六話 あたしにも聞いてくれ!
「実は僕もこれが初めてで・・・ははは」
その言葉に奏と良介の視線が天音に注がれた。彼らは驚いた開いた口が塞がらないまま彼を見ている。そのため今、部室には静寂が流れる。
「な,何で」
しばらく後、部室に流れる静寂を破って人は良介だった。良介は納得できない顔をしている。
「白石,君ピアノ弾くんだろ、なのに設置できねーのか?」
「だって僕はクラシックを弾くから、シンセはあまり」
良介は天音の言うことが全然理解ができない。だが天音の言うこと間違ってはいなかった。
天音が言ったように天音はクラシック曲を中心的に弾いてきた。それはつまり、シンセサイザーよりグランドピアノやアップライト・ピアノの方をたくさん弾いてきたというわけ。だからほんの基本的な知識はあるかも知れないけど、じかにシンセサイザーで何をした経験はあまりない。
「だからつまり、今ここには設置できる人はいねーといこと?」
「・・・そうだね。なんかごめん」
「いやいや、君のせいじゃないから謝らなくてもいいんだ。それよりこれどうしよう、なんか方法ないかな」
良介が床に置かれているケースをじろりと見る。天音も彼と共に顎に手を当てて方法を探す。しばらく後、天音が顎から手を離してポケットからスマホを取り出す。
「僕はまずネットで調べてみる」
「あっ、なら俺も」
良介もポケットからスマホを取り出して検索し始める。このため、部室にはまた沈黙が流れ始める。そして、この沈黙の中にーー
「ところでさ・・・」
奏の声が部室に響き渡る。奏の声にスマホに注がれていた天音と良介の視線が彼女の方へ移す。奏はなんだか不満に満ちた顔で彼らを睨んでいる。
「考えてみたら、あたしは? 何であたしには聞かねぇんだ!」
奏の予想せぬ問いに天音と良介が同時にぎくりとする。
「ねぇそうだろ、あたしにだけ聞いてねぇじゃん。まさか仲間はずれ?」
奏が鋭い目つきで良介と天音この二人を交互に見る、すると良介は上手に奏の目を避けるーーまるでこういう状況に慣れているように。それで奏の視線は天音の方に移す。
「白石くん〜ひどいと思わねぇ、あたし今いじめられてるんだよね?」
奏のわがままに天音が困っている。それで天音が助けを求める目つきで良介を見るが、彼は口笛を吹きながら天音をそっぽを向く。
「た、高杉さん・・・?」
「白石くん!」
「は、はいっ!」
奏はよそを見る天音にゆっくり近寄る。そして結局、奏と天音の距離が昨日のように近くなる。こんな状況に天音は昨日のことが思い出して顔をしかめる。しかし奏はそういう彼を見ても気にせず、微笑んで頼む。
「ねぇ〜、あたしにも聞いてくれよ。まじで誠心誠意答えるから」
「わ、わかった。わかったからちょっと離れてください」
「やった!」
天音から望む答えを得た奏は嬉しそうだ。そして彼の頼み通り後ろに三歩ほど離れてニヤニヤ笑って天音が問いかけるのを待っている。
「じゃ、あたしは準備できたよ」
「はぁ・・・わかった、では黒川さん」
「はい〜はい〜」
「君はこれ設置できる?」
自分の望む問いを聞いたからか、それともなんか裏があるからか分からないけど、奏は問いを聞くやいなや鼻で笑う。
「フッフッフッ、あたしのこと? フッフッフッ、そりゃもちろんーー」
「黒川さん、できなくても大丈夫」
「・・・え?」
奏の答えを最後まで聞きもせず天音は彼女を慰めた。これに奏はわけが分からないという顔をして天音をきょとんと見る。だが、天音は全然気づかずに慰め続ける。
「どうせここにいるみんなできないから、そんなに落ち込まないで」
「そうそう、奏、君には別に期待してなかったらか」
横で見守っていた良介が天音の側に来て奏に言った。突然乱入した良介の姿に奏の表情がガラリと変わる。
「今何言ってるんやん!」
もう我慢できなくなった奏が彼らに叫ぶ。突然の叫びに天音と良介はびっくりして静かになる。やっと皆が静かになると奏が一度吐いて話を続ける。
「あたしがいつできないと言ったの」
「じゃあてめぇできーー」
「できるよ」
「そうそうやっぱできる・・・え?」
奏の信じられない言葉に天音と良介の開いた口が塞がらない。彼らは当然奏はできないと思ってあえて聞かなかった。その時間にネットで方法を探した方がもっと得だと思った。しかしーー
「い、今何だって」
「はぁ、あたしピアノ設置できるだと」
当然できないだと思った奏が今堂々とできるだと主張している。天音と良介は何も言わずにただ信じられない顔で奏をじっと見る。
「マジだってば、昨日家に帰ってすぐ調べてみたもん」
奏がいくら言っても彼らの表情は変わらない。結局奏は彼らを説得させるのは諦めてじかに見せなきゃいけないと思った。それで奏はケースの横にしゃがみ込んでそのままチャックを開ける。するとケースの中の赤いシンセサイザーが見えた。シンセサイザーの高音歴代鍵盤部分の上には英語で『ノードピアノ五』と書かれている。
「おい、良介これ持ってね」
「てめぇ、マジでやる気か」
良介はまだ奏ができるかどうか疑わしい。そんな良介の言葉にに奏はちょっとむかついたが、良介も仕方なかった。だって彼が今まで見てきた奏としては設置は絶対無理だし、むしろ壊さなければ幸いだと思った。
「今でも考え直した方が」
「良介、おめぇ早く」
「念の為言っとくけど壊しちゃーー」
「ーー壊さないから早く持って」
「はぁ、わかった」
良介は結局奏の揺るぎない言い方に、しょうがなく彼女の言う通りに従うことにした。良介はケースから赤いシンセサイザーを取り出そうとしたけど一人では重すぎて天音と一緒に持つ。
「さあ、まずピアノをスタンドに・・・あれ? そういえばうちスタンドあったっけ」
奏の問いに良介がぎくりとする。そういう彼の反応を見落とすことなく見た奏が、震える指で彼を指さす。
「・・・まさか、違うよねぇー? 良介、違うんだと言ってくれよ」
「・・・ごめん、また忘れちゃった。俺が今でもまた本校に行って」
スピーカーに続いてスタンドまで持ってくるのを忘れた良介はまた本校に行こうとする。そのためまず持っているシンセサイザーを床に置こうとする瞬間ーー
「ちょっと待って」
奏が良介を止める。これに良介が奏を見つめる。奏は顎に手を当てよく聞こえないほど小さくつぶやいている。少し後、考えが終わった奏が手を離しながら言う。
「取りに行かなくても大丈夫そう」
それを聞いた良介は首をかしげる。だって彼が聞いた言葉はあまりにも奏らしくなかった。普段なら「早く持ってきて!」と大騒ぎする奏なのに行かなくても大丈夫なんて、良介は普段とは違いすぎる奏の姿にぎこちなさを感じる。
「何だ、そんな目は。文句でもあるんかい」
「いや、何でも・・・。それよりどうするつもり? スタンドなしでシンセを立つのは無理だと思うんだが」
「フッフッフッこのあたしを信じてみて、フッフッフッ」
奏が漫画の悪党みたいに笑い出す。その姿に天音と良介は不吉を感じたが、彼らは彼女逆らえないーー自称といえとも今ここで唯一設置できると言った人だから、まずは奏の言う通りに従うしかない。
突然、奏は笑いながら机を彼らの隣へ動かし始める。奏の訳のわからない行動に天音と良介がきょとんと彼女を見つめる。しばらく後、四つの机を並べた奏は額の汗を拭く。
「スタンドは明日持って来ることにしてとりあえず今日はここに置こう」
奏が机を向かって手を広げる。彼女が並んだ机をスタンドの代わりに使おうというわけだった。彼女の意図に良介が渋い表情で天音を見つめる。
「これ大丈夫かい」
「・・・僕も知らん」
「おいさっきから何をぐずぐずしてるの、早く動け」
天音と良介はまだスタンドの代わりに机を使ってもいいか確信が持てなかったが、一応奏のわがままに従うことにする。
「こう置けばいい?」
「うんうん、完璧。では今からケーブルを繋ごう」
奏が床にある鞄を拾う、そしてカバンからケーブルを取り出す。奏はそのケーブルを持ってシンセサイザーの背面に合わせてしゃがんで一人でなんと呟く。
「これは電源ケーブル、これはペダル、これは・・・何だっけ」
奏が取り出したケーブルをいちいち分類する。ここからは天音と良介にできることはないので、後ろからただ奏を信じて見守っているーーさっきなんか少し不安な言葉を聞いたような気がしたけどそれでも。
「まずは電源ケーブルから差し込もう、そのあとはペダル」
だが今の不安とは裏腹に意外に奏は上手にケーブルを差し込む。
「さあ、これから本番だね。まずこのケーブルは・・・あれ?」
設置始めてから一度も止めずに動いていた奏の手がどういうわけかいきなり止めた。何か問題でもできたのか奏は頭を掻く。そういう奏の姿に後ろ天音が彼女に歩く。
「何、なんか問題でもできた?」
「うわぁっ、びっくりした。あはははぁ・・・問題、そうだね白石くんちょうど良いどころへきたね」
「何だ、僕もよく知らないけどできるだけ手伝うよ」
「はあぁ、よかった」
さっきまで不安そうな奏が天音の言葉にほっとしたように見える。奏は息を深く吐いて話を続ける。
「それがね、このピアノ昨日見た動画のピアノと違って、どんな穴に挿せばいいか紛らわしいよ」
奏がシンセの右方を指さして天音の視線も彼女の指をついて行く。
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