ep1「ミーヤの罪」chap3:業に入っては
【前回のあらすじ】
継界天球の前に立つと突然制御不能な魔導式でミーヤは母の故郷である異世界「地球」に飛ばされる。未知の世界にワクワクしつつも、時空酔いで倒れた彼女はひとりの女性と出会う。
ミーヤの新たな物語が今、始まる。
ここは地球のとある国のとある場所。地名はなんて言ってたかはよく覚えてない。
だけど目の前にいるこの人の名前は覚えた。
武蔵宮聖子。
リバースアではあまり見ることのない形のきっちりとした着物を身に纏った老女であり、品と威厳を兼ね備える佇まいをしている。
聖子からここがどういう場所なのかということはあらかた説明された。
聖子の話によると、ミーヤの母であるオウカ・エダクタスの母であるという。つまりミーヤの祖母にもあたる。
ミーヤの母、オウカはこの地球という星からリバースアという星に嫁いできたのだ。そのことは小さい頃に聞いたのを覚えていたし、こうやって母の故郷である地球に訪れるために今まで歩み続けてきた。
12年前、オウカがいなくなる前までは毎年地球に遊びに来ていたという。だが残念なことにミーヤ自身が幼過ぎたことと母を失ったショックであまり記憶に残ってはいなかった。
そして今、母との約束を果たそうと時空繋ぎで飛んだ先が母の実家だった。突然の再開にミーヤも驚きを隠せなかった。
聖子はミーヤやオウカたちが突然遊びに来なくなり異世界への連絡手段もあるはずもなくこのまま二度と会えないものなのだと思っていたという。
「ちょっとママもお父さんもいろいろ忙しくなっちゃったみたいでさ。私も小さかったしあんま覚えてなかったからよく分からなくて」
祖母と孫が和室で小さなテーブルを挟んで話しているよくある光景だがふたりは生きてきた世界が文字通り違う。それでも魔導式『言語統一』のおかげでなんの苦も無く会話が成り立っている。便利なものだ。
聖子自身もオウカのことや突然来なくなった理由などいろいろ聞きたいことがあるだろうが、久々に再会した孫に問い詰めるようなことは決してしなかった。最後の来訪から長い期間が空いてしまい連絡も取れなかった中で突然孫がひとりで来たのだ。嬉しさももちろんあるが、同時にもうひとつの世界で何かあったのではないかと勘ぐってしまう。
「そうかい。桜花はそっちで元気にしてるのかい?」
母として娘のことが心配なのだろう。家族であり親なのだから当然だ。ミーヤも母がいなくなったときはひたすらに心配と不安に苛まれていたのだから。
オウカがいなくなってからのエダクタス家は並行別世界へ遊びに行くなんてことは気軽にはできなかった。それはミーヤもなんとなく理解している。
「うーん、元気元気!」
精一杯平静を装ったが、嘘をついてしまった。
「そうかい。それならよかった」
意外とあっさりとした返事が返ってきて表情が固まった。
聖子のその一言はまるでミーヤの心を見透かしたかのようだ。
きっと今のミーヤの精一杯の一言だけでオウカが地球に顔を出せない理由が何かしらあるのを察したのだろう。
「そうだ!」
突然声を上げテーブルに前のめりになるミーヤ。
「今日来たのはママとの約束を果たすためなんだ!」
「桜花との約束?」
「うん! ピンクのサクラ! 見に来たの!」
もうひとつの世界で何かあったのではないかと思っていただけに「そんなこと?」と少し拍子抜けしたが笑顔で答えた。
「丁度いい時期に来たね。桜は今が見頃だからね。こっちだよ、ついて来なさい」
「うん!」
聖子はそう言うと立ち上がり部屋を出た。
少女は目を輝かせ興奮を抑えられない様子をあらわにし、小走りで聖子のあとを追った。
武蔵宮家の敷地はエダクタス家の敷地面積をゆうに超える広さだった。
武蔵宮家は代々神職を務めていたり、昔から地域に根付いた活動、その他農業などさまざまな家業を営む名家の本家である。
和モダンとまではいかないが現代的な木造和風建築の豪邸であった。
豪邸と庭園を取り囲むのは背の高い塀だ。その塀が邪魔をし外の様子はあまり確認できない。
その庭園をしばらく歩くと大きめな薬医門が目に入ってきた。その大きさは櫓門かと見まがうほどである。ここは城ではなく家屋であることを忘れてはならない。
聖子が門の前でデジタルの操作盤に触れている。少しするとモーターの駆動音と共に門が開かれていく。大きさもさることながら、この大きさを自動にて開閉を行っている。
ミーヤはそれを傍から眺め目を丸くし言葉を失っていた。
この世界がどういった原理で物を動かしているのかは分からないがリバースアで生きてきたミーヤにとってはその光景は新鮮なものだった。フレアフォトンも使わず何やらパネルに触れるという簡単な操作でこれほど大きな門の開閉を行える。リバースアとは全く異なる文明なのだと感じさせられた。
「ほら。こっちに来てみなさい」
聖子は優しく手招きする。
門に見とれていたミーヤは呼びかけで我に帰り、聖子のもとへ駆け寄り門の外に目を向ける。
「うわぁ……!」
眼下には絨毯のように敷き詰められたピンクに萌え盛る桜並木が広がっていた。
――――これがママの言っていた
ようやく叶えられた約束。ミーヤは溢れる思いを抑え込みその瞳を輝かせていた。
武蔵宮の邸宅は長く続く坂の上にある。そのため一度門の外へと出れば街を見下ろせるのだ。その景色は小さなグランディオスのようにも見えた。
ミーヤは力強くピンクの絨毯を指さし子供のように無邪気に言う。
「あそこ! 行ってもいい!?」
「ええ、もちろんよ」
聖子は懐かしんでいた。何年も会ってなかった孫。その孫の笑顔が在りし日の記憶に焼き付いたまま一遍も変わりなく目の前に現れたのだ。
次は桜花、あんたも一緒に来なさいよ――――
そんな想いを胸にすでに坂を駆け下りているミーヤのあとをついていくのだった。
しばらくミーヤと聖子は一緒に桜並木の続く道を一緒に歩いた。
昔の母の話や小さい頃のミーヤの話、そして本来禁則事項ではあるが並行別世界であるグランディオスの話、どんな想いで今日ここに来たか。他にも他愛のない世間話をした。
いろんな話をしたがお互いに現在のオウカについての話は出てこなかった。娘の口からはどう伝えればいいか分からず触れられない。母の口からは何があったかも分からない中で憶測で孫に気を遣わせたくない。そんなふたりの思惑は自然とオウカの話題を避ける結果になった。
散歩を始めてからしばらく時間が経った。陽は傾き夕日に当てられた桜はどこか寂しげに見えた。
念願だったピンク色のサクラを見ることも叶った。途中売店で団子という食べ物も食べた。頬がとろけるほど美味しかった。
「そろそろかな……」
ミーヤが少し名残惜しそうに切り出した。
聖子も何を言い出すのか察したようだ。
「気を付けてね、またいつでも遊びに来るんだよ」
「うん!」
聖子のくしゃっとした笑顔は母の笑顔を彷彿とさせた。ミーヤもまたおんなじ笑顔で答えた。
武蔵宮邸に戻るとふたりは最初にミーヤが現れた庭園の隅に向かった。
「ここのはず……」
こちらに来た時に開いた継界天門は消えていた。それもそのはず。時空酔いでミーヤが倒れた際にフレアフォトンの供給が断たれそのまま消えたのだ。
もう一度継界天門を繋ぎ直さなければならないが、継界天門にはそれぞれ継界点いう時空を繋ぐ座標が割り振られているためスフィアに記録されている情報を元に正確な位置で時空繋ぎを行わなければならない。
「それじゃあ、そろそろ行くね!」
満面の笑みで別れを告げるミーヤ。
聖子はその笑顔を目に焼き付けただ頷いた。
そのままミーヤはスフィアを装着した腕を掲げる。
――――これどうやって起動するんだっけ。
来たときは勝手に門が開いただけで自分で門を開くのは初めてになる。
訓練用の門は見習い神子の実習で何度も展開してきた。
そんな難しいものではない。スフィアに記録されているフレアフォトンを光粒通器のアシストの下で魔導式に適応させるだけだ。
ミーヤは恐る恐る光粒通器の指示に従い進める。
――――こちらの継界点は登録にない脱号継界点となってます。継界天門の出入りにおける安全性は保障されません。
!?
ミーヤは思わず唾を飲み込んだ。変な汗が噴き出る。
悪いことはよく覚えている。悪いことは踏み抜くと自分にすべての責任が被さる。問題児はいかにして悪いことを踏み抜かずに好き勝手することの大切さを人生レベルでこの身に刻んできた。
脱号継界点。
公式に記録されていない継界点、時空繋ぎの魔導式を悪用し数ある継界点の中に私的利用するための継界点を記録したものである。
その方法はいくつかあるが継界点そのものに記録者の設定したロックが掛けられ、さらにその上から継界天球に備わっているロックも掛かり二重で保護されている。そのため公式に記録の無い脱号継界点と分かっていてもカムリ大社の者を含めアクセスするためのロックを解除できないようにされているので基本的には記録から弾いてストックしておく他対処法は無い。それほどまでにフレアフォトンを利用したロックは厳重なのである。
行きの道は安全だったのだから帰りの道もまず安全だろう。それよりも脱号継界点を使用したことがばれる方が大問題だ。
リバースアに帰ったらすぐにこの門を閉じて家に帰ろう。
そんなことを考えながら継界天門を開いた。
「じゃあね! また来る! それまで元気でいてねおばあちゃん!」
こんな時でも笑顔を忘れないミーヤ。聖子の反応を待たずに門に入っていった。
「そそっかしいね……」
ミーヤはグランディオスに嫁ぐ前の桜花にそっくりだ。
血は争えないねえ。
思わず笑みがこぼれた。
聖子は今日の出来事を胸に、昔を思い出しながら家屋の方へと帰っていった。
目の前が光に溢れている。
眩しいな、なんて思った次の瞬間にはギワ中央殿へと帰って来ていた。
ミーヤは素早くあたりを見渡す。
よし、誰もいない。
時空酔い防止のためフレアフォトンをゆっくり体内に取り込み馴染ませていく。
生まれ育ったリバースアの環境に身体は慣れているため行きよりは楽に身体を慣らせた。
呼吸が落ち着いたところで。
「閉じろ!」
光粒通器にフレアフォトンを流し込み魔導式を起動させる。
時が止まったかのような静寂。
何も起こらない。ただ光の輪がミーヤの目の前を漂い続けている。
失敗。
ミーヤは首をかしげる。
その後何度か試すが結果は変わらなかった。
まずい。
とっとと証拠を消したいのにこんな時に限って上手くいかない。
そもそもこんな難しくもない操作が上手くいかない方がおかしい。
「おかえり」
ほの暗いギワ中央殿の入口の方から突如声を掛けられる。
反射的に振り向くミーヤ。
――――誰?
暗くてよく見えないがそこには誰かが立っていた。
「初めましてだな、可能性の神子よ」
聞き覚えの無い低音のよく響く声。まるで腹のあたりに刃を突き立てられているような感覚に陥る声だ。
ミーヤは気づいていないがこの男が声を発した途端にこの場のフレアフォトンの反応が急に活発になったのだ。それが無意識のうちにミーヤの身体を強張らせていた。
「異世界旅行は楽しめたかな? いや、お前たちグランディオスの民は並行別世界と呼ぶのかな」
なんだこの男。
まだミーヤとの距離はあるが異様な威圧感と存在感を放ち続けている。
それに並行別世界の観測を行えるのは継界天球を有するグランディオスだけであり、それだけでなくリバースア以外の世界を行き来できること自体一般的には眉唾物の話であり各地で情報は湾曲しその事実を知る者は多くないと言われている。
「あんた誰?」
ミーヤの問いかけに反応するように歩き近づいてくる。男の距離が縮まってくるのと同時にその姿は継界天球の光に照らされしっかり視認できた。
黒いヘルメットのような仮面、機動性と隠密性に優れているであろう特殊スーツ、そしてその威圧感を表したような漆黒のコート。全身黒づくめで明らかに危険な匂いのする風貌である。
「感謝する」
ミーヤの前まで来た男は立ち止まり突然ミーヤに礼を告げた。
――――は? 何を言ってるんだこいつは……
ミーヤはまだ冷静にこの男と相対していたが、ただならぬ存在感に自ずと本能から後ずさりする。
「長年この時を待ちわびたんだ。継界天門はありがたくいただこう」
この男ますます何を言っているのか分からず理解に苦しむ。
そもそもフレアフォトンの反応によって存在している継界天門を貰うことなど不可能。実体としてこの空間にあるわけではないのだ。言い換えれば宙を漂うただのエネルギーの塊なのだ。
だがすぐにさっきの失敗が頭をよぎる。
――――とっとと証拠を消したいのにこんな時に限って上手くいかない。
――――そもそもこんな難しくもない操作が上手くいかない方がおかしい。
それらの点はすぐに繋がり違和感は確信へと変貌していく。
「あんた、どうやって……」
ミーヤは察した。
光粒通器のサポートがなくても継界天門を閉じるのは難しくはない。フレアフォトンの供給が止まれば勝手に消えるからだ。
そのことから考えるとすでにこの門は消えていてもおかしくない。それなのにフレアフォトンがその場から霧散しないのはこいつが何か小細工をしたに違いない。
「ほう、少しは頭が回るようだな。だがもう遅い。この世界で俺に逆らえるものは存在しない」
会話が噛み合わない。
脱号継界点の証拠隠滅。閉じない継界天門。目の前にいる黒ずくめの男。
ミーヤを焦らせ苛立たせるには十分すぎるほどの要素が揃っている。
「それで、あんたの目的は何?」
「独り占めは良くないと思わないか?」
「はぁ?」
本当に話の嚙み合わないやつだ。こんなところでもたもたしている場合ではないのに。
「俺はすべてを支配する。もちろんこの世界のすべてをだ。そう、お前たちグランディオスの民が隠し通しているこの力も例外ではない」
真意は分からないし、何故継界天門のコントロールが突然効かなくなったのかも分からない。ひとつ、確実に言えるのはこいつがグランディオスにとって良くない存在であり危険であるということ。それだけは分かる。
「あんた、自分が何言ってるか分かってるの?」
「お前こそ、自分たちが何をしてきたか分かっているのか?」
最後まで埒が明かない。でもこいつはここでなんとかしなきゃいけない気がする。
助けも呼べない。ここには自分ひとり。これほどまでに実家の武術を体得しておけば良かったと思ったことはなかった。
過去形。
考えるよりも先に身体は動いていた。すでにミーヤは拳を握り黒ずくめの男に向かって走り出している。
これなら当たる!
男はミーヤが走ってくるのをただ棒立ちで眺めるだけだった。
拳を突き出す。仮面まであと少し。
「ひれ伏せ――――」
男がつぶやく。
次の瞬間殴りかかっていたミーヤの身体は地べたに這いつくばっていたのだ。
――――何!?
理解できなかった。感じたことのない身体の重み、重力が急激に強くなったとでもいうのだろうか。身体を起こそうとしてもびくともしない。まさか地球から帰ってきた際の時空酔いだろうか。さまざまな考えが脳内を飛び交った。
「素直じゃないか」
眼前にひれ伏すミーヤを見下しながら男はそう告げた。
素直?
――――私は立ち上がりたいのに。
違う。こいつの力だ。ひれ伏せと言い放ったと思えばその通りになった。それを受け入れ地べたに這いつくばる様を素直であると見下してきた。
何かしらの魔導式があらかじめ展開されていたのだろうか。なんにせよ謎の力がミーヤの身体を地べたに張り付けにしている。
不用意だった。ミーヤは本当の戦いを経験したことが当然ない。すでに魔導式を仕掛けていたのであれば、継界天門にも何かを仕掛けているのだろう。そしてこの男はミーヤが戻ってきた時に「おかえり」と声をかけた。ここにミーヤが現れるのを分かった上で待ち伏せしていたのだろう。不意に相手のテリトリーに足を踏み入れたのはミーヤの方だったのかもしれない。
これは本当の戦いなのだ。街のチンピラとのケンカとはわけが違う。今更ながら状況の理解に及んだがすでに手遅れである。
どうにか立ち上がらないと……!
そう強く思い全身からフレアフォトンを解放し無理やりにでも立ち上がろうと試みる。
「誰が、素直ですって……」
拳を地面に突き立て思いっきり上体を起こす。
「何?」
わずかだが、間違いなく確実に身体が持ち上がってきている。
男はすぐに違和感に気づいた。この状況で立ち上がれる者はまずいないはず。そレと同時に自身のフレアフォトンが目の前に這いつくばる少女に吸われているような感覚にも陥った。
そう。事実ミーヤはフレアフォトンを解放しようと自分の中に眠る力まで引き起こそうとしていた。それは力の解放に違いないが、同時にミーヤは周囲のフレアフォトンを吸収し体内に取り込んでいる。この男のフレアフォトンも例外なく吸い込んでいく。
そしてミーヤはとてつもなく重くなった身体を全身の力を振り絞り起こしきる。前傾姿勢で息も絶え絶えだがその眼は目の前に立つ男を睨みつける。
「私は街一番の問題児なの。どこの誰だかも分からないやつの言いなりになんかなるわけないでしょ」
男は仮面のせいで表情は全く読み取れない。ミーヤの発言を反芻しているようにも見える。
その時。
「ガフッ……!」
気づいた時にはミーヤのみぞおちに素早く男の膝がめり込む。今までの人生で一番痛い。本当に死ぬかもしれない。息が吸えない。
立っていられず倒れそうになるミーヤの頭髪を男が乱暴に鷲掴みにして無理やりにでも立たせる。
「素晴らしい。俺に逆らえるやつはそういない。誇っていいぞ。これからも俺を楽しませろ」
ミーヤはその言葉を理解する余裕はなかった。とにかく痛い。呼吸が浅い。
何より、怖い。
男はそのままミーヤを振り飛ばす。地面に力なく倒れこむミーヤ。先ほどまでの重力のような謎の力は感じないが立ち上がることは到底できなかった。
そんなミーヤを気にも留めず男は歩き去っていった。
「待、て……」
ミーヤの声は誰にも届かず、そのまま意識が遠のいていくのだった。
今日は何度意識を失うのだろうか。
夢なら覚めてくれと思いながら眠りについた。
今回コンテストに向け小説家になろうになろうに投稿しました。
普段はXfolioで更新してます。
キャラデザや用語なども下記サイトで公開しています。
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