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行き場のない過去 後編


「うちの使用人ではないな。何者だ?ここでなにをしている。」


口調こそ荒立ててはいないが、私を見つめる眼光が鋭くてすごく怖かった。

体が一気に強ばりどう答えたらいいのかと(はく)の方を見たら姿がなかった。

ウソっ?なんでいなくなっちゃうの?!


「あの、さっきまでここに珀がいて……」

「はく?誰だそれは。」


えっ?見えてないの?

そうか……陰陽師だったのはお母さんの方でこの人は婿養子になるんだ。

それにしても珀の存在さえ知らないだなんて……


「私、真人(まひと)さんのクラスメートで牧野(まきの) (つむぎ)と申します。今日ここにお邪魔したのは〜……」

息子さんのことを探りにあなたの家のご先祖さまに会いに来ました。とは言えない……


「あの牧野家の娘か、なるほどな。」


これは決して良い意味でないのは(あわ)れむような態度で伝わってきた。

結婚を祖父母に反対され、出産間際に父を亡くした母は地元を離れて女手ひとつで私を育ててくれた。

昼も夜も働き誰にも頼らず頑張っていたのに、地元では体を売って稼いでいるだの男を騙して貢いでもらっているだのデタラメな噂が流れた。

母が目を引くほどの美人だったから、そんな心無い憶測が広まったのだ。

そのせいで母は帰省することもままならず、祖父母と仲直りすることも叶わず、死に目にも会えなかった。


「もう帰りなさい。こんな時間に異性の家に上がり込むとは非常識だ。全く、母親はどういう教育をしているんだ。」

「─────お言葉ですが。」


私のことはどう言われたっていい。でも……母のことだけは誰にも文句は言わせない。


「母はまだ小さかった私を世話しながら看護学校に通いました。看護師の資格を取ったあとも、昼も夜も働いて人の何倍も努力してきました。貴方が母のどんな噂を聞いたかは知らないけれど、私の…私の母は……尊敬できる人なんです!」


涙がボロボロ零れて最後らへんは自分でもなに言ってんだか分かんなくなっていた。

なんで私はこうヘタレで泣き虫なんだろう。



「待たせたな。」



そう言って誰かが後ろから私の頭をポンと撫でた。


「彼女は先週転校してきました。今日話をしていたら茶道に興味があるというので僕が家に招きました。用意が整うのに時間がかかってしまって……庭を散策してみてはと提案したのも僕です。申し訳ありませんでした。」


着物姿の真人が私の隣で深々と頭を下げていた。

着物での登場といつもと全く違う低姿勢な言葉遣いに唖然としたのだが、私も同じように頭を下げた。

しばらく真人の父親との間に重苦しい沈黙が流れた。


「ついでに目上の者に対する口の聞き方も教えてやりなさい。」


無愛想にそう告げると真人の父親は去っていった。

姿が完全に見えなくなるのを確認してから真人はようやく頭を上げた。

これって私を助けに来てくれたんだよね?

でもなんでこんなにタイミングよく現れることが出来たんだろう……


「珀が教えてくれたんだ。親父に見つかってピンチだって。なのにおまえの剣幕に親父の方が押されてたじゃねえか。」

それは本当に申し訳ない……

珀も私を見捨てたわけじゃなかったんだ。どうにか難を逃れられてホッとした。


「真人ってお父さんの前だと僕って言うの?いつもの感じとは全然違うんだね。」

「あのなぁ、あの人は華道の世界じゃもの凄い人なんだぞ。」


真人の父、西園寺流現当主、西園寺 宣仁(のぶひと)

床の間以外にも花をいけ、モダンで前衛的な作品を世に出して今までの華道のイメージを(くつがえ)した先駆者で、華道家というよりは芸術家に近い。

華道人口が減少するなかで生徒の数は700人にも及び、宮内庁から式典のプロデュースを依頼されたり、海外メディアからも注目の日本人として紹介されるほどの人物なのだという。

私ってば…そんな偉いお方につっかかるとはなんて身の程知らずなことをしたんだろう……


「俺も父親のことを尊敬している。悪かったな、おまえの母親のことを悪く言って……すまなかった。」


怒られることはあっても謝られるとは思ってもおらず驚いた。

真人の父には珀の存在も陰陽師が裏稼業であることも知らせていないのだという。

同じ屋根の下に住む家族なのに、そんなことが有り得るのだろうか……


「母も俺もあの人の至高を邪魔したくない。それだけだ。」


凡人には理解出来ない世界のようだ。

真人が来いと言って庭を歩き出したので言われた通りあとを付いて行った。




夜風に当たりながら竹林の小路を抜けると、日本昔話に出てくるような小さなお家が見えてきた。ワラを何層も重ねたぽっこりお屋根がなんとも愛らしい。

真人が入っていったので中を覗いてみると、四畳半ほどの和室に茶道具の置かれた棚が見えた。

どうやらここが離れの茶室のようだ。


「なにボサっとしてる。入れよ。」

「もしかしてお茶をいれてくれたりする?」


「父にああ言った手前、振る舞わないわけにはいかないだろ。」

「ホントに?嬉しいっ!」


思わぬお誘いに跳ねるような気持ちでピョンと座ったら作法がなってないと睨まれ、部屋に入るところから五回ほどやり直しをくらった。のっけから指導が半端ない……


真人は茶碗に抹茶をふるい茶釜からお湯を注ぐと、茶筅(ちゃせん)という道具を使ってお茶を()て始めた。

ひとつひとつの動作を流れるような動きで丁寧に(こな)す真人の姿に見惚れてしまった。

花を生けている姿も是非見てみたい。さぞかし似合ってて格好良いんだろうな……

やっぱりこれって私……珀に言われた通り真人にほの字なのかな……?

認めるのは少し(しゃく)な気もするけれど、否定の仕様もない。


真人が出来上がったお茶を私の前に置いてお辞儀をしたので私もつられて頭を下げた。

確か飲む前に回すんだよね…どんだけ回すんだっけ?

無地の茶碗だったのでどこまで回したのか分からなくなってきた。


「何回転させる気だ。もう飲んでみろ。」

呆れ顔の真人に(うなが)されて口をつけてみた。


───────にっ……苦い!!

脳天を突き抜けるような苦さだ。茶道のお茶ってこんなに苦いの?罰ゲームじゃん!

チラリと真人の方を見ると真剣な眼差しを向けていた。

ここで吐き出したらお作法うんぬんどころの話ではない。残りのお茶を一気に頂いた。


「け、結構なお手前で……」


そうは言ったものの、本音は口の中が抹茶っ茶で死にそうだった。出来れば今すぐ茶室から飛び出して池の水で洗い流したいっ。

眉間に皺を寄せて必死に耐えていると真人が突然吹き出した。


「結構なもんか!苦味のきついのを思いっきり濃くいれてやったんだからな。」


……へっ?じゃあこの強烈な苦さってワザとなの?


「酷いよ!こんな味なんだと思って我慢して飲み干したのにっ!」

「散々迷惑かけられたからな。仕返しだ。」


もらった白湯を飲んでいる間も、真人は私の顔が余程面白かったようで思い出しては声を上げて笑っていた。

そんなに笑わなくってもいいのにっ……

日頃はクールなくせに、顔をクシャッとさせて笑うとかってちょっと反則。


いれ直してくれたお茶はほのかな甘みもあってとっても美味しかった。








すぐ隣だからいいと断ったのに、暗いから送ってやると言う真人の言葉に甘えた。

道路脇の草むらからは虫の鳴き声がしていた。リィリィリィと鳴いているのがナツノツヅレサセコオロギで、ジージー鳴いているのがエゾスズなんだそうな。

虫にも詳しいなんて真人って本当に博識だ。

名前を知ると、虫の音が一層風流なものに思えてくるから不思議だ。


このままもっともっと真人と仲良くなりたいけれど、私が近くにいることでまたやりたくもない陰陽師の役目をせざるを得なくなるかもしれない。

次からは自分で対処してくれと言われたけれど、真人は本当はすごく優しい人だから……

そんなことを繰り返させてはダメだ。

家の前までくると私は首から下げたペンダントを外し、真人にそっと手渡した。


「珀から聞いた。お母さんの形見なんでしょ?」


真人は一瞬驚いた顔をしたあと、ペンダントを強く握りしめて目を伏せた。


この土地のことは理解出来た。

これからも見えないふりをするし危ないところにはいかないし、近付いてくる霊がいたら全力で逃げる。

今までそうして生きてきたのだからきっと大丈夫だ。


ここで真人への気持ちにも踏ん切りをつけよう。

学校でも話しかけないし、あの庭にも二度と行かない。

好きだと気付いてから数時間で終わっちゃうだなんて……儚い恋だったなあ。


「もう迷惑はかけないから安心して。お守り代わりに持たせてくれたのはすごく嬉しかったけど、これは真人が持っとかな……」

「違う、そうじゃない。」


(うつむ)いたままだった真人が絞り出すような声を上げた。



「俺にはこれを持つ資格がないんだ。」



……資格?

親の形見を子供が持つのになんの資格がいるというのだろうか。

真人は夜空を見上げると小さくため息をついた。


「俺はおまえが言う通り冷たい人間だ。俺じゃなければ滅するんじゃなく、成仏させられた霊がたくさんいたかもしれない。」


確かに最初は冷たいやつだと思っていたしそう言ったこともあった。だけど真人の陰陽師としての資質を否定したわけじゃない。


「待って真人。私誤解してただけで今は真人のことをそんな風には思ってないよ?」

「分からないんだ……」


月が陰り、表情はよく見えなかったが声が震えているのは分かった。



「一番近くにいたのに、なににそれほどの強い心残りがあったのか……」




それって────────……



「紬帰ったの?遅くなる時は連絡入れなさいっていつも言ってるでしょ!」

玄関の明かりが着いて母が扉を開けた。母は不思議そうな顔をしてキョロキョロと辺りを見渡した。


「あら、話し声が聞こえてたのに……紬ひとりだったの?」

真人の姿は闇夜に紛れてもう見えなくなっていた。



なぜ真人が陰陽師を辞めたいと思ったのかが分かってしまった。



『陰陽師は妖魔が目の前に現れたら

滅しなければならない』




真人は━━━━━━━……




『それが例え…

血を分けた肉親であっても』






━━━━━━━妖魔になったお母さんを滅したんだ。










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