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月の石

作者: 雉白書屋

 民間人向けの月旅行が実現し、それから少し経った後のことである。

 月に行ったある旅行者が、月の石を手土産に地球に持ち帰り、周囲の人々に配った。もちろん、旅行会社は想定済みで、それを売り文句にしていた。

 だが、月の石には作物の成長を促進する効果があることがわかったのだ。

 民間人向けの月旅行が解禁される前も、月の石は宇宙飛行士の手によってたびたび地球に持ち帰られ分析されていたが、有害でもなければ特にこれといった利もないと、研究者たちの間でいつしか興味が薄れていた。(月の次は火星だ、金星だ、と他に目が向けられていることもあった)しかし今回、月の石を土産に持ち帰った旅行者のうち、農業を営むある男が自分の畑にそれを撒いたことで、その効果が明らかになったのだ。

 それは盲点だった。だが調査の結果、実際に効果があるとわかり、正式に認められたことで、田舎者の戯言と見なされていた農家の男は鼻高々となった。

 しかし、めでたしめでたしでは終わらない。この事実を知り、多くの人々が月の石を欲しがり始めた。需要があるとわかれば商売にかかるのは当然のこと。各国、各企業が競い合って月の掘削作業に乗り出し、月の石が大量に市場に出回った。農家だけでなく、園芸を趣味にしている一般家庭など、果ては庭に撒く砂利の如く、誰もが月の石を買い求めたのだ。

 古来より、人は月を見上げ詩うたい、物語を描き、月の光に神秘性を見出してきた。

 人体に良い影響をもたらすと噂が流れれば、そんな気もしてくるというもの。そしてまた需要が高まり、とその裏には業者の扇動もあっただろうが、しかし、確かに月のその一欠けらを手に握ると心が落ち着いた。それが夜、月を見上げてなら、なおのこと。それはプラシーボ効果だと理由づけて斜に構える者でさえ、あの空で輝く月の一部が手の中にあると思うと、その神秘的な力を感じずにはいられなかった。

 こうして、人々はこれまで以上に月を身近に感じ、心穏やかに過ごしたのだった。



 ……ある時までは。

 月愛好者協会、月保存団体、お月見倶楽部、月を愛でる会などを始めとする団体や、多くの市民から月の掘削作業は景観を損ねるという懸念の声が寄せられた。その結果、月の掘削作業はすべて地球からは見えない月の裏側で行うという決定がなされた。そのことに反対の声を上げる者はなかった。しかし、ある時、転機が訪れた。

 月の質量が変化したことが、自転および公転周期に影響を与えたのか、それとも掘削作業で用いた爆薬の衝撃が原因なのか、専門家がテレビで震えた声で理屈を並べ、地球に衝突する危険はないと説明したが、多くの人々はその話に興味を抱かなかった。

 月がどう動くかに興味がないわけではない。それどころではなかったのだ。


 シミュラクラ現象。穴が三つあると本来は顔でないものでも顔に見えてしまう現象がある。

 月は夜、常に裏側を地球に向けるようになった。そして、その顔はそれはそれは恐ろしく恨みに満ちているようで……。

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