七話
奏が指さたところには穴が九つくらいある。その一つにはもう奏が挿したケーブル差し込まれている。
「黒川さん、このケーブルは?」
「これ? これはペダル用のケーブルだよ」
天音の問いに奏が下のペダルを指す。ペダルから繋がった線がシンセサイザーに差し込まれているケーブルと繋がっている。差し込まれている穴の真上にサステインペダルと書かれているからこのケーブルはこの穴が正解らしい。ならもう残りの穴は八つくらいだがーー
「うーむ、確実にこのユーエスビーはないだろうし」
天音も経験がなさすぎるのでどの穴に差し込めば作動するのかよく分からない。それでまずユーエスビーみたいに名前だけは誰でも知ってるものから除外して選択肢を狭めていこうとする。
「ヘッドフォーンもないだろうし、このボリュー・・・ムペダル?よくわからないな。まぁ多分これもないだろう」
こんな風に一つ一つ確認してみたら、最後にはどうしてもさっぱりわからない四つの穴に残る。
「この四つ多分二つずつセットだと思うんだけど」
天音は残りの四つの穴を見て顎に手を当てる。四つの穴は右に二つ、左に二つずつ離れている。各々の穴の上には他の穴のように何か書かれている。右の穴には右から英語でMIDIアウトとインと書かれており、左の穴には右から英語でライト・アウトとレフト・アウトと書かれている。
「一体どこの穴に・・・」
「そういえばさ」
横で見守っていた奏が天音に声をかける。その声に顎に手を当てていた天音は、手を離して彼女を見つめる。
「白石くんはなんで手を貸してくれるの?」
「ん?」
奏の問いに天音はよく理解できず首をかしげる。その姿に奏が説明を加える。
「だっていつもいつもバンドやらないと言いながら、何で手を貸してくれるのか気になってさ」
「・・・」
「あれ? 白石くん? また無視ぃ」
奏の説明を聞いても天音は何の言葉も反応も見せない。ただ口をつぐんだままシンセサイザーの穴の方を凝視している。これに自分のことを無視するのかと思った奏が目細めて笑う。
「ふぅ〜む、もしかしてやっとあたしと一緒にバンドやる気がーー」
「それはないから安心して」
「うっ、ひどい。それじゃなんで手伝ってくれるの」
「ただ・・・・明日も来たくないから、それだけだ」
「うぅ、これはマジで傷つくかも」
奏が自分の手で胸を掴んで傷ついたようなアクションを取る。そういう奏を天音はじっと見つめる。何の反応も感情もないその目色に奏が恥ずかしいなのか空咳をする。
「それより設置になんか進展はあるの?」
「それが・・・」
奏の問いに天音は困り顔で答えるのを躊躇う。奏はその顔が何を意味するのかすぐ気づき、真剣な声で天音を呼ぶ。
「白石くん」
「・・・」
「できなくても大丈夫だよ。すまんないと思わないで、元はと言えばちゃんと調べないあたしのせいだから」
と言って奏は天音を励ます。そして奏もシンセサイザーの穴の方へ首を振り向く。
「昨日の動画では確か『モノ』と書かれている穴に・・・!」
独り言で何と呟いた奏がいきなり立ち上がって自分のバックがある方へ歩く。奏はバックからスマホを取り出して何を探すのか熱心にスクロールする。
「あ! あった、あった」
しばらく後、奏はスクロールを止めてまたシンセサイザーの方へ駆け寄る。そしてケーブルが入っているカバンから二本のケーブルを取り出して天音に差し出す。
「ちょっとこれ持っていてね」
意味わからない彼女の行動に天音は首をかしげたが、とりあえず彼女が差し出したケーブルを手に取る。そしたら、奏はそのケーブルの反対側を取ってシンセサイザーの穴の前にしゃがむ。
「確か動画ではレフトのケーブルへ挿したから」
奏が指で穴を指しながらレフトが書かれている穴を探す。その姿を見てやっと天音は彼女が何をするつもりなのか気づく。
「これがレフトなのにライトは・・・ふぅーむ、あ! この二つを一緒に挿せばーー」
「まっ、待って! 黒川さん!」
天音がそのままケーブルを挿そうとする奏の手を取って止めた。突然手を取られた奏は彼をじっと見上げる。天音を見る奏の目には「何で止めるの」と言うようだ。
「むやみに挿せたら壊れちゃうかも知らないよ」
天音がまことに心配する語調で奏に言った。彼の語調で奏は納得したように首をゆっくりうなずく。これに天音は彼女の手を放す。
「だから、ここはまずネットで調べてぇ・・・黒川さん? 待って、むやみに挿しちゃぁーー」
天音が手を放すなり奏はすぐケーブルを穴に差し込んだ。奏の行動に天音はあまりにも驚愕すぎてそのまま固まってしまった。
「へへ、やっちゃった」
天音の反応と反して奏は平然にとしてにっこり笑う。奏は立ち上がって天音に預けたケーブルを手に持ってそのままスピーカーの方へ歩む。右のスピーカーから始まって左のスピーカーまでケーブルを差し込む。こうして奏はシンセサイザーとスピーカーが繋げる。
「よし、できた。じゃ、もう電源を入れてみようか」
奏が部室の床に転がっているマルチタップを一個を持って走ってくる。シンセサイザーの前に立ち止めって少し前に差し込んでおいた電源ケーブルのアダプター部分をマルチタップに差し込む。そして奏は手を伸ばしてシンセサイザーの電源を入れようとした瞬間ーー
「黒川さん、待っーー」
我に返した天音が彼女を止めようと手を伸ばしたが、その時はもう奏が電源ボタンを押した後だった。もうシンセサイザーの真ん中にあるスクリーンがオンになって色んな小さなエルイーディーがちらほら灯りがつき始める。
「ほら、成功したじゃん」
奏が胸を張って堂々と言った。彼女のそういう態度を証明するように、シンセサイザーには何の問題もなさそうに見える。あれを見てからようやく天音はほっとする。
「なんだ、なんだ。やっと終わったんか?」
後ろでずっと静かに見守っていた良介が彼らに問いかけた。彼の問いに奏が誇らしげに胸を叩く。
「もちろん、このあたしにとってこれくらいは朝飯前だもん」
「ほう〜、どれどれ」
良介が鍵盤の方に歩く、そして鍵盤前に立つ良介は手を伸ばしてある鍵盤を押してみる。するとーー
「うわあぁっ!」
「良介、オメェェ! 何やってんだ!」
スピーカーから大きい音が出て天音と奏が耳を塞ぐ。彼らはスピーカーが二つもあり、あの大きさを見て音がかなり大きいだろうとは大体予想したが、今のは彼らの予想以上だった。しかし全然予想できなかった良介は突然の大きい音に驚きすぎて鍵盤を押しまま固まってしまった。
「これ思った以上に大きいだね」
奏がシンセサイザーの音をできるだけ小さくし、そして鍵盤を叩いて音の大きさを調節する。
「ところで黒川さん、一体どうやったの」
「ん? 何が」
「きっとさっきまでどうするのかわからなかったじゃない。なのに一体どうやって・・・」
「あ〜それ? それがね・・・実はその動画『モノ』用だったの、それで動画みたいに『モノ』と書かれている穴を探してみたんだけど、このピアノにはそれがなくてちょっと迷ったの、へへ・・・」
奏がばつが悪そうにほっぺを掻きながら答える。しかし彼女の回答を聞いても天音は疑問が解消できない。
「なら穴はどうやってわかったの? さっき君が言ったと通り『モノ』と書かれている穴はなかったじゃないか」
天音の問いを聞いた奏はニヤリ笑う。
「それは感だよ」
「ん? 何だと」
「感だっと、この完璧な女であるあたしの感」
「・・・」
奏が顔の横でピースをする。奏のとんちんかんな回答に天音が顔をしがめる、そして奏は彼のしかめ面に爆笑する。
「あははぁ〜、冗談だよ、冗談。そんなにムキにならないで」
「はぁ、分かったから早く答えてくれ」
「あ〜分かった、分かった」
奏がやっと笑いを止めて回答を続ける。
「それがね、動画で『モノ』の文字の真上に『レフト』と書かれていたのが思い出してこのピアノもレフトに挿せばいいじゃないかと思って挿してみたら、ほら」
奏がシンセサイザーを向かって腕を広げる。
「こう素敵に作動した」
「それは・・・そうだね」
「そして白石くん、君のおかげもあるよ」
天音は奏の意味わからない発言に首をかしげる。もちろん天音が彼女を手伝おうとしたが、天音は自分が実際設置した時は何の役に立てなかったと思った。それなのに奏に『君のおかげもあるよ」と言われて天音はさらに理解できない。
天音の戸惑い表情を見た奏がこっそりと笑い彼に説明をしてくれる。
「設置する前、白石くんが言ったんでしょ。スピーカーが二つあればステレオで音を出せるっと」
「ああ確かにそう言ったんだ、でもそれがどうして」
「あたしがさっきも言ったように動画は『モノ』用だったよね、それでそこにはスピーカーが一つしかなかったもん。その上いざケーブルを挿そうとした瞬間にはレフトかライトかどの穴に指すべきか分からなくてさ」
動画で『モノ』の真上に書かれているレフトを思い出したのは良かったけど、このシンセサイザーには『モノ』なしにレフトとライトだけ書かれている。多分奏はこれだけではどの穴に挿すべきか分からなかったようだ。
「そんな中いきなり白石くんが言ってた『ステレオ』が思い浮かんでてさ。ほら、スピーカーが二つなら穴も二つじゃなきゃいけないじゃん」
「そりゃそうだろう」
「そこであたしは『この二つに全部挿してもいいじゃねぇ』と思ってやってみたら、今こう完璧に出来たよ」
これを聞いた天音は「別に僕のおかげじゃないと思うんだが」と思ったが、わざわざ口に出さなないことにする。そんな中固まっていた良介が彼らに声をかける。
「とにかくこれで設置完了だよな?」
「そう、お前は何もしなかったけど」
「いやいや、俺が全部持って来たじゃん。元はと言えば全部俺のおかげだろ」
「は! おめぇ正気か。どう見てもお前が一番サボったけど」
「はぁ? てめぇやるか」
良介と奏がまた言い争いを始める。一体どうやってあんなに話すたびに争うのか天音は疑問だ。でも天音は彼らがああ見えても仲だけは良いのは知ってる。それで天音はあえて彼らを止めずに自分のバックを肩にかける。そして静かに部室を出ようとした瞬間ーー
「白石くん、まだ帰ちゃダメでしょ」
いつの間にか奏が天音の後ろへ立て彼の肩を掴んでいる。奏の言葉に天音が首をかしげる。
「あたしが言ったんでしょ、今日はあたしたちの初練習だっと」
「ん?」
初耳の話に天音が思わず聞き返す。すると想定外の彼の反応に奏はしばらくきょとんとした目で彼を見つめ、すぐに何か気づいて驚いたように手で口を塞ぐ。
「あ、話すの忘れてた」
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