立っていた。
「久しぶりだね、ミーヤちゃん」
「あ、ええっと、そ、そうですね……」
「覚えてる? 私のこと」
「ステリアさん、ですよね? 忘れるわけないですよ。会うたび会うたびべたべたくっついて来るんだから」
声にならない唸りを上げるステリアは喜びが決壊しそうな笑顔でミーヤに駆け寄る。
「だってミーヤちゃんかわいいんだも~ん!」
何年もくっつくの我慢してたんだぞ~! と言わんばかりにミーヤに引っついてくる。
「な、なんなんですか……」
「うんうん、大きくなったミーヤちゃんももちもちでかわいいねぇ」
ミーヤは照れくさくもありながら、数年振りでも変わらず接してくれる人がいることに少し安心感を覚えた。
「お父さんとケンカしてるの?」
その話題か。
「ケンカっていうか、気まずいというか……」
「お母さん?」
突き刺さるような問いかけ。
ステリアは母がいなくなった頃ぐらいから道場にいたと思う。ミーヤからすると姉のような存在でもある。
気を遣ってくれているのは分かるがやはり母のことはミーヤには気が重くなる話である。
「オウカさん、だっけ? 私も詳しく知ってるわけじゃないけどさ、すごい人だって聞いたよ」
ミーヤは耳を傾けるしかなかった。
なにせ父とはあまり仲が良くないこともあってあまり母の話を聞いたことがなかったのだ。
そのままステリアは話を続ける。
「オウカさんはフレアフォトンへの適性がなかったらしいんだけど修行を続けてエダクタス流武闘を修めたんだって! しかも師範だよ、すごくない?」
ミーヤは知らなかった。
記憶にある母の優しく柔らかい手。
そんな母が武術の師範だったなんて。
幼いミーヤにはエダクタス流武闘や師範になることのすごさなんて少しも分からなかったが今になれば少しは分かる。
道場は父だけではなく母も歩んだ道だったのだ。
実の娘であるにも関わらず母のことに関して知らないことが多すぎる。
でも今はもっと母のことを知りたいと、そう思えた。
「道場の壁にあった傷は見た?」
「傷?」
「うん、道場の隅の方ね」
そう言われれば道場に入って見回した時に壁の木材が抉れていえるところがあった気がする。
「その傷痕、オウカさんがつけたらしいよ。それを面白がってクロウドさんが残してたんだって」
そんな話も知らなかった。
「その傷痕、見に行かない?」
「え?」
「お母さんのこと感じられるかもよ?」
ミーヤには少し戸惑いがあった。その気持ちがなんなのか具体的な言葉にできなかったが怖いような嬉しいような、一概には表現できない気持ちだった。
「うん……」
そんな相槌のような曖昧なこと切れた返事しか返せなかった。
「じゃあ行こうか」
「あの、いつまで引っ付いてるんですか?」
「うーん、私はいつまででもいいよ」
「動けないんですけど」
ミーヤは引っつくステリアを強引に引き剝がしてふたりは再び道場に向かって歩き出した。
道場に戻るとそこには父の姿はなかった。
「ありゃー、師匠はどっか行っちゃったみたいだねぇ」
ステリアが軽く肩をすくめる。それを見てミーヤは胸を撫でおろす。
「ほら。見て見て、ここだよ」
ステリアが道場の隅で指を差す。
ステリアが指差したのは道場の隅。そこには木材が抉れたような傷跡があった。
「こ、これをママが?」
驚きの声を漏らすミーヤにステリアは嬉しそうに頷く。
「ママってこんな馬鹿力だったんだ……」
そんな母を全く想像できない驚きと、母を本気で怒らせるようなことがなくてよかったという安堵が同時にやってきた。
「ミーヤちゃんもきっと修行を積めばこれぐらいできるよ」
「私が!? いやいやいやいや無理でしょ」
「おやおやおやおや? エダクタス流武闘の神髄をもしかして知らないのかぁい?」
ステリアがからかうように言葉を投げかける。
「し、知らないよ。殴り合いなんて全然興味なかったし……」
「もったいないなぁ。お父さんはエダクタス流武闘の最高師範。お母さんは素質の無い状態から師範まで修練を積んだ。こんな恵まれた環境なのに」
「恵まれた環境だなんて……思ってないし」
ステリアはミーヤに気を遣わずに話し続ける。
「ミーヤちゃんもやってみない? きっとお母さんも喜ぶと思うよ」
「なんで、なんでそんなこと分かるの?」
ミーヤの鋭い口調に動じることはなかった。
「分かるわけじゃないよ。分かるわけじゃないけど、自分の娘、大切な人が同じ道を歩んでくれるのが嫌な人はそうそういないんじゃないかな」
ステリアの屈託のない眩しい笑顔が覗き込みミーヤを照らした。
この人は昔からそうだ。そんな込み入った話はしたことはないがいつもよくしてくれる姉のような存在だ。いつも引っ張られてしまうが悪い気はしない。この人は底抜けに明るい。そんなステリアからミーヤは知らず知らずのうちに元気を貰っていたのだ。
神子寮に入ってから会う機会も無かったが、久々に会った相変わらずステリアのその眩しさには目が眩んだ。
「ま、まぁ、ステリアさんがそこまで言うなら……」
「ほんとに!?」
どこまでまっすぐなのだろう。キラキラと瞳を輝かせながらまた引っついてきた。
「本当だから離れてください……!」
「そこまで言うなら仕方ないなぁ」
嫌に素直で少し驚いた。こんなにすんなり離れてくれるなんて。
心から喜んでいるのは間違いない。妹分が一緒に武術を嗜んでくれるから、エダクタス流武闘の再興にまた一歩近づいたから、はたまた別の理由があるのか。
真意は分からないが、その屈託のない笑顔はきっとどれも真実なのだろう。
「それじゃあまずは基本の構えからね!」
「え、今から!?」
「もっちろん! まだまだ日は沈んでないよ!」
ミーヤは道場の中庭の方に目を向ける。暗い。
「今日はもう――――」
「あ、師匠!」
ちょうどクロウドが戻ってきた。
「おお、ふたりとも戻って来てたのか。ちょうど道場を閉めようと思ってな」
クロウドはミーヤの方に視線を向けると少し安心したような表情をこぼした。
「師匠! 聞いてください! ミーヤちゃんがエダクタス流武闘を始めてくれるそうです!」
「み、ミーヤが!?」
「ちょ、ステリアさん!?」
「あれぇ、やってくれるんだよね?」
ステリアがにやつきながらミーヤに問いかける。
気まずそうにしているミーヤにクロウドからも。
「い、いいのか? 本当に……」
固唾を飲みミーヤを見つめている。
ミーヤも逃げ場はないと分かり腹を括り大きなため息をひとつついた。
「やるよ。やるって言っちゃったし。でもやってみるだけだからね! 続けるとは言ってないからね!」
「ミーヤ……」
「よーし! それじゃあ基本の構えはね――――」
「ちょ! 今日はもう道場閉めるんじゃないの!? ねぇ!」
ステリアと父の二者二様の微笑みに観念したミーヤはステリアの人形と化すのだった。
さっそくミーヤにエダクタス流武闘を教え始めるステリア。そんな姿を見てクロウドはいろんな感情があふれてきたが今は胸の内に抑え込んだ。
「今日は……もう少し開けておくか」
教えているのかじゃれあっているのか分からないが微笑ましい光景を目にクロウドは自分でも意図せず微かな声が漏れ出ていた。
数年振りの親子の再会。
それは数年前と変わずぎこちないものではあったが、間違いなく凍り付いた時間が融け始めた瞬間でもあった。
今回コンテストに向け小説家になろうになろうに投稿しました。
普段はXfolioで更新してます。
キャラデザや用語なども下記サイトで公開しています。
「CRAVING CONNECT」ポータルサイトURL
https://xfolio.jp/portfolio/chaka4_min