ep1「ミーヤの罪」chap1:踏み出す
「ミーヤ・エダクタス、前へ」
凛とした声が響き渡る。品のある装束を纏った老婆が、一点の曇りもない眼差しで少女を呼び出した。
ミーヤと呼ばれた少女はその声に応えるように一歩を踏み出した。今にも叫びだし走ってどこかに飛び出していきそうなほどに目を輝かせて老婆の前まで歩み寄る。
物々しい空気の中、白く透き通った装束を纏った女性たち神妙な面持ちで並んでいる。
木々が茂り木漏れ日が流れ込む神聖な空気の中、とある式典が執り行われている。
「問題児であるあなたを可能性の神子にするのは神への謀反に当たるかもしれないけれど、言葉の通りあなたの可能性に賭けてみることにします。その純粋な心を忘れないように」
そう言うと丁寧に梱包された小包を少女に渡した。
刹那。
「やったーーー!!!」
少女は小包を高く放り投げ叫びだした。
「こらあ! 不合格にされたいのか小娘!」
老婆も少女に呼応するかのように声を荒げが、ミーヤは笑いながら小包を華麗にキャッチする。
「ほらほら今日ぐらいいいじゃ~ん! カンナおばちゃまも一緒に叫んじゃってはしたないですわよ~! それじゃあね。今日はやることたくさんあって忙しいの!」
走り去ろうとしたところ、何かを思い出したように振り返り続ける。
「あっ、ほんとに感謝はしてるよ! 時間はかかったけど可能性の神子にしてくれてありがとうね!」
そう言うとミーヤはそのまま走って式典会場を後にした。
「こら! 待たんか!」
カンナおばちゃまと呼ばれた老婆は長い人生の中で一番深い溜め息をついた。
「あやつ、可能性の神子になった後、このカムリ大社で仕事をしていくということを分かっておるのか……?」
またひとつ溜め息をつく。
「分かっているわけがないか」
世話が焼ける。ミーヤが神子修行に来てから数年。気が休まる瞬間なんてなかったがこれからもこれが続くのかと思うとまだまだこの世から去ることはできないだろう。
それが少し、楽しくもあるのだ。
問題児だが周囲の人に元気を振り撒く。ミーヤとはそんな少女なのだ。
「エダクタスは親子揃って……あとで小娘にこれからのことを伝えに行ってやってくれ」
溜め息混じりに他の神子にそう伝えると可能性の神子任命の式典を再開した。
可能性の神子。第6統治国陸グランディオス。この国に伝わる時空繋ぎの秘術を継承し守る役目を担っている。
グランパレシオンのはずれにその神子たちが仕える社はある。それがカムリ大社である。
世界を作り出した神を祀っていると言われており、遥か昔よりグランパレシオンにその社を構えている。
カムリ大社の宮司を務めるのはカムリ・カンナと呼ばれており、ミーヤにカンナおばちゃまと呼ばれたその人である。
可能性の神子はカムリ大社の見習い神子といったところなのでミーヤの発言は大変な失礼にあたる。
グランパレシオンの街は、山の斜面に沿って広がる美しい都市だ。石造りや木造の家々が階段状に立ち並び、城下には港もあり海風が運ぶ潮の香りが鼻をくすぐる。
標高が高くなるほどに、王宮の荘厳さが目に迫り、その全景はまるで絵画のようだ。
だが、街を駆け抜けるミーヤにはそんな景色は目に入るわけもなかった。
先ほどの式典でついに可能性の神子として認められ時空繋ぎの秘術に迫れるのだ。この時をどれほど待ち望んだことか。
走りながらカムリ・カンナからもらった小包を開けて中身を確認する。その中に手袋がひとつ入っていた。
「これ! これだ、時空繋ぎ!」
手袋の手首のあたりにスフィアと呼ばれる小さな水晶がはめ込まれている。スフィアとはリバースアにおける魔導具である。
この魔道具が生活や工業、戦闘までさまざまな場面で用いられリバースアの文化レベルを引き上げている。
このスフィアはカムリ大社製の特別なものであり時空繋ぎの秘術を使用するための魔導式が書き込まれており、スフィアの力を使用するためには適した魔導式が必要なのだ。
ミーヤはその手袋をはめ、開けた小包を雑に包み直し抱き抱え走り続ける。
向かう先はギワ中央殿。ミーヤが幼き日に母と最後に話した場所だ。
その場所にこそ時空繋ぎの要となる継界天球がある。継界天球と時空繋ぎの魔導式をリンクし、継界天門を出現させる。
継界天門こそがリバースアと別の世界を繋ぐ出入り口となる。
幼き日に交わした母との約束。
今、母は隣にはいないが、たとえひとりでもその約束を果たすため奔走している。
母の故郷にピンクの桜を見に行く。
その約束だけがこの少女を幼い頃から支え、今もなお突き動かしている。
ようやく夢に手がかかりかけたのだ。少女は息が切れても必死に走り続けた。
気づけばミーヤはギワ中央殿へ続く門の前までたどり着いた。
「おやおや、これは問題児のミーヤさん。ここに何の用で?」
門の前で門番のような男性に当然ながら止められる。
ギワ中央殿は時空繋ぎの秘術を司ることもあり、当然ながら朝から晩まで見張りの守衛がついている。
ミーヤははめた手袋をどや顔で見せつける。
「っ……!」
守衛は嫌そうな顔で驚く。
当然だ。グランパレシオンでは問題児として有名なミーヤが可能性の神子にしか携行することが許されない手袋、もといスフィアホルダーを装着しているのだ。
「何かの間違いでは……?」
まだ信じていない守衛に対し、小包からどや顔で可能性の神子認定証を取り出しこちらもどや顔で見せつける。
「まじかよ……」
守衛は悪夢でも見ているかのような気持ちになったが仕事は仕事。これが現実で問題が起きても自分は仕事を全うしたまでと自分に言い聞かせる。
可能性の神子はギワ中央殿への出入りは自由である。それは決まりであり、たとえ問題児であっても可能性の神子であれば守衛に止める権利は無い。
「中の物を壊すなよ?」
「余計なお世話なんですけど!」
睨みを利かせながらミーヤは開いた門をくぐっていく。
「大丈夫だよな、あいつを通して…」
守衛は未だに不安そうである。それもそのはず。ミーヤはトラブルメーカーなのだ。
この一年だけでも街中の器物破損4件、チンピラとのケンカ8件、神子見習いだというのに執務実習中にグランパレシオンの警護団の世話になること6回、行きつけの甘味処でのつまみ食い22件。その他にも些細な問題やいざこざを含めたらどれだけ街中で話題になったことか分からない。
都市の警護をする側からすればそのまま見習い神子寮に入っていてほしかったものである。
門をくぐりそのままギワ中央殿へと続く道を駆けていく。いくつか通路を超えたあたりで地下へと続く神妙ないでたちの階段が表れた。ミーヤは気にせず勢いのまま駆け下りていき、最深部にある重厚な扉を力いっぱい押し込み開け放つ。
そこには鍾乳洞のような地下空間が広がっていた。幼い頃の記憶が蘇る。ここだ。母の顔を最後に見たのは。
外気の通り道は見当たらないが空気は淀むことなく澄んでいる。外から光が入り込むような隙間も見当たらないがあたり一面が薄く発光している。
日の光も差し込まない空間はひんやりとしていて少し肌寒く感じるが、不快なものでもなかった。
ミーヤは足を止めずギワ中央殿に向かってひたすらに走っていた。思考する間もなく走り続けるミーヤの頬には涙が伝っていた。悲しいわけでもなければ、嬉しいという実感があるわけでもないのだが少女は感極まっていた。
母と別れてから何年も空いた心の隙間を埋めることはできず、それでもめげずに母との約束のためにまた何年も可能性の神子としての修行を積んできたのだ。何より自分の努力が実る瞬間がすぐそこまで迫ってきている。
足は止まらずそのまま母と最後に言葉を交わした場所まで駆けていく。
「ただいま……」
足を止めたミーヤは、静かに息を整える。
肌寒い空気が頬を撫でる地下空間。目の前には、蒼い花を咲かせる桜の木が一本、静かに立っている。
言葉は出なかった。それでも笑みはこぼれた。
帰って来たんだ。
ようやくここに来れたことが少女を何よりも安堵させた。
「もう少しでママの故郷に……!」
少女は桜の木を後にして、ギワ中央殿へと入っていった。
ギワ中央殿、そこには継界天球が光を放ちながら輝いていた。
緊張しているのもあるのだろうか。継界天球は生きているわけではないがミーヤは威圧感のある存在と対峙したかのような錯覚を覚えた。
息を飲み、意を決する。継界天球に近づき、スフィアホルダーをかざすとスフィアも共鳴するかのように輝きだし魔導式がひとりでに展開されていくのだった。
今回コンテストに向け小説家になろうになろうに投稿しました。
普段はXfolioで更新してます。
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