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奪われた力 後編

父が亡くなった日に、私は産まれた。


予定日より一ヶ月も早く破水した母は父の運転する車で病院へと向かっていた。

その日は今年一番の寒気が流れ込み、早朝の山道は昨日の雨の影響で凍りついていた。

誰が悪いわけではない……不運が重なった悲しい事故だった。

崖下へと落ちた車は岩にぶつかり大破し炎上した。

途中車外に投げ出された母は奇跡的に無傷で、その後病院に運ばれ無事に私を出産した。


小学生の頃に私はそう聞かされていたし、ネットにも奇跡の赤ちゃんなどと記事が残されていた。

でも今目の前にいる母は別の話をし始めた。



「当時の私は迂闊(うかつ)にもこの地に入り込んでしまい、女の陰陽師に見つかり追われていたわ。」


女の陰陽師とはおそらく華夜子(かよこ)さんのことだ。

妖魔の話に自分の母親が出てきて真人もピクリと反応した。


「しつこい女でねえ……殺してやろうかとも思ったんだけれど、陰陽師を手にかけるとあとあと面倒なことになる。」


まいてもまいても食らいついてくる華夜子さんに辟易(へきえき)していたら、崖下で事故を起こした車を見つけたのだという……


「男の方は車ごと燃えていたわ。女も死んではいたけれど途中の木に引っかかっていて、これなら修復を施せば使えると思った。」


人間のふりをして陰陽師の目から逃れ、この土地を脱出しようと考えたのだ。

妖魔は女の傷を術で治してすぐさま体に入り込んだのだが、腹部に強烈な痛みが走った。

女が臨月間近の妊婦だったことに気付き、等間隔でくる陣痛を抑えようと何度も術をかけたがその痛みはどんどん増していくばかりで……

目を覚ましたのは翌日の病院のベッドの上だった。


お腹の膨らみが小さくなっていたので赤ん坊は体外に排出されたのだとは分かったが、ここで想定外のことが起きた。



「私の霊力の殆どが、産み落とした赤ん坊へと移行していた。」



いつから母は妖魔に体を乗っ取られたのだろうと思っていた。なぜ気付かなかったのかと……

でもこの話だと、霊力が移行した赤ん坊とは私のことで、私を育ててくれたのは最初からこの妖魔ということになってしまう。

母との記憶は全て、この妖魔との間で過ごした日々でのことだった……

───────なら私の母親は………?

考えれば考えるほど、頭が混乱してしまった。


「その話が真実ならなぜ、人間の子供を育てようと思った?」


真人(まひと)が確信をついた質問をした。私もそこが一番知りたいところだった。

母は私を育てるために随分と苦労をしていた。それでもいつも楽しそうに笑っていて、疲労で倒れた時も心配する私に紬の幸せが自分の幸せなのと言ってくれた。

なぜそうまでして私を育ててくれたのだろうか……


「それはもちろん……」


妖魔は自分の右手に視線を落とした。その表情からはなにかを懐かしむような慈愛(じあい)に満ちた温もりを感じた。

しかし右手を強く握ると一転して、体中から禍々(まがまが)しい邪気を放った。




「奪われた力を取り戻すためよ。」




妖魔が手の平をパンと胸の前で合わせると、背後から渦潮のごとく水流が湧き上がり襲いかかってきた。

真人が私を庇うように抱き寄せたが水の勢いは凄まじく、そのまま庭に隣接する森まで一気に流された。


(つむぎ)っ、大丈夫か?!」


びしょ濡れにはなったが、真人が鼻と口を塞いでくれたのであの激流の中でも水を吸い込むことはなかった。

真人は服の中から呪符(じゅふ)を取り出した。全部水浸しで使いものにならないのを確認すると、忌々(いまいま)しそうに舌打ちをした。

その様子を見ていた妖魔が挑発的な笑みを浮かべる……


「あらあら、呪符がないと戦えない?随分とヒヨっ子な陰陽師ね。」

「……舐めんな。数分後にビービー泣くのはてめえだ。」


真人が両手を合わせて矢のような速さで様々な印を組むと、目の前に六芒星(ろくぼうせい)の魔法陣が浮かび上がった。

そしてその魔法陣にズボッと左腕を差し込むと、中からなにかを引き抜いた。

長い諸刃の剣身が、月光に照らされ白く煌めいた。


────────日本刀だ………



「……真人?!」

「悪いが、あの妖魔をたたっ斬らせてもらう。」



真人は地面を踏み込み瞬時に間合いを詰めると、刀を横一文字に振り抜いた。

電光石火のような一太刀ひとたちだったのだが、妖魔には間一髪で避けられてしまった。

すると真人は直ぐさま太刀を反転させて斜めに切り上げ、今度は妖魔の左腕を捉えた。


あれは妖魔だ。

陰陽師である真人が倒さなければいけない相手で、現に私にも容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

それでも……母の体からボタボタと血が流れる姿はとてもじゃないけど見ていられなかった。



「刀で妖魔を滅するんだ。ヒヨっ子にしちゃ面白い術ね。」

「さっきから何様だてめえは。威勢が良いのは口だけか?」


妖魔はクスッと笑うと両手を合わせて印を組み始めた。

浮かび上がった魔法陣は先程真人が出したものと全く同じもので、そこから日本刀を引き抜いた。

(はく)が考案した鉄壁の結界もそうだったけれど、この妖魔は相手の出した術を真似るのが得意のようだった。


「猿真似をして猿回しでもするつもりか?」

「あら私、剣術は得意よ?」


両者が高速で打突(だとつ)を繰り返す激しい打ち合いとなった。

手数は圧倒的に真人の方が多くあらゆる角度から切り込んでいたが、妖魔はフワフワと漂う綿帽子のように攻撃を交わしていた。

だがやがて真人の太刀筋を見極めた妖魔からの猛攻に押され始めた。形勢逆転だ。

焦った真人が地面のぬかるみに足を取られた一瞬の隙に、妖魔が真人を弾き飛ばした。


「真人!!」

うずくまる真人に駆け寄ろうとしたが、そこに居ろと制止された。

妖魔が残念そうにため息をついた。


「やはりその程度か……少し期待したのだけれど、貴方はもういいわ。」


真人に向かって広げた手の平が赤く光った。このままじゃ真人が殺される……!!

でも真人は逃げようともせず、ゆっくりと立ち上がると刀を地面に突き立てた。



「自分が踊らされてただけなのを気付いてないのか?」



真人が印を組むと庭一面が黄金色に淡く輝いた。

なんと真人は妖魔と戦いながら地面に巨大な文字を描いていたのだった。




「─────狐火(きつねび)─────!」




淡紅(ピンク)色の炎が夜空を覆いつくすほどに激しく燃え上がった。

天をも貫く火柱だ。凄いなんてもんじゃない……

この炎を喰らってはどんな者でも一瞬で燃え尽きてしまうだろう。


だが炎の中から妖魔がゆらりと姿を現した。

熱さなどまるで感じていないように優雅に現れたその体には、尖った白い耳と白い尾がフサフサと生えていた。



「お見事。でも妖狐(ようこ)である私に狐火とは運がないわね。」



そう言って腕をクルクル回すと、その動きに操られるように真人が出した炎が回転して消えていってしまった。

真人も正体が妖狐だとは想定外だったようで、唖然とした様子で立ち尽くしていた。


次の瞬間、妖狐は真人を地面に叩きつけるようにしてねじ伏せ、持っていた刀で真人の胸を貫いた。



─────────そんなっ!!



一瞬だった……

あまりの光景に真人以外の景色全てが真っ白に吹き飛んだ。

ピクリとも動かなくなった真人に、私も……その場で凍りついた。

息をするのも(まばた)きするのも血流さえも、私の中の時間が全て止まったように感じた。



「今までご苦労様。でも今日でさよならね。」


いつの間にか妖狐がそばまでやって来て私を見下ろしていた。

そうか……私も殺されるんだ………


この人は母でもなんでもなかった。

ただ私に奪われた力を取り戻したかっただけ。私は単に道具として生かされていただけだったんだ。


母との思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。

こんな時でも楽しい思い出ばかりなのが余計虚しくて……全てが偽りだったのだと思うと涙が頬をつたった。



─────────いや……




「じゃあ……なんで私に紬って名付けたの……?」




違う、そうじゃないっ───────



「紬には絹織物の意味があるって……絹のようにしなやかに美しく、そして多くの人から愛されて育ってほしいという願いを込めて付けてくれたんだよね?」


小学生の時に自分の名前の由来を調べる宿題があった。

その時母は、悩みに悩んで付けたんだって誇らしげに教えてくれた。


「じゃあなんで仕事がどんなに忙しくても、参観日や誕生日には時間を作ってくれたのっ?」


夜勤明けなのにそのまま寝ずに運動会のお弁当を作って応援しに来てくれたこともあった。

いつだって私は母に感謝していた。


「あの時、罵倒(ばとう)されるのが分かってたのに実家に帰ったのだって、私がおばあちゃんに会いたいって言ったからなんでしょ?!」


あの時だってあの時だって……

母は私にたくさんの愛情を注いでくれた。




「────────お母さん!!」




身動ぎもせずに黙って聞いていた妖狐は、私の呼びかけから逃れるように背中を向けた。



「ほんとに……やになるわ………」



そう絞り出すように応えた声も背中も、小刻みに震えているように見えた。


「悲しませないようにお別れするには、嫌われるのが一番だと思ったのに……」


そう言ってため息混じりにウェーブのかかった長い髪をかきあげると、妖狐の特徴である耳と尻尾が消えていた。

母の姿が元に戻ったことには安堵したものの、お別れという言葉に不安がよぎった。



「的外れも(はなは)だしいな。こんなことをしても紬を余計に悲しませるだけだろ。」



真人が(さと)すような口調で妖狐に話しかけた。

……て、真人?生きてる?!


「もしかして幽霊?!大変っすぐに成仏しなきゃ!」

「落ち着け。元々あの刀は妖魔しか切れない。それをこいつは承知の上で、最後は俺にガラ空きの背中を刺させるつもりだったんだろう。」


えっ……?

それが本当なら、わざと真人に滅されようとしていたことになる。

滅されたらなにもかもがそこで無になってしまうのに……

真人はさらに妖狐に問いかけた。


「紬から力を取り戻したいなら赤ん坊の時にとっくに()ってただろ。おまえの本当の目的はなんだ?」


妖狐は真人と私を交互に見つめると、観念したように口を開いた。




珀光(はくみつ)も交えて話がしたい。案内して欲しい。」




珀光とは珀が生きていた頃の名前だ。

珀と話がしたいって一体……?





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