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巨大妖魔との戦い 後編

あれだけ激しく降っていた雨が止んでいた。

辺りを見渡してみたが海坊主の姿が見えない。それどころか縁側で見張りをしていた珀までいなくなっていた。

異様なほどに静まり返った庭には、なぜか大きな穴がポッカリと空いていた。

直径10mはあるだろうか……


(つむぎ)はそこにいろ。」


真人(まひと)は私を残し、警戒しながら穴へと近づいていった。

池の水が音もなく穴の中に吸い込まれていっている。底にぶつかる水音がしないことから、かなりの深さがあるように思えた。

覗き込もうとする真人を見守っていると、どこからかヒューという音が聞こえてきた。



「真人避けろ!上だ!!」



そう叫び声がして見上げると、(はく)が巨大な海坊主とともに物凄い勢いで落下してくる光景が飛び込んできた。

地面にぶつかり爆音が(とどろ)くと、なぎ倒された木々が私に向かって襲いかかってきた。避ける間もなく押しつぶされそうになる寸前、珀が抱きかかえて救ってくれた。


「紬ちゃん、大丈夫かい?」


大丈夫だけれども、一体なにが起こってるんだか頭がついていけないっ……!


珀が説明してくれた話によると、海坊主は嵐を利用して地上から来ると見込んでいたのだが、なんと地下に流れる水脈を通って地面から現れたのだという。

騙し討ちが上手くいって得意げな海坊主だったが、珀の姿を見るなり一瞬で表情を引きつらせた。

なんでも珀はその界隈ではかなり名が知れているようで、不味いと悟った海坊主は地下から飛び出てきたそのままの勢いで空へと逃げようとしたらしい。


「だから私も飛んでいって、ペシっと叩き落としたってわけさ。」


いやいや、ペシっていうような可愛い表現じゃないでしょこれは……

珀は海坊主が逃げれないように結界の術を発動させた。敷地内を取り囲むようにして淡く光る緑の壁がそり立った。

これで上に飛ぼうが下に潜ろうが逃げられることはない。


海坊主は地面に叩きつけられた衝撃で(たい)らに変形していたが、ボコボコと膨らんで元の山のような形へと戻っていった。

叩き落とされたことに怒り心頭なのか、窪んだ目を真っ赤にさせて地響きのような唸り声を上げてこちらを威嚇してきた。

あんな高さから落とされても全然平気なようだった。体の性質が個体というより液体に近いのかも知れない。


それにしても真人の姿がどこにも見えない。まさか避けきれなかったのだろうか……

ペシャンコになった姿を想像して真っ青になっていたら、海坊主の足元から日本刀を持った真人が飛び出てくるのが見えた。

どうやら穴の中に潜んでチャンスを伺っていたようだった。


真人は石橋の欄干(らんかん)に飛び乗るとすぐ横の大岩を蹴って空高くに舞い上がった。

海坊主目掛けて刀を振り下ろそうとしたまさにその瞬間……



「や、止めて!切らないでえ!!」



海坊主の体に男性の顔が浮かび上がった。

真人は刀の軌道を変えて紙一重でそれを交わしたものの、バランスを崩して転がるように着地した。

海坊主が体を波紋のように震わせると、体中からブワッと苦痛に歪んだ何百もの人の顔が浮かび上がってきた。


「珀!こいつらは一体なんだ?!」

「海にいた御先祖の霊達を無理やり取り込んだんだろう。全くもって悪趣味なこったねえ。」


真人は忌々(いまいま)しそうに舌打ちをした。あんな敷き詰めるように幽霊が体中を覆っていたら攻撃ができない。


海坊主は体から二本の太い腕を生やすと、取り込んだ幽霊を体から引き抜いて真人に向かって投げつけた。

次々と投げられる幽霊達を真人は追い払おうとしたのだが、(すが)るようにまとわりつかれてしまった。

身動きが取れなくなった真人を、海坊主は体をうねらせながら幽霊もろとも弾き飛ばした。

あっという間もなく屋根まで吹っ飛ばされて瓦が何十枚も割れる音が鳴り響いた。


「ありゃ、真人派手に飛ばされてったねえ。」


なにを呑気な!

無事なのか確認しようにも投げられた幽霊達が私と珀の周りにも集まり出してきた。

海坊主が戦いに利用するために罪のない霊達を取り込んだのは明らかだった。なんて酷いことをするんだろうか。

霊の口から漏れ出る悲痛な叫び声や苦痛に歪んだ顔があまりにも辛すぎて……

心が耐えきれなくなってきて珀の背中の衣をギュッと掴んだ。


「まあそう怖がりなさんな。真人もぶつかる直前に印を組んでいたから大丈夫だよ。」


体を硬化させる術を自分にかけたのだという。

真人が無事だと知り一先ずホッと安心したのだが……


「まあアバラの一・二本は折れたかも知れないけどねえ。」

「全然大丈夫じゃないじゃないですか!!」

おお、怖〜とクスクス笑う珀に、戦いの最中だというのに気が抜けそうになった。


珀は指を剣のようになぞらえて空中で六芒星(ろくぼうせい)の魔法陣を出現させた。そしてその中に腕を突っ込むと、自分の背丈よりも長い弓と金色の矢を引き抜いた。


「真人いける?大きい狐火(きつねび)の玉を出して空高くに投げて。」


珀が呼びかけると、真人は屋根の上で足をくの字に折り曲げて勢いよくぴょんと跳ね起きた。

負傷したのか頭から流血している……死んでもおかしくないような衝撃だったのだから、あれだけで済んでいるのが不思議なぐらいだ。


「大きいのってどれくらいだ?」

「ざっと見積もって10尺くらいかな。」


一尺は確か30cmくらいだった記憶がある。

てことは、10尺は3mってことだ。

って、直径3mの火の玉……?そんな無茶なっ!


真人は胸元から呪符を取り出し淡紅(ピンク)色の狐火を出した。珀の希望にはとても及ばない大きさだ。

だが真人はその炎を操り、空中に文字を描いたのだった。


()ぜろ。狐火。」


印を組みそう唱えると、炎の文字から真紅(しんく)の火柱が燃え上がった。火柱は渦を巻いて火の玉となり、みるみるうちに大きくなっていく……

珀が矢を構えたタイミングに合わせて、真人は巨大な火の玉を空へと放った。




「導きの灯火、千輪菊(せんりんぎく)。」




空高くに舞い上がった真っ赤な狐火が、珀の放った金色に輝く矢に貫かれた。

狐火はまるで花火玉が割れたように光を放って周囲に弾け飛び、さまざまな色の菊型の花火が一斉に咲き乱れた。



「元来の花火とはね、慰霊や鎮魂(ちんこん)、疫病退散が目的のものだったんだ。お盆の時期に上げる花火にも、迎え火や送り火の意味が込められているのさ。」



だからこそ、日本の花火はあそこまで美しいのかも知れない……


花火に魅せられた幽霊達が海坊主から離れて次々と空へ舞い上がっていく……

どの幽霊も皆、晴れ晴れとした顔をしながらあの世へと帰っていった。




止んでいた雨が再び激しく降り始めた。

集めた幽霊を奪われた海坊主は、怒りのあまり空に向かって吠えに吠えまくっていた。

バケツをひっくり返したかのような大粒の雨が地面を叩きつけて恐ろしいほどだ。珀に手を取られて軒下へと避難した。


「ヤツの弱点はどこだ?」


真人も屋根から下りて駆け込んできた。

すでに全身雨に打たれていて、濡れて血も滲んだ前髪を拭うようにかき上げた。


「目玉だろうねえ。だが簡単には狙わしてくれないだろう。先ずは動きを封じる必要がありそうだ。」

「俺がやる。援護を頼む。」


真人は一旦刀を仕舞うと雨に濡れた上着を脱ぎ捨て、豪雨の中を突っ走って行った。

近づいてくる真人に海坊主は体をうねらせて体当たりを喰らわそうとしたが、珀が矢を放って阻止した。


海坊主のギリギリまで接近した真人が五枚の呪符を水平方向に投げると、その形は綺麗な五芒星(ごぼうせい)の形を成した。

浮かび上がった文字が海坊主の体に巻きついていき、縛りの術で捕えたかと思ったのだが……

海坊主は体を細くひねらせツルんと文字から抜け出てしまった。


「真人それじゃ駄目だ!霊力の量が調整出来てないしタイミングがまるで合ってない!!」


クソっと舌打ちをした真人はもう一度胸元から呪符を取り出し海坊主に向かって構えた。

五芒星の形に投げるのさえ難しそうなのに加えてこの雨の量だ。そう上手くはいかないのだろう。


再び真人が呪符を投げた瞬間、海坊主は体をパンパンに膨らませて体中から1mほどの玉子のようなものを何百個も放出させた。

それは地面に着地するとムクリと起き上がり、あの独特の窪んだ目を見開いた。

海坊主の分身だ……数が、多すぎるっ!

囲まれた真人はギロリと周りを睨んで牽制(けんせい)した。


「なんだこの小さいのは?やることが小賢(こざか)しいな……」


そう言って再び六芒星の魔法陣を出して日本刀を引き抜くと、分身に向かって叫んだ。



「何匹でもまとめてかかってこい!」



何十体もの分身が一斉に襲いかかってきた。

真人は怯むことなく華麗な太刀さばきでまたたく間に切り倒していく……珀も弓を構えると、真人の死角から飛びついてくる分身を狙って次々と矢を放っていった。

阿吽(あうん)の呼吸とでもいうのだろうか……声掛けや目を合わせるわけでもなく、見事なコンビネーションであれだけいた分身をものの数分ほどでほとんど退治してしまった。


残すところあと数体となった時に、真人は刀を空高くに放り投げた。丸腰になった真人に襲いかかる分身を、珀が矢で射抜いていく……


気づけば海坊主が縛りの術により捕らえられていた。真人が呪符を投げたのさえ私には見えていなかった。

今度こそ完璧に捕らえていて私は思わずやったあとガッツポーズをとってしまったのだが、珀からはおやっと不穏な声が漏れた。


真人は庭に並んだ岩を一気に駆け上がって落ちてくる刀を空中でキャッチすると、目玉目掛けて刀を振り上げた。



「真人早まるな!これは罠だ!!」



視界が真っ白に光った瞬間、雷鳴が(とどろ)いた。

直後、1m先さえ見えないほどの滝のような雨が視界を遮った。


「不味い……今のは……!」


いかなる時も優雅で笑みを絶やさない珀が狼狽(うろた)えている……

真人は雷が落ちる直前に刀を振り上げていた。

避雷針(ひらいしん)という言葉が頭を過ぎった……

ウソでしょ……まさか─────────


「紬ちゃんはここにいて。大丈夫だから。」


珀は素早く印を組んで私用の小さな結界を作ると雨の中へと飛び込んでいった。

激しい雨音とともに海坊主が吠える声やなにかを弾き飛ばす音が聞こえてはくるが、なにが起きているのか雨が強すぎて全く見えない。



庭から流れてくる雨水に乗って一枚の呪符が運ばれてきた。

縛りの術の呪符で、真人が二回目に投げたままになっていたものだろう。

感電したのか端が少し焦げているのを見て、不安で胸が押しつぶされそうになった。

真人は無事なのだろうか……



「ツムギ、ダイジョブ?」



足元でにぼしがちょこんと心配そうに見上げていた。

手には私と同じ少し焦げた呪符を持っている。どうやらにぼしも流れてきたのを拾ったようだった。


「にぼし、あと三枚同じのが落ちてない?」


にぼしは辺りを見渡すとテクテク歩き回って探してきてくれた。どれも書かれた文字の部分は綺麗なまま残っている。これならまだ使えそうだ。

すぐさま五枚の呪符を五芒星の形で地面に並べた。

はっきり言ってうろ覚えだ。並べ方だってこれで合っているか分からない。

でも珀は、私にも陰陽師の素質が十分あると言ってくれた。


真人がしていた記憶を辿って印を組んでみたが呪符はなんの反応も示さなかった。

印を組んだことなんてないし、なにが違うのかも分からない……


稲妻が走り雷鳴が轟いた。

次々と続けざまに落ちる雷に恐怖で悲鳴を上げそうになったがグッと堪えた。

煮えたぎった湯のように心臓が鼓動し、指先も冷たくなり震えが止まらない。


「お願い……!」

もう一度記憶を呼び覚ましてゆっくりと印を組んだ。


やっぱりなにも……反応しない………



「ツムギ、チガウ。サイゴノダケ、チョトチガウ」



にぼしが私の組んだ手にピョンと乗っかってくると、指の形を少し変えた。

すると地面に置いた呪符が黄金色に淡く輝き出した。


「ツギハ、トナエル」


にぼしがハヤクハヤクとせかしてきた。

唱える言葉は分かっている……

私は息を深く吸い込み、雷光に浮かび上がった海坊主の影に向かって叫んだ。



「────────(はつ)!!」



呪符の文字が浮かび上がると真っ直線に海坊主へと飛んでいった。

次の瞬間、雨が上がり視界が一気に開けた。


澄み渡った庭の奥で、珀と真人が海坊主と対峙(たいじ)している姿が見えた。

すでに海坊主を瀕死の状態にまで追い込んでいてあとはトドメを刺すだけだったのだが、私が縛りの術を発動させたことに驚いている様子だった。


良かった…二人とも無事だ────────


でも雷にやられたのかボロボロの真人を見て、心の底から怒りが湧き上がってきた。

私の感情に呼応するように、海坊主を縛る文字が真っ赤に燃え広がった。



「紬ちゃん駄目だ!霊力が全部持っていかれちまう!!」



全身の血が熱く(たぎ)り、万力で絞り出されるような痛みが末端から中枢へと駆け抜けていった。

海坊主を縛る文字はメリメリと(きし)みながら力を増し続けた。

妖狐(ようこ)である母から貰った霊力が一気に注ぎ込まれているのだと気づいたけれど、もう止められない。

限界まで縛り上げられた海坊主の体は断末魔を最後に細切れに吹き飛んだ。



ああ……あれだけ美しかった日本庭園が滅茶苦茶だ。

海坊主との戦いで散々たる状態になった庭をぼんやりと見つめながら、私の意識は遠のいていった。





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