五話
良介がスピーカーを取りに行って十分経った今、奏は彼が戻ってくるのを待っている。
「ああ、こいつ何でこんなに来ねぇんだ」
机に腰掛けている奏がイライラしている。そしてこの部室には奏の言葉に同意する人がもう一人ある。
「そうだね、十分も過ぎたのに何でこんなに」
それは今、床に座っている天音だった。天音は今でも早く帰りたかったが、良介が取りに行った時『あいつ一人じゃ不安だから、どうか君も一緒にいてほしい』とお母さんみたいな頼みを言われてしまって、仕方なく奏と一緒に彼を待つことになった。
「僕、早く帰りたいのに」
「いやいや、それは不可能です。もし良介が戻ってきても白石くんは帰れません」
「はぁ? 何で」
奏の言うことに天音が顔をしかめる。かなり文句があるそうな顔だけど奏は全然気にせず、自分の言いたいことを言い続ける。
「はあ、それより退屈じゃねぇー? こいつなんでこんなに来ねぇんだ、あたし早く楽器弾きたいのに」
「そういえば黒川さん、君も楽器弾くの?」
「弾くけど、あたし言ってなかったっけ?」
天音は今まで奏のわがままに引き摺り回されただけで、天音は奏のことをまともに聞いたことがなかった。そういえば昨日の面接の時も天音のことばかり話しただけだし、その時の奏は自分については何一つも話さなかった。
それで天音は答えの代わりにうなずく。その姿に奏はばつが悪そうに後頭部を掻く。
「そうだったっけ、へへ」
「それで黒川さん、君が弾く楽器は何」
「フフッ、あたし?」
いきなり奏はニヤニヤ笑って部室の隅っこに行く。奏が行くところには細長いバック二つが壁に立てかけている。奏はその二つのうちの一つを持ってくる。あれを持ってくる奏の顔には微笑みが溢れている。とにかく奏は天音の前に立ち止まって手にあるその細長いバックを床に置いて開ける。そして奏は立ちってバックの中身を肩に掛ける。
「あたしエレキギターとメインボーカルだよ」
奏のエレキギターヘッドに英語でギブソンと刻まれている。奏は両手を顔に近付いてダブルピースして楽しそうな顔で微笑む。
彼女の行動一つ一つに肩のエレキギターヘッドが部室の電灯を受けてキラキラ輝く。
「どう? どう? 格好いでしょ」
奏は自分が結構かっこいいだったと思ったのか天音に自信満々に聞いたが、そういう奏を彼は何も言わずにただ微妙な表情でじっと見つめる。
「なぁ、何だその顔は、そんな顔で見るな、ちょっと恥ずかしいから」
天音から何の反応もないと結構恥ずかしかったのか、奏の顔が少しずつ赤くなる。それでも黙ってじっと見つめていた天音が、しばらく後彼女に言う。
「エレキギターならいつでも弾けるんだろ、なのにさっきは何で」
奏がエレキギターなら良介が取りに行った時から弾き続けるのができた。もちろんアンプとかそういうのが必要だけど、ケースがあったところにはアンピとケーブルも用意されている。だから今、楽器を弾くのができない天音とは違って、奏は最初からエレキギターを弾くのが可能だった。なのに彼女はそうしなかった、あんなに退屈していたのに。
「だって、あたし一人で弾いたら白石くん寂しくなるじゃん」
その理由は天音が思いもよらない理由だった。最初は嘘でもついているのかと疑う天音だったが、奏の顔を見ると嘘ついているわけではなさそうだ。
「僕は構わないから思い存分弾いてもいい」
「でも・・・一人じゃ」
「なら一曲弾いてもらえる? 一番自信ある曲で」
「マジでそうでもいいの? ありがと! ふぅ〜むならどの曲でしよかな」
天音の頼みでどんな曲を弾くか悩む奏の表情は楽しそうだ。今まで弾きたかったが、天音のために結構我慢していたらしい。しばらく悩んだ彼女はどの曲にするか決めたのか、また隅っこに行ってアンプを引っ張ってくる。適当なところにアンプを置いて彼女はエレキギターにケーブルを差し込む、そのケーブルをアンプにも差し込んでつなぐ。その後、奏はアンプの電源を入れる。全ての準備が終わった奏はピック持って自信満々に天音の真っ向に立つ。
「ちょっとだけど、よく聴いてね!」
奏がエレキギターの弦を弾き始める。彼女が弦を弾くたびに綺麗な音が響く。エレキギターの特性をよく生かしたリフが彼女の手によって爽やかに響き渡る。
この曲は天音も聴いたことがある曲だった。ところが音源と聴いた時とは何か違う感じがする。実力やそういうことじゃなく、言葉では言い表せない何かが奏の演奏にはある。天音の演奏にはない何かが。そういうわけで天音は奏の演奏が気になる。一体何が自分の演奏と彼女の演奏を違うのにするのか考えている中ーー
「どうだったの?」
いつの間にか演奏が終わった奏が彼に鑑賞を問いかけている。突然の問いに天音はきょとんとした目つきで彼女を見上げる。奏もそういう彼を見下ろして彼の答えを待つ。奏は彼が自分の演奏をどう聞いたか気になった。そして、それと同時に彼の鑑賞を聞くのが少し怖かった。もちろんこの曲は彼女が最近いっぱい練習したから自信はあった。しかし他人からの鑑賞を聞くのは初めてだし、しかもその他人が天音だからもっと彼女を怖がらせた。
だがいくら待っても天音からは何の言葉も出てこない。
ーーあたしの演奏がイマイチだったかな
奏は天音が自分の演奏にがっかりして言葉を失ったかと思った。そ証拠で今、彼らの間には何の言葉もなし沈黙が流れている。彼女の考えが確信に変わろうとした瞬間ーー
「そのーー」
ずっと黙って彼女を見上げていた天音の口からやっと言葉が出た。
「もう一つ聞いてもいい?」
奏の問いに天音の答えのは鑑賞などではなく問い型だった。天音の空気を読めない答えに奏は呆れて二の句が継げない。しかし彼はそういう奏の反応にも何のおかしさにも全然気づかずにだたじっと奏を見上げている。奏はそんな彼の姿に諦めてため息を一度ついてすぐニコニコ笑顔に変わる。そして見上げている天音の視線に合わせてしゃがむ。
「ふぅ〜む、どうしようかなぁ〜まぁ許してあげるよ」
「では」
奏の許可に天音が口を開いた瞬間ーー
「君は何でぇー」
「待たせたな、遅れてごめん、ごめん」
部室のドアから良介が入った。突然の登場に天音と奏の目が同時に彼の方に向ける、そして良介を見た彼らは驚きすぎて言葉も出てこない。
「これ思ったより重くてさ、まじでごめん」
静かな彼らに良介は豪快に笑いながら言ったが、彼には何の反応も返ってこない。だって今、天音と奏は視線は全然良介に向けられていない。彼らの視線は良介の両方にあるスピーカーに注がれている。
彼らの視線が向けれている彼の両方にはスピーカーが置かれていた。そのスピーカーの大きさが良介の腰に十分届くくらいだ大きい。しかもその大きさのスピーカーが一つでもなく二つもある。
「良介? なぁ、何で二つも持ってきたの」
「行く途中でネットに調べてみたら、シンセ用のスピーカーは一つより二つの方がいいって」
「ふぅ〜む、そう? じゃあよくやったね。それで何で二つの方がいいの?」
「詳しいのは俺も知らねぇから聞くな」
「二つならステレオで音出すのができるから」
さっき正気に戻った天音が良介の代わりに答えてくれた。『ステレオ』と聞いた良介は全然分からない様子だが、彼と違って奏は何かを理解したように手を打つ。
「あ! そいういことなの、理解したよ」
「ストレオ? 何だあれ」
「バカは知らなくてもいいよ」
「それより高杉さん、僕も聞きたいことがあるんだけど」
「何? 何でも聞いて」
「何でこんなにでかいのを持ってきた?」
天音は良介にスピーカーを見た時から一番気になった部分を問いかけた。彼は良介がスピーカーを持ってくると言った時、ある程度一人で持ち運ぶことができるくらいの大きさを予想した。この狭い部室にはそのくらいの大きさでも十分だから。しかし、良介が持ってきたスピーカーの大きさは彼の予想を簡単に超えた。天音はこれを一体どうやって一人で持ってきたのか気になったが、それより一体何のわけでこんなにでかいものを選んだのか気になった。
そして、天音の質問に良介が堂々と回答する。
「だって、でかければでかいほどいいじゃねぇか」
「おめぇ・・・それ本気で言ってるのか」
奏がうんざりして言った。天音は彼の答えにため息をつく。彼は龍介になんかすごい理由でもあるかと思ったが、理由は思ったより簡単な理由だった。だったそんな理由でこんなに大きなスピーカーを持ってくるなんて・・・。
「まぁ別に構わないかな」
天音は大きさによる大きな問題にな問題は特にないだと思った。音量調節はシンセサイザーでもできるし、幸いにそのスピーカー自体にも音量調節機能があるように見えるから。
「じゃ、早く設置しよ!」
奏が天音と良介を急き立てる。シンセサイザーの設置に必要な薔薇も全部揃ったし、奏がもう早く設置してバンド練習を始めたがる。
「良介!」
「何で」
「早くスピーカーをここに置いて」
「また俺がぁ? ・・・はぁ、わかった」
良介は最初は嫌だったが、冷静に考えてみると今この部室にあのスピーカーを移すのができる人は自分しかことを悟った。そういうわけで仕方なく良介は一人でスピーカーを移し始める。そして少し後ーー
「ところで・・・白石」
スピーカーを全部移した良介が天音を呼んだ。すると天音が「何で」と言うような顔でスピーカー上に座っている彼を見上げる。
「君これ設置できるか」
「ん?」
「俺は知らねえ、やったことねえから」
良介の言葉に天音の表情が変わる、そしてこれを見た良介は慌てる。
「あ、ごめん余計なことを聞いて、ピアノだから当然余裕だろうな。もし気を悪くしたらごめん」
「いや、そうじゃなくてぇ・・・」
良介の謝りに天音が困り顔で手を横に振る。
「実は僕もこれが初めてで・・・はは」
天音の衝撃的な言葉に良介と奏、皆がその場に固まる。
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