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行き場のない過去 前編

昼間でも薄暗かったけれど、夜の森は真っ暗闇で懐中電灯ひとつじゃとても心細かった。

もうニャ太郎ったら、こんな時に限っていないんだから。一緒に付いてきて欲しかったのに……

新しい土地に慣れたのはいいことだけど、一日中家を留守にするのはどうかと思う。


「幽霊、出ませんよ〜に!」


って、その幽霊に今から会いに行くんだけどね。

真人からもらったペンダントを握りしめながら歩みを進めると日本庭園が見えてきた。

昼間とはまた違い、灯篭(とうろう)や池や木の周りに設置された照明がほのかに灯っていて幻想的な世界観に満ちていた。

個人のお庭なのに……さすが華道の家元ともなるとこういうところにもこだわりを持つのだな。


関心しながら庭の奥にある家屋に目を懲らすと、縁側で酒を組み返す(はく)の姿が見えた。

珀と他にも人影が三人……なんとあの落ち武者どもだった。

なんでいるの?タチが悪いだけで危害を加えてこないことは分かったけれど、私、あの人達苦手なんだよな〜。


でもここまで来て引き返せないと思い、意を決して竹垣の隙間をすり抜けて庭へと入り込んだ。

気配に気付いたのか、珀はこちらを振り返ると会釈をするようにニコッと微笑んだ。お酒のせいかほんのりと赤く染まった頬に長い前髪がハラりとかかりなんとも艶っぽい……

油断していたら微笑みだけで(とりこ)にされてしまいそうだ。


「やあいらっしゃい。真人(まひと)なら離れの茶室にいるよ。」


この庭、茶室まであるんだ。

華道に茶道に剣道と、真人はいろいろな道を極めているようだ。お茶をたてるところを見てみたいけれど、真人に用があって来たわけじゃない。


「今日は珀さんにいろいろ教えて欲しくて来たんです。」


私のこの言葉に酒をがぶ飲みしていた落ち武者達が色めきだった。

夜這(よば)いとはなんとも大胆でござる。」

「珀の旦那〜。最初は接吻(せっぷん)から教えてやんな。」

「なんならワシが……」

言い方を不味ったのかとんでもない勘違いをされた。違うと言っているのに落ち武者達からの茶化すようなヤジが止まらない。

真っ赤になってテンパる私を見て珀はククッと楽しそうに笑った。


「そう初心(うぶ)な子をからかうもんじゃないよ。今日はもうお開きにするから、皆はもうお帰り。」


落ち武者達はちぇ〜っと言いながらも千鳥足で帰って行った。街で見かける酔っ払いのサラリーマンと変わらない。


「あの落ち武者さん達とは仲良しなんですか?」

「たまに酒を飲み交わす仲だよ。そうやって毒気を抜いてやってるのさ。」


それはあの落ち武者達も、そうしないと妖魔とやらになるからということなのだろうか……?

珀に教えて欲しいと言ったものの、なにから質問していいのかが分からない。

私がコソコソと嗅ぎ回ってることを知ったら真人はきっと怒るだろう。けれどあんな寂しそうな顔を見てしまったら放ってはおけない。


珀はあぐらを組み直し、突っ立ったままの私に隣においでと手招きした。

縁側に座ると夜空に浮かぶ真ん丸なお月様が見えた。とても綺麗な満月だ。


「今宵は花月がご機嫌だねえ。」


そう言うと珀は(さかずき)に入った酒をグイッと飲み干した。


珀って……間近で見てもとても幽霊とは思えない。

全然怖くないし、むしろそばにいると落ち着くというか安らかな温もりさえ伝わってくる。それに……

この角度からだとはだけた着物の胸元が奥までしっかりと見えた。

月夜に照らされた白くきめ細かな肌には左肩から脇腹にかけて儚く散っていく桜の刺青が彫られていた。

本当、男の人なのに色っぽくてどこを見ていいんだか困ってしまう。


「まだ名前を聞いていなかったねえ。聞いてもいいかい?」

「はい、牧野(まきの) (つむぎ)といいます。」


珀は目を優しく細めると、良い名だとしみじみ褒めてくれた。

紬には絹織物の意味がある。

絹のようにしなやかに美しく、そして多くの人から愛されて育ってほしいという願いを込めて母が付けてくれた名前だ。。私もとても気に入っている。


「真人はねえ……モテはするんだけどそっち方面にはとんと鈍くてねえ。一層のこと紬ちゃんから真っ裸になって迫ってみるってのはどうだい?」

「ま、真っ裸?!そんなの無理です!ってか違う違う!そんな話をしに来たんじゃないです!!」


「おや?恋の手ほどきを教わりに来たじゃないのかい。真人にほの字だと顔に書いてあるからてっきり。」


私が真人にほの字?!

ていうか、珀ってそんなのを顔から読み取れるの?ウソでしょ?

文字を消そうと両手で顔をパンパン払っていると珀の肩が笑いをこらえて小刻みに震えているのに気付いた。

これって私、完全に遊ばれてた?


「珀さんまで……からかわないで下さい。」

「すまない。真っ赤になるのが可愛くてついね。落ち武者達から話は聞いているよ。そろそろ本題に入ろうか。」


珀は着物の(たもと)から巻物を取り出し床に広げた。そこには濃淡のある墨で風景画の様なものが描かれていた。


「これはこの街の古い地図さ。東を海、西を山に囲まれている。それに川や土地の隆起、地下水や地層といった地脈なども相まってこの地には霊圧が巨大な渦となってある一点に集中する仕組みになっている。」


珀は白く長い指で巻物の上をゆっくりと渦を巻くようになぞりその中心となる場所で指を止めた。

そこは海岸から少し離れた小高い丘の上、海浜冠(かいひんかん)高等学校が建つ場所だった。


「こういう土地は外から入ってきた霊が吹き溜まりんなって出られなくなっちまう。元々大きな合戦があって霊的磁場も強いからどんどん呼んじまうのさ。」


幽霊ホイホイという言葉が頭に浮かんでしまった。

どうやらとんでもない土地に引っ越して来て、とんでもない学校に転校してしまったようだ。

珀はもうひとつ巻物を取り出し、五メートルはあろうかという長さを一気に広げた。

そこにはたくさんの名前があみだくじのように線で繋がれていた。


「我が一族の家系図さ。西園寺家は代々、集まる霊たちを(いさ)(まつ)ってきた。それが裏稼業の陰陽師さ。」


ここに書かれている全員が陰陽師というわけではないらしい。裏稼業を継ぐのは基本は長子のみで、初代から途切れず続いて30代、この土地で役目を担ってきたのだという……

真人の名前は30代目に書かれていた。そのひとつ前は華夜子(かよこ)と記載されてあった。

おそらく真人のお母さんなのだろう。


「私もね、平安時代に陰陽師をしていたんだ。」

「えっ!珀さんて平安時代の人なんですかっ?」


家系図を(さかのぼ)ってみると一番先頭に西園寺 珀光(はくみつ)と書かれてあった。珀が初代ということだ。

平安時代って千年以上前だよね。そんな時代からここでずっと幽霊として暮らしてるってこと……?

考えただけで気が遠くなった。


珀は腰に差していた煙管を手に持つと指から手品のように小さな炎を出した。それを火種に使い、プカリと煙を吹かした。

なにかを思い出しているのだろうか……月夜を眺める珀はとても物憂げで、あの時の真人の横顔と姿が重なった。


「あのおじさんて、真人の知り合いだったんですか?」

「そうではないよ。真人は調べただけだ。元は祭り好きの気の良い親父さんだったらしい。」


もしかしてあのふんどしは大好きな祭りの衣装だったのだろうか……なにも知らずに見た目だけで変態だと決めつけてしまった。


「家が火事になり高校生の娘さんだけが逃げ遅れてしまってね……親父さんは娘を助けようと火の中に飛び込んで、そのまま二人とも亡くなったそうだよ。」


女子生徒だけをジロジロ見ていたのはその娘さんをずっと探し続けていたから?

私のことを執拗に追ってきたのも、やっと娘を見つけたと思ったから……


「真人は出来れば成仏させてあの世で娘さんと再会させてあげたかったのさ。」

「成仏させてあげることも出来たんですか?」


「そりゃ心残りが晴れればね。でも思いが強すぎるとなかなか成仏させるのも難しくてね。特にあんな風に正気を失い妖魔化しちまうと害を及ぼす前に滅するしかなくなる。」



────────妖魔化。


人間の形を成していなかった。化け物のようなおぞましい姿……

無駄に幽霊が見えてしまう私がつまらないことに反応したせいで彼をあんな風にしてしまった。

真人は成仏させてあげようとしていたのに……それであんなにも私に腹を立てたんだ。


「滅された後ってどうなるんですか?」

「なにもない。」


珀は一呼吸置くようにゆっくりと煙管を吹かした。



「あの世にも行けず輪廻転生の輪からも外れ、ただそこで……無になる。」



煙管の煙が満月に吸い込まれるようにして消えていった。

真人に滅せられて光の粒となり消えていった光景と重なった。

娘さんも今なお父が来ることを待っているのだろうか……

胸を捕まれるような苦しさとともに涙が溢れてきた。



『すごくなんかない

こんな…誰も幸せにしないような力……』



私は……

なんてことを真人にさせてしまったんだろう。




「妖魔になるのは誰が悪いわけじゃない。真人もそれは十分わかっているはずた。陰陽師は妖魔が目の前に現れたら滅しなければならない。それが例え…血を分けた肉親であっても。」


珀の言葉からはやり切れない切なさが伝わってきた。

本来ならば初代陰陽師でもある珀にとって、真人が陰陽師を辞めるだなんてことは許されるはずがない。

でもそれを強く責めないのは、真人の気持ちに寄り添いたいという思いもあるからだろう……



今までずっと幽霊と見れば怖くて逃げ回っていただけの私って、なんて愚かで浅はかな人間だったんだろう。

幽霊になってしまった人にはなるだけの思いの深さがあったのだ。

そんなことも分からずにいたのだから、真人から関わり合いたくないと思われるのも当然だ。

出来ることなら、真人の前から私という存在を消し去りたい……


「紬ちゃんはそう悲観しなさんな。私の見立てじゃあ、直に真人も紬ちゃんにほの字になるから。」


はい……?今、なんて……?

真人が私にホ─────っ?!有り得ない!!


「なに言ってるんですか!嫌われることはあっても好かれるなんてとんでもない!百パーない!ナイナイナイ!」

大体私だって真人にほの字ってわけじゃないし!!

珀は全否定する私の口元に人差し指を立て、し〜っと言って黙らせた。

そしてその指で私の胸をツイッと指差した。


「それ、真人のお母さんの形見。」


自分の胸元には真人がくれた勾玉のペンダントがぶら下がっていた。

これって……そんなに大事なものだったの?!絶対もらっちゃいけないやつじゃん!!


いや、それよりも───────……


「真人のお母さんて陰陽師だったんですよね?亡くなった原因てまさか妖魔にっ?」

「二年前に病気で亡くなったんだ。でも、次の代の真人に負担がかからないようにと無理をしたのも要因かもしれないね。」


珀と話してますます真人が分からなくなった。

だってお母さんがそんなになるまで真人のために頑張ったのに、なんで陰陽師を辞めるだなんて言うの?

このペンダントだって、そんな簡単に他人にあげれるものなの?




「誰かそこにいるのか?」




威厳のある低い声が縁側から延びる廊下の向こうから聞こえてきた。

衣擦れの音とともに着物姿の背の高い紳士がゆっくりと歩いてきた。

真人のお父さんだろうか……







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