ep2「はじめの一歩」chap1:親子の時間
【前回のあらすじ】
ミーヤは悪夢のような出来事から目覚め、家に戻るが罪悪感から逃れられず街をさまよう。
王宮で国王アレクに事情を説明し、侵入者の存在と継界天門の異常を報告する。
アレクから継界天門の使用を禁じられたミーヤは、自分の行動の重さを感じながらも、一日の終わりに少しの安堵を得る。
彼女とグランパレシオンの未来には、新たな挑戦が待っている。
問題児はいつものように問題を起こした。
可能性の神子となりその問題もより一層スケールアップしていた。
グランディオスに伝わる時空繋ぎの秘術を制御できなくなってしまったどころか、何者かも分からない黒ずくめの男に継界天球のあるギワ中央にまで侵入されてしまった。
「継界天門の制御が効かなくなった? それに黒ずくめの男? 何それ!」
その男がどこから侵入したかは定かではないが、気づけばもうそこにいたのだ。侵入も何もないじゃん! と、当人は開き直り自室でふてくされていた。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
胸に湧き上がる罪悪感と焦りをかき消そうと目をつむった。
実の自分の部屋に戻ってくるのはいつ振りだろうか。可能性の神子になる修行のため家を4年ほど開けていた。そのため年頃の女の子の部屋にしては少し殺風景である。
可能性の神子として修行している間はカムリ宮の見習い神子寮で生活を送っていた。
休みの日も実家には戻らなかった。何せここには――――
「ミーヤ、いるか?」
来た。
扉の向こうから聞き覚えのある低い声がする。
その声に反応しすぐに起き上がる。
「い、いるけど……何?」
「久々に帰って来たんだ、どうだ? 少し話さないか。可能性の神子にもなれたんだろう? いろいろ聞かせてくれないか?」
「う、うん……」
覚悟を決め息をのみ自室のドアに手を掛ける。
ドアを開けるとそこには大柄の男がいた。
父である。
クロウド・エダクタス。ミーヤの父である。
12年前、グランディオスは魔神侵攻と呼ばれる厄災に見舞われている。クロウドはその厄災で魔神と呼ばれる存在を退けた英雄として称えられている。
だが、実の娘には嫌われている。
クロウドは先の戦いで魔神を退けたものの左腕を失い、左半身不随にまで陥ってしまった。足を引きずりながらであれば歩く程度は問題ない。
護柱三家の一柱である武闘のエダクタス家の当主であり、エダクタス流武闘の最高師範も務めるが、当主の身体がこの有り様ということもあり落ち目のエダクタスとも囁かれることもしばしば。
そんな国陸を救った父を娘は嫌っている。
なぜなら唯一の母を守れなかったからだ。
場所は変わりエダクタス家の一室、飾り気はないが見るからに格式の高さを感じさせる内装の部屋にその親子はいた。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「まぁね」
視線を合わせることなく短く答える。
「可能性の神子の修行はどうだった? ためになったか?」
「うん、まぁ」
ぎこちない沈黙が部屋を満たす。
この親子にとってその言葉を介さない時間は永遠のようにも感じられた。
「今回の件、ミーヤがひとりで背負い込むことじゃないからな」
沈黙を破るその言葉にミーヤの眉間に微かに力が入る。
「ギワ中央殿への不審人物の侵入を許した、継界天門の制御が利かなくなった、それは国として目をつむり切れないことかもしれないが、それよりも俺たちはある事実に目を向けなきゃならないんだ」
父の言葉はあたたかさを感じるはずなのに、どうしても彼女の心には届かない。
「グランディオスに入り込んで何か企んでいるやつがいる。それも国陸の王都であるグランパレシオンに、単身でだ。よほど自信があるかよほどの馬鹿でなければそんなことはしないだろうな。それに気づかせてくれたのはミーヤ、お前自身なんだ」
なんの励ましのつもりなのだろう。気休めにもならない父の言葉に反論する気にもなれなかった。
「地球には行ったのか?」
唐突な問いに、ミーヤは一瞬戸惑う。
「うん……」
「どうだった、母さんの故郷は」
「奇麗だったよ、ピンクのサクラ」
それを口にした瞬間、意図せず笑みがこぼれた。
「そうか、まずは願いが叶ったじゃないか。またひと段落したら今度は一緒に行かないか? たまには顔を出さないとお義母さんにもどやされるからな」
「おばあちゃんって……怖いの?」
「当たり前だろ、オウカの母さんだぞ?」
そう言うとようやくふたりの間にぎこちないながらも笑顔が生まれた。
「そうだ、ミーヤ。このあと道場に行かないか?」
「……え?」
代々エダクタス流武闘の最高師範を務める家系だ。当然敷地内に稽古場となる道場ぐらいあって当然である。
昔から武術なんか習得するつもりはなかった。可能性の神子を目指したのは母との約束だけでなく、嫌いな父や家から逃げるためでもあった。
しかし興味がない。とは言えなかった。エダクタス流武闘の家元であるというのもあるが、母がいなくなってから父は武術の道を歩ませようとはしなかった。幼いミーヤにはその理由が分からなかったが、何年も家を空けて考える時間だけはあったのだ。父のことも母のことも。そしてその道場はエダクタス家が歩んできた道でもあるのだ。そんなことを考える余裕がいつ生まれたのかミーヤ自身にも分からなかったが――――
「うん」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
その時の父は少し嬉しそうに見えた。
名家ということもあり家はそこそこ大きい。
先ほど親子が会話をしていた家屋から離れのようなところまで歩いていくとエダクタス流武闘の修練場である道場がある。
道場はなんとも言えない雰囲気を放っていた。
神聖な場というのはいささか大袈裟だが、軽い気持ちで足を踏み入れるのは阻まれるような感覚があった。
「気にするな。入っていいぞ」
ミーヤの心中を見透かしているかのような一言に少し呆気に取られたが、気を引き締め道場へ上がった。
「ここで母さんも修行してたんだ。驚くぐらい強かったぞ」
なんだか自慢げな父が鼻につく。
「なんで……なんでママを守れなかったの?」
聞くつもりはなかった。喉が締めつけられるような感覚を覚えた。
「……すまない」
父の声は低く、かすれていた。
「そっか、やっぱりはぐらかすんだ」
どうせはぐらかされるのは分かっていた。
だがその謝罪は、娘が最も聞きたくなかった言葉だった。
「守れなかった。俺がふがいなかったんだ」
そんな弱弱しい言葉を聞きたいのではなかった。
「……ッ!!!」
声にならない息が漏れた。
父に辛い言葉を投げ掛けたいわけじゃない。
父は国陸を守るために戦ったのだ。理解はしている。
父も母を守りたかったに違いない。
あの時、私よりもそう思っていたのだろう。
でも父は絶対に言わないのだ。
国陸を守らなければいけなかった、と。
言い訳にしないのだ。
それがまたミーヤには重くのしかかりどこにもぶつけられない気持ちだけが募っていくのだった。
ダッ――――
居ても立ってもいられずミーヤは道場を飛び出した。
「わおっ、ミーヤちゃん!?」
道場を飛び出したところで銀髪蒼眼の女性と鉢合わせる。
今にも決壊しそうな瞳を抑え込みながらミーヤはそのまま走り去って行った。
「今のミーヤちゃん? 大きくなったねえ!」
「そうだな……」
「何? ケンカですか……?」
「そう、だな……」
女性の名はステリア。
見た目は人種とは変わらないのだが、純粋な人種とは異なる異人種と呼ばれる種族である。
純粋な人種よりも身体能力に優れ、より野性的な種である。人種よりも感情のタガが外れやすく横暴な者も少なくはない。そんなこともあり人種の中には異人種を嫌う人もいるのだ。
その異人種でありながらも気さくで明るく人種からの人望も厚く、このエダクタス流武闘の師範代も務める。もちろん強い。
幼い頃にクロウドに命を救われた過去があり、それ以来エダクタス流武闘を修めながら現在は門下生の指導もこなすエダクタス流武闘の希望の星である。
「久々に帰ってきた娘さんとケンカなんて何があったんですか?」
「いや、知っての通り昔からあまり好かれていなくてな……」
クロウドから乾いた息が漏れる。
「奥さんの件ですか?」
返す言葉もなく肩をすくめる。
「任せてください!」
「は?」
「私がなんとかしましょう!」
返す言葉もなく立ち尽くす。
「どうするつもりなんだ……?」
「ふっふーん」
ご機嫌な様子で任せてくださいと再度言い残すとクロウドの返事も待たず道場を出て行った。
クロウドは一抹の不安は感じるものの、こんな時に間を取り持ってくれる人がいることに安心感を覚えるのだった。
今回コンテストに向け小説家になろうになろうに投稿しました。
普段はXfolioで更新してます。
キャラデザや用語なども下記サイトで公開しています。
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